JujutsuKaisen | ナノ

前世も今世も両面宿儺に翻弄されている


思い出してごらん、あの時のこと。

時は平安、魑魅魍魎が跋扈する千年の都。わたしは然る貴族の末姫で、特にこれと言った特技のない女だった。漆色の黒髪に薄い顔、唯一自慢できるものといえば琴の腕くらいなもの。あの時代は異能の気配が濃く、鬼を視る才がなくとも気配を感じることはできた。闇の中から感じる視線、気配のない場所から立つ鳴き声、衣を引くナニカ。すべてが怖ろしくて、何時も怯えながら屋敷に引きこもって暮らしていた。

そのようだから、哀れに思った父が知人の伝手で法師を招いてくれた。その法師様との出会いが思えばわたしの人生の転機であった。御伽草子に聞く鬼のように大きな体躯、妖のように見るものを凍てつかせる鋭い眼光。だんまりを決め込んでいる口は、ひとたび開けば説法ではなく罵詈雑言を容赦なく浴びせてくる。

「次に。またキィキィと喧しい声で泣いてみろ、その舌を切り落としてくれる」
「ご、ごめんなひゃぃ …」

わたしの頭など片手で掴み上げてしまうほど大きな手、それが容赦なく顔を掴んでくるから怖い。視線を逸らしたいのに、決してそれを許さず顔面を固定されて真正面から彼の愚痴を聞かなければいけない。そうつまりは、新手の拷問である。こちらが雇っている側だというのに、どうして主従が逆転しているの。

「ほ、法師様、あの もう大丈夫です、きっと怖いものは去りましたから だから」

君は解雇だああ!と怒鳴りつける勇気などありゃしない。それでもなんとか口に出した言葉は、寝ずに三日三晩考えた台詞。きっとうまくいく、いや、上手くいかせるのだ。そんな意気込みで頑張ったのに、法師様はだんまりとされて。あの怖いお顔で、大きな体で、黙ってわたしをじいいと見つめているのだ。止めて、こわい。

そうして、冷汗が止まらないわたしの後ろを静かに指差したと思うと。「つまり、その首のないケモノの呪いは放っておけば良いのだな」 ぎゃあああああああああああああ!!!

「そ、そういうことはっ 先に教えてくださいませ、と、なんど、 なんどっ」
「触るな、香が臭い。不快だ、俺は帰る」
「おまちくださいおまちください」

ずかずか帰ろうとする法師様の背中に情けなく抱き着いて、引き留めるわたしのなんと滑稽なことか。女房が「はしたないですよ!」と咎めてくれるが、もうこればかりはどうしようもない。認知できない得体の知れない恐怖に勝るものはないのだ。

それでも、すんすん泣いてわたしの体程ありそうな腕に抱き着けば、法師様は何時もブツブツいいながらも屋敷にいてくれた。怖いものを払ってくれた。わたしからすれば何もない空間を拳でぶん殴ってるだけだけど、きっとあれば肉体に宿る不思議な力で祓っていたに違いないのである。

「ありがとうございます、法師様」
「…■■だ」

どれだけ物覚えが悪い、いい加減覚えろと。額をあり得ない力で指打された…わたしが諸々覚えられないのは、きっと法師様の暴力の所為で頭が可笑しくなっている所為だと思う。そんなこんなではあるが、それなりに仲良く法師様と過ごしていたある日。

誘拐された。
そう、ゆうかい。つまりは、気付いたらこの身は知らない場所に連れこまれていた。

オワタ。時は平安、しかも世間知らずの貴族の姫である。気づいたら知らない真っ暗な場所で、しかも目の前には金剛力士像程はありそうな巨漢が立っていれば、そう思ってしまうのは仕方のないというもの。

しかもその誘拐犯が、法師様ときた。
法師様は、黒い袈裟から四つの腕を出して。その顔に南天のように真っ赤な違え四つの瞳を浮かべて。わたしに問う「俺が怖ろしいか」と。おま、おまっ バカなのか。いきなりこんな場所連れて来られて座敷牢に入れられたら誰だって怖いにきまっているだろう!

「_____そ、」
「…そう?」

「そういうこわいことは、陽の出ている時に教えてくださいませっ !」

翌日程して、法師様はわたしを牢から出して陽の下で姿を見せてくれた。そこにいたのは、法師様と似た顔をした化け物だった。四碗二面の大男。座敷牢で話しかけてきた時と同じ声が、同じ質問をする。「俺が恐ろしいか」、お日様の下に居るのにまるで蓋をされた瓶の底にいるようであった。ここは暗く深い蔵の底、それを覗き込む赤い瞳、暗くて、冷たくて、寂しくて____

____なんと、恐ろしいことか。

「こ、こわいで ふぐ」
「…」

がっと、顎の下を掴まれた。

「こわ こいふ ぐ」
「…」
「い むぐっ ら、らって うそついても怒るでしょうっ」
「…」

法師様は答えない。ただ怖いと答えようとするたびに、邪魔をするから困った。経験上、嘘をつけば十倍返しされるのは分かっている。だから恐ろしくても胸の内を素直に答えようとしたのに、わたしはどうすれば良いというのか。当然、わたしの回答は不服であったようで、解放されることはなく。ぺいと子猫を放り投げるようにして座敷牢に戻されてしまった。

「こ ここでは、なにもすることがないです」
「俺の帰りを待てば良い」

咽び泣いて喜べ、大義だぞ。と、神様みたいに尊大な態度でわたしを見下してくれる法師様。最初は何言ってんだこの人頭おかしい。と思ったが、よくよく過ごしてみると今までの生活となんら変わりはなかった。何の才もないと思っていたわたしだが、実は監禁される才能があったようだ。すごい、なんの役にも立たない。

でも、法師様が居る間はある程度屋敷の中を歩くことが許された。これは逃げ出す好機なのではないかと奮闘したが。この前は、久しぶりに外に出してもらえて嬉しくてはしゃいで、石に躓いて崖から転落してしまった。どうしてわたしはいつもこうなのだろう。

その後も、蔀戸(しとみど)を内側から閉じて頭を強打したり。屋敷から一歩も出てないのに流行り病にかかって三途の川にお散歩しに行くはめになった。寝ていたら御帳台(みちょうだい)が崩れて下敷きにされたこともある、その所為で寝る時も法師様と一緒になってしまった。ドウシテ。

茂みに隠れていた毒蛇に噛まれた時は今度一切土の上を自分で歩くなと理不尽な縛りを受けて泣いてしまいそうになったし。あまりにも手間をかけている自覚があるので、せめて何か手伝いをと台所に入ったけれど。…法師様のお弟子さんに「なにも、なさらないでください。なにも、いてくれるだけで結構です」と怖い顔で言われてしまった。

「法師様、気のせいかもしれないのでが… その、わたし法師様に誘拐されてからというもの何かと不幸なことに見舞われることが多くなったような気がするのですが」
「貴様の、不注意を、俺の所為にするな」

一蹴されてしまった。わたしにとっては一世一代の気づきであったのに、法師様は真面に取り合ってもくれない。少しでも話を聞いてほしくて、ごろりと横になっている法師様に近づきこの世がわたしを殺そうとしているのです、と訴えてみる。法師様は一瞥もくれず「そうか」と答えた。

「ならば、それが何故だかわかるか」
「……」

はた、と時がとまる。なぜ、そうくるとは思わなかった。考えても思いつかない、わたしは(これでも)信心深く生きているつもりだ。法師様はそんなわたしの様子をみて酷く落胆したように溜息をついて。

「天の過ちは、貴様に人並みの知性を与えなかったことだな」

少しだけ笑った。その笑みは、何時わたしのことをあざけ笑うものとは少し違う。まるで自分自身を滑稽と笑っているような、そんな笑みに見えた。どうしてそんな笑い方をするのか、彼は答えを知っているのではないか。詰め寄ろうと湧いてくる言葉は、しかし一つも音になることはなくて。

ああ、わたしの人生を塗り替えてしまった…■■様の瞳の色が滲む朱夏が、過ぎ去ろうとしている。
そんなこんなで過ごした3年間は、今まで生きていた10数年よりもずっと色濃い日々だった。毎日が小さな上から下へのお祭りみたいで、退屈した日なんて一度もない。もしこれが人生というのなら、わたしはきっとずっと…まだ生まれてすらいなかったのかもしれない、と。





「オイ」

___思い出してごらん、今さっきのこと。
わたしの名前は野田ゆかり、今年で大学一年生になる一般女性です。夜中に突然炭酸が飲みたくなって、最寄りの自販機に来たところです。すこし路地裏に位置しているが、買うだけなので問題ない判断してここまで来ました。それの何がいけなかったのでしょうか。

突然の強風、あっけなく空に攫われてしまったお気に入りの傘。降りかかる小雨に慌てながら、追いかけようと振り返った先で、わたしは___

わたしは、なぜか知らない男の子に壁ドンされています。

気のせいでなければ、男の子の拳は後ろの自販機にめり込んでいるような。え、あれ、この自販機って鉄じゃなくて何か柔らかい素材で出来ているのかな。困惑するわたしにずいと近づいてきた顔は刺青でいっぱいだ、ふ、不良だあーーーー!わたしの人生に今まで登場しなかったジャンルの人だあーーーー!!こんな形で人生初めての壁ドンを体験したくなかったあー!

「なぜ俺の言いつけを守らずあの場を離れた」
「ハ ハイ ご、ごめんなさ、」
「いつもそうだ、お前は行く先々で面倒事を起こす。だから牢に閉じ込めたというのに」
「ご、 ごめ、 ゆる、し、 てくださ」
「ハッ、御託なぞどうでもいい。 言え、誰に殺された。この俺を差し置いて、死をお前に与えたのはどこの畜生だ、

________疾く答えろ、藤重姫」
俺が気短であることは、知っているだろう。

______いや、知らないです。誰ですかあなたは。話を聞くになにやら盛大な勘違いをしているに違いない。だって、わたしはこの子を知らない。言っていることも何一つ記憶に引っかからない。

「わた、わた し ___」

何を答えれば良いかわからない、だけど何かを答えないと殺される。あ、あ、だって。ずっと恐怖で混乱して、この子の目が四つあるように見えるの。それが全部真っ赤に染まっていて、わたしを真っ直ぐに睨みつけてくる。これが南天の実だったらどれほど良いか。

そんなわたしの心境など知るはずもない。男の子はじりと距離を詰めて、追い立てるように近づいてくるからわたしの身体はぴったりと隙間なく自販機にくっ付いてしまった。それなのにまだ寄ってこようとして、あ、もう……吐息の音すら聞こえそうなくらい、顔が近くに。

真っ黒いケモノのような爪を携えた指が、わたしの頬をするりと撫でる。その肌は火傷しそうなほどに熱く感じた。無意識の中で、それでも何か言葉が出そうになったその時、突然ガッと男の子が自分で自分の首を絞め始めた。えーーーー!!?

「っ ッチ」
「ヒィ ア !」

力をコントロールできていないのか、二歩三歩とよろめいてビルの壁にぶつかる。その痛みが気に召さなかったのか、男の子の額に青筋を浮かび、次の瞬間には空気を裂くような声が轟々と響いた。

「邪魔をするな小僧ォ! オレの、許可なく からだ使ってんじゃねえよ いま貴様の遊びに付き合っている暇はな  お姉さんっ逃げて! 成らん、俺の許可なくそこから動くことは罷りならん!」
「あわわわわ」

えれぇもんを見てしまった、この子二重人格だあーー!それかきっとヤバイ薬やっているに違いない、ここここ、この隙に逃げて警察に行くべきで、

「ねえ、これどういう状況かな」

ワーーーー、むしろなんか変な人が増えてしまったーーーーー!
真っ黒なお兄さんが不思議そうに首を傾げている、見た目が怪しすぎるので男の子の知り合いかと思ったが、見止めるなり舌打ちしていたので違うかもしれない。すっかり腰が抜けて、地面に座り込みながらも距離をとろうと動いたら、ぐるんっとお兄さんがこっちを見た。

「ンーーーーー、君はだれ? 宿儺の関係者?」
「エ あの、 ちが、ちがいます しりません!」

スクナ、というのが誰かは知れないが。きっとあの男の子だろうと踏んで答えた、その瞬間また突風が巻き起こる。

どごんと、後ろで何かが壊れる衝撃。
時間にすれば1秒にも満たない間であったと思う。鉄が無理やり万力で押しつぶされたような音、惨状が見えなくても全身にびりびりその衝撃が伝わってくる。…いつの間にか、目の前には男の子がいて。その足がわたしの後ろの自販機に食い込んでいる。雨水がひしゃげたコードを濡らしてバチバチと火花を散らした。あ、わわわわ わたし、しぬかも、しれない。

「____そうか、それが貴様の答えか」

ぬるりと、心臓を冷たい舌で嬲るような声だった。背筋が粟立って、あ、死ぬなって。一瞬で温度を無くした体がカタカタ震える、その音すら彼を不機嫌にする要素になりそうで。鎮まってほしくて、自分で体をぎゅうと抱きしめて俯く。まるで叱られた小さな子どもみたいに、それを見た男の子が考えるように喉を鳴らす。

「そうか、___そうだな。ならば、こうしよう。おい、」
「ん? 僕かい」
「そうだ、よかったなあ小僧。貴様にとっても良い報せだ、そこで確りと聞いておくが好い」

小雨が、冷たい。

「残り十八、いや先ほど食った分を含めれば十七か。俺の指は、予定通りすべて小僧に食わせろ。その後、貴様らが用意した然るべき場に封じらえてやろうではないか」
「…ヘー、それはもちろん“大人しく”封じられてくれるってことだよね? どういう心境の変化、それとも…何か他に条件がつくとか」
「ケヒ、やはり貴様は話が早いな」

男の子が自販機から足を引き抜く。そうして縮こまるわたしの背を、するりと熱い指が撫でる。「この女を」と、

「供えろ」
「生贄を用意しろって」
「そうだ。そして、今よりこの女の肉体魂への一切の障りを禁じる」
「マジ、この平成の時代に生贄用意しろって言う割に、チョー大事にしてるじゃん。なになにその子カノジョなの? そんなわけないよねぇ、受肉したの2週間くらい前のはなしだし。 それとも、連載少コミの一話目みたいに一目惚れしちゃったとか」

何か会話をしている、わたしに関することのようだけれど何も頭に入ってこない。黙っていると、ぐいと体の隙間に手が入り込んできて、そのまま顎を掴まれ無理やり顔を上げさせられる。真っ赤な四つの瞳が万華鏡のように煌めいて、恐怖に顔を歪めるわたしの顔を映し出す。

「咽び泣いて喜べ」
千年前、貴様が最も恐れ怯えた鬼神が、そのすべてを持ってお前の人生を呪い尽くしてくれる。

「嬉しいなあ、藤重姫」

唇に含むように囁かれた名に覚えはない。それなのに、まるで食事でもするかのような乱暴な口付けだけは、どこか懐かしい気がした。

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