OTHER NOVEL | ナノ

零崎人識と匂宮双子を連れて海水浴に行く


※転生主



「姉貴、海行こうぜ!!」

大学に入り一人暮らしを始めて半月。私は漸く慣れてきた環境で、漸く訪れた夏休みと言う長期休暇を怠惰のごとく過ごしていた。それはもうだらだらと。特に友人から遊びのメールも来ないと若干さびしい気がしないでもなかったが、まさかこんな事になろうとは。これだったら逆に何時もどおりの普通の怠惰な日が良い。むしろ私は積極的にそちらを選択する。ので、電話第一声のお誘いの言葉は丁重にお断り申し上げよう。

「何時?」
‐「明日!」
「あぁ〜…ごめん、明日用事が」
‐「なんの?」
「友達と遊ぶんだ」
‐「へえ、誰だよ?」
「ん?」
‐「そいつの名前教えろよ。俺がちょちょっと解体(レンアイ)してきてやっからよ」

殺人鬼にこの言い訳は通じないのか。うん。初めて知ったよ。というより何か、私は殺人鬼以外の友人を持ってはいけないのか。結局、友人の約束(嘘)はキャンセルし、人識と海に行くことになった。電話越しの人識は嬉しそうになにやら予定を立てているが、私はどうも憂鬱で「日に焼けたくない」といえば「日焼け止めぬってやる!」と大声で宣告された。あるいみ死刑宣告だよ。





片道1時間と少しかけてやってきました。海。

「かははっいっくぞ!」
「理夢、置いてくぞ!」
「待ってよ兄貴ぃ!」

我が母県、××県を下ると小さな海岸がある。出身県を愛する県民によって3年前に「日本で一番キレイな臨海」に見事トップに選ばれた狭間海岸。その所為で観光客が増えたけど、清潔さは以前のままだ。なぜなら監視員でなく県民が、観光客のゴミのポイ捨てを許さないからだ。今更だがスゲェ県民だな。普通言わないし言えないよ。そんな事を考えながら、私はパラソルのバランスをとる。ちなみに赤と白のツートンカラーのコレは私の自腹である。

「できました、ひなみ様」
「おっ、はなしても良い?」
「はい」

言われるままに放してもパラソルは倒れなかった。しっかりと立っている。それに「おお」と感動しながら、私は漸くビニールシートに座ることができた。大きな青のレジャー用にしたお陰で随分とスペースがとれている。これなら皆で寝転がっても大丈夫だ。すっと息をすれば塩の香りがする。

「ふう…ありがとう、濡衣さん」
「いえ、ひなみ様」
「?」
「飲み物は如何ですか」
「ほしいです」

そう答えれば「何か買ってきますね」とか言い出すから焦った。いや、いいよ。冷凍バックにさっきしこたま入れて来たではないか!

「え、いいよ、これこれ」
「そちらは冷えていません」
「いいよ、これで。わざわざ買いにいかなくても」
「ですが」
「座りなさい、ほらここ!」

それでも買いに行こうとする濡衣を制し、ぽんぽんとビニールシートを叩けば観念したように彼はそこへ腰を下ろした。それと見届けてから冷凍バックを漁って、若干生ぬるいラムネとスポーツドリンクを取り出す。

「はい」
「いえ、どうか私のことはお気になさらず」
「スポドリ嫌いだった?」
「いえ、いいえ、そうではありません」
「ならどうぞ。取り敢えずお礼のひとつめってことで。今日は着いて来てくれてありがとう、本当に助かったよ」

本来なら今日は、私と人識、それに匂宮兄妹だけで来る予定だった。
流石に彼らを一人で引率するのは無理だと判断した私は、同伴者を求めた。最初は双識さん…と、思ったけど匂宮兄妹がいるから無理そうで。コッコちゃんは…、この夏休みは少し長いお仕事中だったはず。他にもうんぬん…と、考えていたけど、都合の合いそうな人が見つからなくて迷っていた時に、見計らったように濡衣さんから着信が来たのだ。

濡衣さんは私と主従の契約を交わしている闇口の現当主様である。

正直な所、私は当初この契約を断るつもりであった。自分を選んでくれたのは凄く嬉しかったけど、ただ嬉しいからという理由で彼と契約はできない。

それにこう言っては失礼かもしれないが、私は現代において誰より現代らしい女子学生だ。<暗殺者>なんて基本必要にはならないし、必要な日常など御免被りたいと思っている。そんな私と契約したら能力を持て余して、彼の腕を錆びさせてしまうかもしれない。

そんなの申し訳なさすぎる。そんな風に、私と濡衣さんの気持ちは拮抗した。だけど濡衣さんは爽やかでクールな外見と反して、とても執念深く諦めが悪いお方だった。何度もなんども、ある日は一日とおかず、ある日は2ヶ月おいて。私の前に現れては「我が」から始まるなんとも長たらしい契約の言の葉を口にした。

私は一度として頷かなかったし、応えなかった。そんな日々に終局が見えたのは私立探偵をしている私の兄の一言だった。要約すると濡衣さんの希望通り私と契約を交わしてもらう、その代わり普段はお兄ちゃんが主として仕事を手伝ってもらうというものだ。まあそれなら、濡衣さんの力が持て余されることはないし、私の希望も適っている。濡衣さんも異論がなかったようなので、そこで漸く、私は首を縦に振ったのだ。

そういう経緯で、濡衣さんは普段は(私の命令って銘で)お兄ちゃんについて仕事をしている。そんな彼から今回の仕事が終わった、可能ならば御身の下に下りたいという電話が来た。

なんともご都合主義で悪いのだが、今回の事を説明して付き添いを頼んだ所、濡衣さんは二つ返事で了承してくれた。本当に、良い人だ。私なんかが主で本当に良いのだろうか、本当に。

「姉貴ぃ!」

なんて考えていたら、横からラムネを奪われた。あ。と、見上げれば鮮やかな鶯色が太陽光に反射して眩しくて目を細める。そうしている内にラムネは底を尽きたらしく「ぷはっ」と、なんとも景気の良い声がした。

「うんめぇえ!」
「出夢ちゃん、女の子が『うんめぇ』なんて言ったらダメよ」
「ええー…でも、ほら。俺中身は男だから、問題なくね」
「そういう問題じゃないでしょう、髪は縛らないの」
「うーん…縛って?」
「良いよ」

そういえば「よっしゃ」と笑って、出夢ちゃんはビニールシートの上にぼすりと座った。念のため持ってきた櫛とゴムをカバンから出そうとしたら、濡衣が「どうぞ」と何かを渡してくれる。わたしの櫛ですね、ゴムもある。本当になんて出来た人っ…!

「ありがとう」と受け取っていざ出夢ちゃんの前に膝立ちすれば、シートの下の砂がじゃりと沈んだ。遠くで「理夢てめぇ…!」という人識の声が聴こえる。まったく女の子相手に何してるんだか。それを聞いた出夢ちゃんがウズウズし始めたので、飛び出してしまう前にと手早く緑色の髪をポニーテールに纏める。ついでに眼鏡も危ないので没収。理夢ちゃんはともかく、出夢ちゃんの視力は良好すぎるからね。

「行っておいで」と背中を押せば、弾丸のように「人識ぃぃいい!」と彼は突っ込んで行った。

(まったく、若いねえ)

なんて。海に押し倒された人識を見て思う。

「ひなみ様は遊ばれないのですか」
「うん、日に焼けるし体力が、ね。うん、若いっていいな」
「ひなみ様も充分にお若いですよ」
「精神年齢は若くないのさ」

肉体は18歳だが、なんせ転生組なもので精神年齢80歳オーバーだぜ。

「濡衣さんも遊んできて良いからね」
「いえ、私はここにおります」
「そう?」
「はい」

折角水着に着替えたのに。そう思いながら私は居心地の良い場所を探しながら、ビニールシートの上に沈む。目を瞑れば雑踏が少しずつ遠ざかって行く。暑いから僅かな風がとてもリアルに感じた。だんだん意識が遠のいて、聴こえるのは潮と風の音だけになっていく。海に来て昼寝か、贅沢な過ごし方だな…私の意識は完全に堕ちた。

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