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phase:His affection.


(棺の中の辛福)



「あー、うー」

瞳を閉じれば。あの時のことを、鮮やかに思い出せる。
この四つの腕に、初めて妹を抱いた時のこと。乳臭いと思った、すぐに喉笛を噛み切れると確信した。妊婦の死体から裂いて引きずり出した肉の味を思い出した。_____そのどれもが、一瞬で彼方へと吹き飛んだ。

嗚呼俺は、コレのために生まれてきたのだと。
この存在と出会うために、この命を触れ合うために。この顔も、腕も、なにもかも。____すべて、彼女の為なのだと。

この子の為なら何でもしよう。何にでもなろう、畜生同然のヒトの真似事だってしよう。
そうしてずっと、この子の傍で生きて、生きて、生きて、…一緒に死のう。
_____俺の人生が決まった。いや、ずっと前から決まっていたのだ。

俺が生まれた意味は、この子だった。
それを思えば、これまでの肥溜めのような生も、意味があったのだと感じた。




妹、というものは未知の生き物だった。
母親は病に侵され役に立たない、だかヒトの育て方なぞ知らない。

だから生かした、生かしてその知識を吸収した。夜泣きには特に困ったが、四腕で撫でてやればゆかりはすぐに泣き止んだ。だがこの子はどうにも臆病で泣き虫だ、俺の対だというのに情けない。だがそれすらも、ひどく尊く思えた。

二つの足で歩けるようになれば、好奇心旺盛ですぐにどこかに行ってしまう。
そのくせ、独りだと分かると泣いて俺の名前を呼ぶ。

「にいさまあがっでにいなぐなっだああ」
「違う、お前がいなくなったんだ」
「ぢがうもん゛」
「違くない、言い訳するな」
「ぢがうもん゛っ」
「ハー わかった、解ったそれで佳い。俺が離れた、俺が悪かった。だからもう泣くな」
「うぐっ」
「何をそんなに怯える。何が恐ろしい、どこにいてもこの兄がいるだろう。だから泣く間があれば疾く兄の名を呼べ」
「…なんで」
「すぐ傍に行く。お前が呼んで、この兄が応えなかったことなどあったか」

潤んだ瞳を丸くして「ある」と惚けたことをいうので、憎らしくて堪らない。
そんなことは一度もないことを、この小さい頭では思い出すことが難しいらしい。

今は知恵が足らず、片手で容易く摘まれてしまう程度の命だが。いずれ俺の対に相応しい生物になる、その思いは容易く裏切られた。幾つ年の瀬を重ねても、ゆかりに呪力が芽吹くことはなかった。小指の爪先ほども、目覚めない。

この混沌の時代に置いて、呪力を持たないものなどない。
森羅万象、あらゆる命に呪力がある。不可視の力は輪廻の円となり、この世の理を運んでいる。
_____妹は、その領域外にいた。

悟った。天翔ける網を読み解くが如くして、すべてを。
ゆかりは持って生まれるべくした祝福のすべてを、天に寄って奪われたのだと。権利を剥奪されたのだと。
…これは、天が与えた呪いなのだと。

ゆかりは、俺の対である。
俺の対であるからして、それ以外のすべてを天に奪われた。






それは嵐の如くして、我が魂を荒立てる。
俺と等しく、すべて同じくしてあるべき命が、その与えられた時間さえも共有することを許されない。

酷く虚しい、だからこそ、その手を離そうと思った。
だけどそのどれもが上手く往かない。この世に蔓延る畜生共に、我が妹の髪一筋すら触れるに値しない。

故に屠った。首をもぎとり、玩具が如くして弄んだ。
研鑽される呪力、足元には肉屍の殿。末は阿修羅、羅刹王。塵殺を重ねるごとに、この身はヒトのそれから離れていく。地獄から響く餓鬼の呼び声、亡者の叫び。呼応するように歪に捻じれる我が肉の器よ。

「兄さま」
________だからこそして、我が妹は正しく美しくなった。

真白の雪を想わせる肌、潤む瞳、すべてを言祝ぐその唇。
射干玉の髪は細く、この指で絡めれば解けてしまう。兄を呼ぶ柔らかな微笑みは、彼の金色鳥さえも地に堕とすであろう。

人を殺めることを知らぬ腕は、俺を迎える為に在れ。
鈴の音転がすような声は、俺の名を呼ぶ為に在れ。
慈しみに溢れた瞳は、俺の姿をのみを映す為に在れ。

そうして、俺がお前の為だけに在るように。
お前も俺のためだけに在れば佳いと、花のように脆い妹を抱いて眠りにつく。

誰に渡して成るものか。これは俺の為に咲いた花だ。

















__________妹がいた、とても柔らかな春のような妹が。
彼女を愛していた。ずっと穏やかで在れと願った。そのためなら何でもしよう。例え、この世を滅ぼすことさえ厭わない。それなのに、

「お前のいない世で、何としろと」

真っ赤に染まる白化粧。彼女の心臓を止める短刀。
護身用にと与えた愛が、彼女の命を刈り取った。他でも彼女が自ら、“俺の足枷になるまい”と死を選んだ。

「否」
_____これは現実に非ず。正史に非ず。終焉に非ず。

この世でお前が生きられぬというのなら、生きられる時代(とき)に往こう。
その為というのならこの身が八十八に裂かれようとかまいはしない。都の術師が蛆のように沸いている、丁度良い。焚き付ければ燃え上がる大鋸屑よ。俺を殺せ、殺せ、殺せ。大儀の為に、偽りの泰平が為に、己が矜持の為に。命を糧に滾る炎よ、この身を天高く送れ。愛おしくも恋しい、我が妹の下へ。

…その時まで暫し眠ろう。
どうか目が覚めたその時に、この悪夢の終わりにいることを想って。

































ジリリ ジリリ リリ…

「  お兄ちゃん、起きて  」

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