OTHER NOVEL | ナノ

折原臨也を非日常に連れ込んだお姉さん


「君っ名前はなんていうのかなー?」

ひょっこりと生垣から現れた姿に、子どもは驚いた風に目を瞬かせた。だがすぐに落ち着いた顔に戻るその姿に、生垣から頭一つ飛び出させたままにやりと笑う。

___なるほど、こうなるのか。
____うんうん、ある意味で予想通り。これはこれで面白い!

そう思いひとり頷きながらぴょんと身軽な動作で生垣から飛び出す、あちらこちらについた埃や葉を払いながら子どもへと近づいた。

「あたしはひなみっていうんだっ隣の家のね、一人っ子!ひなみっていうのは、こう書くの。これで、ひなみ!」

揚々と空中に指を走らせて名乗るも、子どもはうんともすんとも言わない。その様子にひなみは腰に手を当て小首を傾げた。どうやら目の前の彼は思っていた以上に難敵のようだ。だが、ここで諦めたら意味がない。漸く訪れた絶好の機会だ。手放す気は毛頭なかった。

「なんか喋らないと、適当なあだ名つけちゃうよー?」
「…」
「なにさ、それとも名前が嫌いとか?コンプレックスでもあるの?あたしもこんな名前でいろいろ苦労したよ?友達から『読めない』とか『かけない』とか言われてさあ」
「……、」

ため息交じりに紡いだ話題だったが、どうやら子どものお眼鏡に適ったらしい。ぴくりと反応を示した子どもにふむとひなみは考察を重ねる。

__もしや、名前にコンプレックスでも?

確かに、目の前にいる子どもの名前は。周りにはそうそうあるものではないし、だからと言ってDQNというには少しばかりインパクトが足りない。だけど、それなりに知識と教養のある人間が聞けば、くすりと笑ってしまうようなそれだ。

なんとも笑える話じゃないか。まさか、がそんな人間らしい悩みを抱えた時期があるなんて、では知る由も無かっただろう。ならばこそ、やはりこうして出会えたのは何かの縁なのだ。ますます、なった。

「だから、あたしはそういわれないよーに努力したんだ」
「!」
「わたしの名前なんだか強そうでしょう。だから名前負けしないように、誰にも負けないように強くなったの。こう見えてケンカ上手なんだからね!そのお蔭で、まあちょこっと周りから浮いて、遠巻きにされるようになっちゃったけどその分あたしの人間としての尊厳は守られたよねっ流石あたし!ところで、『尊厳』ってどういうことか知ってる?」
「…」

「力を着けて、自分の在り方に文句言われないようにすることだよ。____君がむなら、あたしがその手助けをしてあげる」

そう言ってにっこり笑うひなみに、当時4歳になる折原臨也は漸く子どもらしからぬその仮面を壊した。まるでお化けでも見つけた様に目を丸くして口角を恐怖に引き付ける臨也を前に、ひなみはやはり笑顔を崩さなかった。

そして一拍置いたのちに「まじ天使!!!」と叫んで抱きついて来たひなみに、臨也はこの後の人生で何度も彼女に叫ぶことになる「キモイ!!!」と言う伐倒を初めて口にすることになった。





___……いやなこと、思い出した。

ギシリと革張りの椅子に背を預けながら、折原臨也は眉を寄せた。現在でも、実家ではお隣さんという関係にありながら、近頃ではまったく相手。ひなみ、

臨也が幼稚園の時分から、可愛い可愛いと不本意な評価を一方的に着きつけた挙句中学校にあがるなり…まるで夢が覚める様にして臨也の前から消えた女。彼女の両親曰く『海外で知人の仕事を手伝っている』らしいが、どういう仕事なのかは一切聞かされていないらしい。10年も音沙汰を寄越せない様な仕事だ、どんなものかと言うよりも、そもそもそれが仕事であるかも疑わしいだろう。

お目出度い彼女の両親は、手紙1つ寄越さない娘を『生きている』と思って警察に届け出もしないが…臨也から言わせれば彼女はとっくに『死んだ』人間だ。最悪、海外に飛んだその日に殺されているだろう。つまり、ひなみという女は10年も音沙汰がないわけではない、もうこの世にはいないのだ。

生きていれば、臨也より3つ年上の…25歳になるひなみ。彼女が生きていたという痕跡は、この10年でほぼ潰えたと言っても過言ではない。何時だって記憶とは薄れて行くものだ、彼女の両親を持って『顔を思い出せない』と言われた彼女は、例え今生きていたとしても、この社会では『死んだ』も同然なのだ。それなのに、皮肉にも彼女を最も色濃く残しているのが身内ではなく、他人の折原臨也なのだから笑える。

ひなみは、どこで覚えて来たのか知らないが“普通に生活していればまず必要にならない知識や技術”を多数所持していた。例えばナイフの扱い、例えばパルクール、例えばハッキングのいろは。ひなみは小学生の時分にはほぼそれらをマスターレベルで取得しており…臨也に対して教鞭をとったのだ。そう言う意味では、彼女は臨也の師匠とも言える。彼女が教えてくれた“無駄な知識”は、今彼が彼であるために大いに役立っている。彼女の教え方は雑だったが、とても解りやすかったし肌に馴染んだ。まるで、将来的に折原臨也がどういうものを必要とするのか解っているようなそれらが、馴染まない訳がなかった。

___らしくないな、感傷なんてものに浸るなんて。

まったくもって『折原臨也』らしくない。死んだ人間に寄せる情緒ほどのもの、当時中学生であった折原臨也と高校生のひなみの間に存在しなかった。利用する側と、利用する側、それだけの関係だ。

ひなみは、一人っ子と言う寂しさと変わった趣味の充実に『折原臨也』を利用した。
折原臨也は、不安定な自己感心の追及の為の手段を得る為に『ひなみ』を利用した。
それだけだ、それ以外に2人の間にはなにもなかった。

思考にふけっていると、不意にインターホンの音が耳に届いた。その音に臨也は時計をちらりと確認した後立ち上がった。インターホンと時間、その2つに心覚えがあった。丁度、頼んでいた品が宅急便で届く頃合いだ。

所で余談だが。折原臨也は宅配と言うシステムをとても便利だと感じて活用していることはすれ、信用はまったくしていない。だから、彼が扱う商品において、殊取引においてそういった手段を利用するのは希と言って良い。だが今回は別だ、相手側の要求となれば多少のリスクがあれど飲むしかなかった。取引相手が、自分より遥かに巨大なネットワークを持つ“組織”となれば…現状は甘んじるしかない。

___ま、使えるものは使わせてもらうさ。

ペン立てからボールペンを一本取り、ジーンズのポッケに差し込んでから玄関に向かう。同じように隠しているナイフを手探りで確認してからドアスコープを除いた。指定した配達業者を視認してから、臨也はドアチェーンを外して扉を開けた。

「はーい、どちら様ですか?」

解ってはいるが、一応そう言って臨也が相手の顔を見るのと、相手がニヤリと笑うのは同時だった。吊り上る口角と同時に感じたひやりと首筋を指す様な空気に、臨也が素早く隠していたナイフに手をかけるのと、___彼女が帽子を取るのは同時だった。

「ひっっさしぶりぃいいだねっいざにゃんっ!!元気してたあ?」





「なにそのふざけた呼び名、やめてよ」

心底嫌そうに顔を歪める臨也に、ひなみははてと小首を傾げた。

「いーじゃんっ可愛くて!君にぴったりだと思うよ?」
「どこが。オレ、猫じゃなくて人間。そんなことも解らないわけ?」
「あーもうっそういうツンツンした所が猫みたいだっつーのっ可愛い!200点!」
「ぎゃあ」

がばりと抱きついて来たひなみに臨也は「止めろ!離せ!キモイ!」と伐倒するもひなみは「いーやぁ」とその手を放さない。仕舞には頬ずりまでしてくるひなみの頭をギリギリと両手で跳ね退け、フーッと喉を鳴らす臨也にひなみは頬を染めて嬉しそうに言った。

「やっぱり可愛いッあたしのいざにゃんっ!」
「だからっ」

「いざにゃんって呼ぶな!」





昔の記憶が脳裏で甦って消えた。その間およそ時間にして2秒、臨也はスリップしていた意識を取り戻しハッと喉を詰まらせた。指先で確りと握ったナイフの柄を確認しつつ思う。

____今の、走馬灯ってやつ?はは、初めて経験した。

これでも、ある一人の男によってそれなりに生命の境をギリギリで走り抜けているが、それでも走馬灯なんて見たのはこれが初めてだ。それだけ、臨也はこの瞬間この場所で生命の危機を感じた、そういうことなのだろうか…?どちらにしても、そのカギとなるのは目の前のにまにまと笑っている女だ。

___いざにゃん、

不本意な、人生で最も屈辱的ともいえる呼び名。臨也をそう呼ぶ人間は、臨也が知る限りでは一人しかいない。そしてそうやって自分を呼ぶ命知らずも1人だけ知っている。

___彼女が?
___いや、死んだはずだ。生きているなんてありえない。
___生きていたとして、どうして俺の所にくる?俺の事務所を知ってる?
___この女は、ダレだ?

「……ねえ、君。どうして俺のこと知ってるのかな?誰かに聞いたの?宅配のアルバイトって感じでもないよね?」

努めてこちらの意図を感じさせないようににっこりと笑い、臨也は訊く。それに女はきょとんとした後、自分の姿を見なおした。そうして臨也も彼女の姿を一瞥しその奇天烈さに呆れた。

草臥れた灰色のスーツに、使い古したようなワークブーツ。その上に羽織っている宅急便のシンボルが縫われたジャケットと帽子___それに、臨也宛ての宅配物。

___ちょっと、なんでそれ持ってるのさ。
___どう転んでも、これだけは返してもらわないとね、

そう思い直して改めてナイフを握るのと、彼女がぱっと顔を明るめるのは同時だった。

「あーこれ?いやぁいざにゃん家どこかなってうろうろしてたら佐川急便のイケメンいてさ、もうやべぇ美味そうってガン見してたら宛先『折原臨也』って書いてあってさ運命ってこれだよデスティニーって具合で、イケメンに丁重にお伺い立ててこの服とぉ帽子とぉ荷物?パクってじゃなくて…貰ってきちゃったアハハハッハ!」
「いま、パクって来たって言ったよね?」
「言ってないよ!先生!追いはぎして来た!」
「なお悪い。今直ぐ返して謝ってきなよ、ひなみねーさ…、」

あ。そう思って臨也が思わず顔を覆った手から面を上げるのと、……ひなみが、嬉しそうに頬を染めるのは、やっぱり同時だった。

「ひさしぶりっ臨也」

にっこりと笑う顔は10年前のまま、大人になったひなみはまるで臨也と別れたのが昨日の事に様にして彼の前に現れた。彼女の名前はひなみ、臨也は彼女のことを『魔法使い(ウィザード)』と呼んでいる。

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