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ラギーブッチと結婚して夕焼け草原で暮らしている



「まま」

今日は天気が良い。洗濯物があっという間に乾いてくれた。
山のように洗濯物が詰まったカゴを持ち上げると、可愛らしい衝撃が足にぶつかってきた。見れば、まあるい耳をぺたんと髪にくっつけた息子が甘えるような瞳でこちらを見上げている。

「どうしたの、ジュア お兄ちゃんは?」
「ムア、ねちゃった」
「あー、今日は天気が良いものね」

どうやら遊び相手がいなくなってご機嫌ナナメのようだ。

一緒に洗濯物を畳まないかと誘えば、父親に良く似ている垂れ目を輝かせて「うん!」と元気の良い返事をくれる。騙されてはいけません、お嬢さん。彼は親孝行な子どもという訳ではなく、単に手伝いの報酬としてもらえる好物が目当てなのです。だがサロペットの穴から飛び出した小さな尻尾が、ブンブン風を切っている姿は何とも微笑ましい。

ここ…夕焼けの草原は、母国とは違い湿気のないカラッとした空気が流れている。城下にほど近いここはそれでも町の様相を残していが、少し外れれば目の前には広大な栗色の大地にステップが広がる。

地球で例えるなら、写真でしか見たことないがアフリカの光景に近いのだと思う。雨季が少なく、一年の殆どを太陽の光の下で営む、緑と大地の国が、いまわたしが生きている場所だ。

「ミワ、ジュアこっちにいるっスか?」
「いるよ、ラギー」

カーテン代わりに吊るしてあるカンガを抜けてきたのは、ラギーだった。その腕にはゆるい寝顔で四肢を垂らしたムアが抱かれている。買い物から戻ってきたついでに、拾ってきてくれたのだろう。買い物カゴ代わりのバケツを受け取って見れば、頼んでいたフルーツの他にトウモロコシや、ヤギの肉が入っている。冷却魔法できちんと保冷されたそれを台所に運んでいると、「あっー!」と声があがった。

「また揚げパンばくばく食いやがって こういう甘いもんは貴重なんだから一人で欲張って食うなよな」
「ふぁごうあふぁあ!」
「ムアー、おいで」
「ちゃんと食ってから喋れって! ミワもっジュア欲しがるままにあげちゃダメって、オレいつも言ってるっスよね」

ラギーの腕からムアを攫い、とんとんと背中を叩く。どうやらジュアは、ラギーに怒られる気配を察知して揚げパンを掻き込んだようだ。耳をぴんと立てて怒鳴るラギーに知らんぷりして、風船みたいに膨らんだ頬をもごもごさせている。

他人事のように見ていたが、彼はわたしにもご立腹なようで。水色の目がじとりと責めるようにわたしを見る。「お手伝いしてくれたら、」なんてもごもと言い訳するが、「その位当然っす」とぴしゃりと返されてしまった。ぐうの音もでないです、ごめんなさい。

「ったく… 俺が子どもの頃は、こんな贅沢なモン誕生日くらいしか食えなかったんスよ」
「パパ、またむかしのはなししてるー」
「茶化さないの、ジュア」

しんみりと語りながら、ラギーが台所に残った揚げパンを口に放り込む。その後ろでジュアが茶化すようにモノを言うのでやめなさいと頭を小突いた。するとムアが目を覚まして、雲に抱かれたような顔で周りを見た。

大きな黒い瞳が、わたしたち家族をひとり、ひとりと見つけると「…むう」と言葉を残してまた眠りの世界に旅立つ。本当に良く眠る子だなあ。ゆらゆらと気持ちよさそうに揺れる斑の尻尾。布のハンモックに入れると、お気に入りのクッションを抱いてぴーと鼻を鳴らしはじめる。

「ココナッツミルク多すぎ、もっと10分の1くらいに薄めても良いッスよ。ガキの内にこんなモンくってたらムダに舌が肥える」
「えーーー ぼくいっぱいはいってるほうがいい!」
「だぁれのおかげで衣食住に困ることのない生活できてると? オレの稼ぎで暮らしている内は、オレがルールっす」
「まま ぱぱいじわるするよ!」
「パパの言う事聞きなさい」
「むがあーーーー!」
「シシシッ 怒られてやんのー」

この騒ぎの中でもすうすう眠るお兄ちゃんは、本当に逞しいねえ。

「あ、そういえばラギー。おばあ様からお手紙届いたよ、新しいカンガを作ってくれたみたい。またみんなで取りにいらっしゃいって」
「カンガって…今年に入って何枚目っスか? そんなにあっても使いきれないっスよ」
「かわいい孫たちに会う口実が欲しいよ、次のお休みに予定を入れていいかな?」
「口実なんてなくても、いつでも会いに行くって言ってるのに…。 わかったっス、次の休みも確実にもらえるように、レオナさんにキツク言っておかないと」

ぶつぶつと頭の中でスケジュールを確認しているラギーは、NRCを卒業後一般企業に就職した。その後、中途採用枠で王宮付の魔法士となり、いまは第二王子レオナ・キングスカラー…かつての先輩専属の第二等魔法士にまで昇格した。

一等に上がるにはある程度の身分が必須条件らしく、彼はこれで頭打ちだと笑っていたのを思い出す。だがレオナ先輩から振られている仕事をきくに、上司の方はまったくそう思っていないと感じるのはわたしだけだろうか。

かつての寮長は…いまや立派な王族の一角。気軽に会える存在ではないのだが、なんだかんだと言って状の深い彼は、折を見てはわたしたちに会いに来てくれる。ラギー曰く、体のサボりの理由に使われているだけらしいが…。

思い出すのは、出産の時に駆けつけてくれたことだ。産まれた双子の我が子を抱いて、それぞれに名前を授けてくれた。まるで映画のワンシーンのように感動的な瞬間だったのに、…直後にラギーが「いや、べつに頼んでないっスけど」と真顔で言うから、思い切り吹き出してしまった。

このおじたん、ノリノリである。早く結婚して自分の子供もってください。

双子に与えられた名前は、ムーアとジュアー。夕焼けの草原の古い言葉で、ムアは「雨」、ジュアは「太陽」の意味をもつ。彼なりに最大限の祝福を込めてくれたのだろうと思うと、やっぱり熱くなるものがある。

「そういえば、レオナさん次は何時だってしつこく聞いてくるんすよ。 まだ当分先だっつてるのに…あれ、絶対また名付けるつもりだった」
「国の王子様が名付け親だなんて、とてもありがたいと思うけどなあ」
「一応オレが父親っすよ」
「息子に宝石(キト)って名前つけようとしてるあたり、ラギーはそういう才能がないと思うの」
「ひどくないっスか、その言い方!」
「ほうせきあるの!?」

まあ、うっかり宝石って名付けられそうになっていた息子は、ありがたい名前を頂いてもしっかり金品財宝に目がない子に育ってしまったが。笑っていたら少しだけ疲れたので、ラギーの隣に座りそっとお腹を撫でる。

…まだ膨れていないが、医者によればここにはもう命が宿っているという。感慨深い気持ちでいると、指にラギーの手が重なった。見上げれば、分かっていたように口元をぺろりと舐められた。彼らのハイエナの獣人における、親愛の表現。わたしもお返しにと、口元へのキスで親愛を示した。これは人間にとっての、親愛の表現。

「宝石はないっすけど…まあ、似たようなもんすかねぇ」
「ジュアは、妹と弟 どっちが良い?」
「えー… わかんない、どっちがいいの?」

腰に回された腕に甘えて寄りかかりながら、問い返されてしまったラギーがなんと答えるのだろうかと答えを待つ。学生時代より伸びた飴色の髪を掻きながら、彼は「そうっスね」と言葉を続けた。

「どっちでもいいっすよ、元気で生まれてくれるなら」
「あ、いまのセリフ父親っぽいね」
「一応これでも二児の父親なんで、知らなかった?」

意地悪な笑顔で聞いてくる旦那さんに、「残念、知ってた」と寄り添って答えた。

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