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両面宿儺の妹になって、すべてを奪われる


「ねえ、抱いてみて。大丈夫とても元気な子だから、あなたを怖がったりしないわ」

襤褸の中には見たことがない生き物がいた。
_____否、オレはこれを知っている。父母から生まれ、口も足も効かない鈍間な生き物。だが肉は柔らかい。大人と違って仕留めるのが容易な肉のカタマリだ。だが鳴き声が喧しいから、最初に頭をもいだ方が良い。手足は裂いて鳥の様にして喰う、膨れた腹から臓物を取り出して啜る。肉はそのままで良い、骨は柔らかくて呑み込めるから。

「あなたのことを気に入ったみたい。 そうだ、ねぇこの子のお兄ちゃんになってくれないかしら」

病に侵された細い指が、オレの掌に重なる。
莫迦な女だ。頭から足の先まで死の呪いに侵され、あばら家に独り。この時世、女で一人嬰児を育てるのがどれほど大変なことか。それなのにこんな、餓死しかけた半妖を拾って家に招きいれるとは。滑稽なことこの上ない、なけなしの食料と水を与えてどうする。そんなもの、この二頭四腕の体にとっては藁に等しい。

「おねがい」

頷く。女は満足そうに微笑んだ、
死の船出に赴く、女に頼まれたからではない。適当に頷いて、後で喰らってやれば良いと思ったわけではない。違う、すべて違う。そうこれは、________________だから、答えは否だ。











物心ついた時は、兄がいた。
母は病床に伏していたから、わたしにとって兄が育ての親とも言えた。

兄は目が良く、狩の腕も確かで何時も鳥や魚を獲ってきてくれた。賢く、山の中でどれが食べられる草なのか教えてくれる。強く、熊でさえも兄に膝をついて命乞いをする。

幼心に、兄はすごい人なのだと信じて止まなかった。
子どもの姿にも関わらず、一人でわたしと母を守ってくれる彼は、わたしにとって正しく神様だった。

「にいさま、わたしあるけるよ」
「そう言ってこの前ケガしていだたろう、大人しくカゴに入れ」
「んー…」

きゅうと兄の手を握ってみても誤魔化されてくれない。南天のように真っ赤な瞳が急かすから、わたしは渋々カゴに入った。

「わたしもにいさまみたいにおおきくなるかなあ」
「ならん、お前は女だからな」
「でもね、もうすこしつよくなりたい。にいさまみたいにくまさんたおしたい」
「必要ないだろう」
「はやくわたしも、おててはえないかなあ」

わたしが入ったカゴを背負っている二本の腕と、カゴが揺れないように抑えてくれている二本の腕。
兄の手は大きくて、わたしの小さくぶよぶよした手とは違った。その手がとても好きだった、わたしと母を守ってくれる兄の四本腕。

「お前には生えん、一生な」
「えー」

兄は二頭四腕だった。
小さい頃は、自分も何れそうなるのだと思った。いつか兄みたいになって、母を楽させてやるのだと胸を張れば。母は楽しそうに笑って、兄はひどく苦いものを食べた様な顔をしていた。

だからわたしは、いつまで経っても一頭二腕の自分は未熟者だと感じていた。劣等に苛まれるわたしに兄はいう、お前はそのままで良い。と、でもそれではダメなのだ。

「にいさまにわたしのとったおさかなとか、とりとか、たべてほしいもん」
「…効率が悪そうだな、それは」

コウリツとは何か知らないが、ひどくバカにされたことは解った。
ぷくーと頬を膨らますわたしを、兄は仕方ないというように四腕で撫でてくれる。四腕が頭も頬もウリウリと撫でる、力加減がヘタクソな兄のそれは少し痛い。でも小さいころからこの手がわたしを育ててくれた、慈しんでくれた…守ってくれた。それを知っているから、どうして。わたしはそれをされるとへにゃりと情けなく笑うしかないのだ。




「泣くな   泣くな、もう。目玉が溶けてしまうぞ」

_______だから、母が死んだときも。涙が果てる前に、泣き止むことができた。
母が死んだ、もとより少ない命だったという。思い出が沢山詰まったあばら屋は母の遺体と共に焼いた、なぜかは知らない。兄がそうするといったのだ、わたしはその言葉に逆らう意味を持ち合わせていなかった。

「にいさま、どこにいくの」
「____どこか、遠くへ」
「とおく」
「都の術師に見つからないところに行く、お前が… 穏やかに暮らせる国を探す」
「くに…」

言葉の意味が解らなかった。でも、焼ける家を見つける兄の横顔が酷く寂し気に見えて。
わたしの熱が伝わるようにつないだ手を握り締めた。夜の暗闇の中でも迷子にならないように、





「ゆかり」
「兄さま、おかえりなさいませ」

小さいころのわたしの不安は杞憂であり、兄はその後もわたしの傍にいてくれた。今は飛騨の国、貴族が棄てた屋敷に二人で静かに暮らしている。_____この生活を手に入れるまで、沢山の苦悩があった。


兄はわたしを寺院に預けようとした。
寺院のえらいお方は、兄を見て「鬼子」と呼んだ。その意味が解らなかったが、ひどく兄を侮辱しているような気がした。だからそのお方がなんといっても聞かなかった、すると嫌気が刺したのかそのお方はわたしに手を上げた。悪い憑き物を落とす、身を清めると。怖かった、寒かった、痛かった。___でも兄が助けに来てくれた。「すまん」とわたしより痛そうな顔をして、四腕で抱きしめて逃げてくれた。

人里から少し外れた山奥で暮らした。
兄は兄という存在が異質であることを解いた。種類が、違うと。生が違うと、魂が違うと。
わたしはヒトだから、ヒトと暮らせるようにならなければいけないと。…だから、ヒトと交われと。わたしは兄の教えを良く聞いた。生活を学び、生業を覚え、人脈を築いた。兄は家から出ようとしなかったため、人里では不自由な兄を世話している妹だと知れ渡った。訂正しようとしたが、兄が止めた。勝手に勘違いさせておけば良いと。

人の生活に慣れた頃、わたしも女児のあわいを抜けた。里の娘たちの様に身なりを整えれば、それなりに賛辞を受けた。だが兄は「馬の子にも衣装」と言うばかり、だけどわたしの髪を梳いてくれる手はとても優しい。そんな不器用な兄がとても愛おしかった。この人にとって誇らしい妹でありたいと努力した。

そんなある日、里の男から夫婦になりたいと言われた。わたしはどうして良いかわからなくて、兄に訊かないとと言葉を濁した。男は納得していないような顔で、そうかと言った。酷い不安が心を掻きたてる、気のせいだと無視をして針仕事をした。心なしか速足で帰ったら、血塗れの兄がいた。

「行くぞ、____ここは、もうダメだ」

何がダメなのか、解らなかった。でも差し出された兄の手を掴んで、逃げた。
逃げた…逃げたのだろう、きっと兄が殺したのは里の者だ。その中に見知った男の顔があったような気がするが、最早確かめる術はなかった。

そうして逃げた山中、兄は教えてくれた。兄は、鬼だという。
鬼だから、ヒトを殺す。人が畜生を殺すように。鬼だから、ヒトを食べる。人が家畜を食べるように。それだけのことだと、いう。焚火と同じくらい真っ赤な四つの瞳、そこに映るわたしの顔になぜか畏れはなかった。

「わたしも、食べるために傍に置いているの」
「お前は俺の妹だろう」

兄は歌うようにいう。わたしよりずっと…里の誰よりも大きな体で、宝物を抱くようにわたしの体を暖めてくれる。夜の冷たさから守ってくれる。

「俺はどうしてこのカタチで生を受けたのか、ずっと考えてきた。父母も、問いかける同胞もいない。だからヒトの血肉で腹を満たしながら考えた。その答えには拍子抜けさせられたがな」
「どんな答えなの」
「この四腕はお前を泣き止ませるために、二頭は見定めるためにある」

どこにいても見失わないように、どこにいてもわたしが兄を呼ぶ声が聞こえるように。
______そのために兄が鬼になったというのなら、兄を鬼にしたのはわたしだ。

「否、俺がお前を呪ったのだ」

そういって、兄は苦しそうな顔をする。それなら御相子かと言えば、お前は気楽で羨ましいと小突かれた。
だから決めたのだ。嗚呼わたしは、ずっと。ずっと、兄の傍にいようと。

呪い呪われ穴二つ、わたしたちはずっといっしょにいるために二人になったのだ。

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