JujutsuKaisen | ナノ

岩倉視座の天狗隠し


「野田ゆかりの正体が判明したよ〜」
_____どうも、世界の五条悟です。キリッ。

キメ顔で休憩スペースを訪れた五条に、伏黒はうわぁと露骨に顔を歪めた。

「いや〜僕がんばっちゃった。ヒントが名前だけだったからさ、流石にユータの時より時間かかったね」
「ユータって誰よ」
「乙骨センパイ」

病み上がりの釘崎が、伏黒の言葉に眉を顰める。それはそうだろう、釘崎は先日高専に入学したばかりで、同級生以外の先輩陣に会ったことがない。だから訊ねたというのに、伏黒から増えた情報は苗字だけ。フルネームが解ったからと言ってどうしろと。

昨夜の少年院の出来事もあり疲れ切っている一年生だが、五条悟はどこ吹く風とルンルンスキップで近づいた。脇に抱えていた本をテーブルに置くと、すぐに虎杖が首を傾げて訊ねる。

「ボロッ なにこれ」
「千年前の戸籍謄本、実家にあったやつ」

千年前の戸籍謄本がある実家とは、伏黒は一瞬気が遠くなった。

「このページにね、…ほら藤重姫。中流貴族の末姫様で、父親は位階五位の太宰府勤めらしいよ」
「…いや、読めないんだけど」
「ミミズ這った後みてぇ」
「こんな古語、俺たちじゃ読めないですよ」

生徒たちからの熱いブーイングであったが、五条は「ごめんね、僕ほら教養あるから」の一言であしらった。

「じゃあ、優しい先生が読んで聞かせてあげよう。 重要なのはここ、____このお姫様は一度神隠しにあってるらしい。父親から訴え有り、だって。これは推測だけど、彼女のご先祖様はこの時に両面宿儺に会ったんじゃないかな」

まあこの時代は戸籍の管理なんてザルだったから、どこまで正確な情報かは解らないけれど。と軽くつけ足して、五条は笑った。

_____神隠し。呪術界では、人動物問わず生物が呪霊被害によって消息不明になることを指す。だが昨今には、動機または加害者不明、かつ、理屈に合わない不可思議な失踪を指すことが多い。説明が難しい事件などの場合、ゴシップ誌が騒ぎ立てに好んで使うフレーズだ。

平安時代と言えば呪術全盛期。記録を残したのは非術師である可能性が高く、そうなると、全盛期と言うだけで本当に呪霊被害であったのか判断することは難しい。…そう、例えば。当時のことを知る、生き証人がいない限りは。

「どう悠仁、宿儺は何か言っている?」
「ンーーー、特に。コイツ、昨日から不気味なくらい静かなんだよ。前まで夏のセミみてぇに五月蠅かったのにさ」

…今回の場合、その証人は両面宿儺になるのだろう。
トントンと頭を叩きながら虎杖は何でもないという風に答えた。いやセミみたいに煩い特級呪霊相手に良く平然とできているな、コイツ。けろりとしている虎杖に少し引いていると、釘崎が「そもそも」と話を引き戻す。

「前世とか、生まれ変わりって本当にありえるの?」
「ふむ、良い質問だね」

五条が近場のテーブルからイスを引き寄せる。それにどかりと座り、長い足を組みながら答えた。

「基本的にはありえないかな。まだ野田ゆかりが“千年生き続けている藤重姫”と言う方があり得る、不老の術式なら前例がないわけでもない。まあそういった場合は経歴とかに綻びが出るものだけれど、野田ゆかりの公的記録に不自然なものはなかったから、この可能性は除外して良い。後は、本人にそういう自覚がないパターンか…悠仁と同じように呪物が受肉したパターンかな」

指折り数えながら五条が言う。それまでうんと唸っていた虎杖が、ハイと手を挙げた。

「顔がご先祖様によく似ていて見間違えたとかは?」

虎杖の言葉に、釘崎がそれだ!と顔を輝かせた。だがすぐに五条が「ないと思うよ」ときっぱりと言った。

「あの両面宿儺だ。彼が藤重姫と呼んだんだから、野田ゆかりは藤重姫なんだろう」
「だけど記録に綻びはなかったって、」
「僕が見た限りのはなし。この謄本と同じだよ、恵。僕たちは呪術師だ、目に見えるものが真実とは限らない___なんて、今更だろう」

とんと、五条が古書を指で叩く。突き付けられた言葉は少しだけ空気を重いものに変える。

「なにせ千年前と言えば呪術全盛期だからね、現在では失われた秘術もその多くが活きていた時代だ。その中に、魂や寿命を操作する術式があってもなんら不思議じゃない」
「じゃあ、その両面宿儺がかけた呪いってことはないの? 呪いの王様なんでしょう」
「でもコイツ、ゆかりさんに会った時驚いてたぜ。なんでいるんだぁ〜、って感じ」
「…俺といたときも、そんな感じでした。突然何かを感じたような、…その気配に驚いているように見えました」
「うーん、きな臭い話になってきたねぇ。まあ、珍しいことでもないけど」

「まぁとりあえず」五条がイスから立ち上がって古書を手に取る。

「当事者に教えてあげようか」
____野田ゆかりは、昨夜から呪術高専預かりとなっていった。





目が覚めたら、知らない天井だった。
旧い木の香りに嗚呼と思い出す、そうだ昨日は…なんというか、良く解らない日であった。

雨の中、わたしのことを藤重姫と呼ぶ男の子に出会った。
その子は全身に墨を入れており、顔に目が四つある。そんなインパクトのある男の子、一度会っていれば忘れないはずだ。でもわたしには___記憶がない。

それに名前も違う。わたしは藤重姫ではなく、野田ゆかりだ。

その見てくれも、声が放つプレッシャーも恐ろしくて。とてもそんなことを主張できる状況ではなかった。だからわたしは、流されるままにこの謎施設に宿泊する流れとなった。

「…、おなかすいた」

くうと、お腹が鳴る。周りを見渡すが、食べ物はひとつもない。辛うじて用意されていたペットボトルを口に含んで、少しだけ胃を落ち着かせる。少し肌寒く感じるのは、着ている衣服がダボダボだからだろうか。着替えようかとも思ったが、…昨日、風呂場に投げ入れられた時に紛失してしまい。どこにあるかは解らない。

(…なんか、空を飛んだような)

ぼんやりと思い出すのは、この施設に運ばれた時の記憶。四ツ目の男の子に有無を言わさず抱き上げられて、そのまま雨曝しの空中を文字通り飛び回ってこの施設に移動した。誰もが一度は憧れるジフリ体験のはずなのに、心臓はときめきよりも死の恐怖でドキドキが鳴りやまなかった。めちゃくちゃ怖かった。命綱なしのバンジーってあんな感じなのかな。

そんな嫌な記憶を思い返しながら、部屋を出ようかと考えていると。コンコンと扉をノックする音が聞こえた。音がした扉を見れば「僕だよ〜 五条悟だよ〜 野田ゆかり起きてる〜?」となんとも間延びした声が聞こえてくる。

ゴジョウサトル、とは誰か解らないが。その声には聞き覚えがある、昨夜男の子と一緒にいた銀髪のチャラチャラした背高のっぽのことだ。

「はい、大丈夫です。 あの、」
「大丈夫だって! はい、ドーーーン」

どうやら、この施設の中ではわたしが知っている常識は通用しないらしい。破壊されそうな勢いで押し開いた扉、そこからぞろぞろと入って来た黒服集団。怯えるなと言う方が無理な話だった。

「な、ななな なんのご用でしょうか」
「アッハー、怯えている? なんで?」

ベッドの上でガクガクブルブル震えるわたしを覗き込んでゴジョウさんが言う。珍獣でも見に来たような気軽さだった、まるでわたしを人というより動物として扱う様な声色だ。

「アンタが近づきすぎなのよ」「離れてください」と、さすが見かねような声で黒髪の男がゴジョウさんを引きはがしてくれる。あ、ありがとう…神対応…。

「実は君のご先祖様が解ったから、教えてあげようと思って」
「?????」
「僕生まれ変わりとかそういう都合の良いもの信じてないんだけど、宿儺がそういうなら仕方ないよね。ってことで、一応説明しようと思うんだけど。聞く気ある?」

黒髪くんがぼそりと「なんでそんな辛辣なんッスか」と呟いたのを聞き逃さなかった。そんな、わたしは知らないうちにゴジョウさんを怒らせるようなことをしたのだろうか。解らない、解らないならこれ以上機嫌を損ねてはいけない。まったく言われたことが理解できなかったが頷いてみせれば、ゴジョウさんは持っていた古い本を開いてわたしに説明をしてくれた。

「___って、こと。はい、君のご先祖様がわかったわけなんだけど、なにか思い出したかい」
「…いえ、あの… すみません、」

正直、ゴジョウさんが教えてくれたことの半分も理解できなかったと思う。生まれてこの方、呪霊なんてものは見たことがない。それに準ずるような不可思議な体験も、毎日見る不思議な夢もない。自分で言うのも何だが、本当に在り来りで普通の日々を過ごしてきた。

「…その両面宿儺、さんというのが、 あの、」

ちらりと、扉の方を見る。入り口にはずっと男の子がぽつんと立っていた。四ツ目でない、けれど昨夜のあの人と瓜二つの男の子だ。

「彼は違うよ、虎杖悠仁。宿儺は彼の中にいる、まあ武藤遊戯と闇遊戯みたいな感じ」
「いや、全然違うだろ! 俺、宿儺と仲良くねぇから」
「だね。それに宿儺は古代エジプトの王じゃなくて、呪いの王。人間をまとめて治めるのではなく、挽き潰して弄び殺すのが仕事のようなものだ」

アハと笑うゴジョウさんに突っ込みをいれたのが踏ん切りになったのか、男の子は頭を掻きながらそろりとこちらにやって来た。どこか気まずそうな瞳が、ためらいがちにわたしを見る。

「あの…虎杖ッス。昨日は俺の所為でゴメン」
「…あ、あなたのせいじゃないと」
「違う、俺が宿儺を制御できなかったせいだ」

ホント、スンマセン。と、頭を下げる虎杖くんにどうして良いか解らない。だって説明を聞く限り、彼になんの落ち度もなかったはずだ。慌てて背に触れて顔を上げるように促す、こんなに体が大きいのに虎杖くんはまるで迷子の子どもみたいな顔をしていた。

「本当に、大丈夫。だから気に病まないで」
「…」
「本当よ、ほらそれにどこもケガしてないわ」

虎杖くんの身体を摩ってあげていると、ゴジョウさんが「まあケガされてたら困るんだけどねえ〜」と笑った。

「まだこっちが返事してないから緩いけど、宿儺との縛りには野田ゆかりの安全保障が含まれている」
「…たしか、それと全ての指の回収を引き換えに封印されるって言ってたな」
「仮にも特級呪霊が大人しく封印されるのを許すと思う、絶対ウソだわ」
「あるいはそれだけの価値が彼女にあるのか、だけど」

(なんか…つかれた、な)

進んでいく会話に、ふと意識が遠ざかる。昨日からいろんなことがあったから、その疲れもあるのだろう。妙に体が熱っぽい、それなのに背筋が冷たくて寒いように思う。自覚すると、一気に不調が体を襲ってきた。呼吸すら息苦しいように思えて口元を指先で覆うと、____するりとその指を剥がされた。

わたしの手を遠ざけるように差し込まれた手、その肌にじわりと墨が滲むようにして刺青が浮かび上がる。手枷のように手首に施された黒い二輪の刺青、猛禽類のように鋭い夜色のツメ。

息苦しさの向こうで、空気が一気に凍り付いたのを感じた。熱で浮かんだ視界では把握することが難しくて何かあったのかと尋ねようとしたが、頬に触れたひやりとした掌にその言葉は溶けてしまった。

「つめ た」
「戯け、貴様の身体が熱くなっているのだ」

あの雨が降る夜に聞いた声だった。驚いて見れば、先ほどまで虎杖くんがいたところに、当たり前のようにその人がいた。南天みたいな真っ赤な四ツ目、身体を這う蛇のような入れ墨の…怖ろしき呪いの王。

そのはずだ、そうだと先ほど教わったはずなのに。
頬に触れた掌がとても優しいのは何故だろう、

「ッチ」
(何も言ってないのに舌打ちされた…!)

愕然として身を引けば、離れた掌がぺちんと額に触れる。驚いて身を竦めるが予想した痛みは来ない、それどころか体の奥底で燻っていた異様な熱が引いていくような。

「___あ、中毒症状」

パチンとゴジョウさんが指を鳴らした。

「なにそれ、まさか毒盛ったの」
「ちがうちがう、それなんて自殺行為。野薔薇、さっきの僕の説明聞いてた?」
「被呪者の身体に稀におこる症状だ。呪力慣れしてない一般人が突然強い呪力に晒されたりすると起きやすい、症状は…風邪、みたいなモンです」

ちらりとわたしを見て、黒髪の子が言葉を閉めた。風邪…なるほど、さっきから感じていた体の熱っぽさはそれが原因なのか。それを黙って聞いていた四ツ目の虎杖くんが、ハアとわざとらしくため息をついた。

「貴様ら、自分の呪力すらまともに扱えんのか」
「この子たちは優秀だよ、僕は言わずもがな。その子が呪力に耐性なさすぎるだけじゃない」
「ハッ 貴様が最強などと言うのだから、この時代の呪術師も程度が知れる」
「まあ半分くらい同意」
「ちょっと」

黒髪の子と女の子にどつかれているゴジョウさん。それを見てぼうとしていると、額を覆っていた掌が離れた。冷たくて気持ち良かったのに、と少しだけ名残惜しく感じる。

「身体に凝り固まっていた呪力を抜いたが、元々お前は溜まり易い。 呪術師は不用意に近づけるな」
「は、 はい あの、ありがとうございます」
「お前に言っているのではない、貴様だ 五条悟」
「え、僕?」
「当たり前だ。この年中呆けている馬鹿に、自衛の知恵があると思うか」

イラっとした様子で、四ツ目の虎杖くんが言う。そのまま不機嫌を煮詰めた様な顔でわたしを睨みつけてくるから、自然と体が下がる。

「どうせこの後は疲れが溜まっただのくだらない理由で寝込む」
「いえ あの、ほんとうに 大丈夫です」
「黙れ、貴様の意見なぞ求めてない」
「う、」
「口を開けば適当な嘘ばかりつく悪癖、死んでも治らないのならお前の言は一切聞かん。黙って、俺の、言うとおりにしていろ」

なんというジャイアニズム。俺様何様、…両面宿儺様という訳か。畳みかけるように告げられた信じられないほど高圧的な言葉の数々にショックを受けていると、宿儺さんの鋭い舌打ちが入った。

「ッチ 煩いぞ小僧、一々喚くな!」
「悠仁〜 戻れそうなら戻っておいで〜」

ゴジョウさんの言葉がまるで切欠であったように、ぴたりと宿儺さんの身体が止まる。四ツ目がわたしを見る、不機嫌そうな顔で「畜生が」と誰になく悪態をつく。体中を張っていた蛇の刺青が溶けて消えて、そうして次目を開いた時には…虎杖くんが、そこに居た。

「いやあ、まさか宿儺の方から出てきてくれるとはね。あ、藤重姫のこと聞き損ねた」
「虎杖、お前体は大丈夫なのか」
「伏黒… 釘崎、五条先生も、みんな無事だな」
「あったり前よ、みりゃわかんでしょ」

「ゆかり  サン、は」と虎杖くんがぐるんっとこっちに振り返った。大丈夫、むしろさっきより体が軽いくらいです。とは言わずに、笑って見せれば虎杖くんはほっとしたように「よかった」とへにゃりと笑った。

「さて、どうするのが一番宿儺に嫌がらせできそうかな」

ひとり楽しそうに呟いたゴジョウさんに、女の子が「うっっわ、性格わっる」と本気で引いていた。

back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -