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フロイド「ねえちゃん」ジェイド「姉さん」


わたしには弟がいる。これはがもう目に入れても痛くない、かわいいかわいい弟なのだ。嫌がる彼をぎゅうぎゅう抱きしめて断腸の思いでナイトレイブンカレッジに進学した、長期休暇には会えるがやはり寂しいのは変わらないわけで。

「ジェイドくんたちは、お金を払えば何でも言うこと聞いてくれるって聞いたんだけど」
「_____、」

とある日の授業終わり、タイミング良く隣の席になった同級生に訊けば彼は教科書を整えていた手をぴたりと止めてわたしを見た。じっと瞬きをせず見つめてくる色違いの瞳には、少しの驚きと動揺が揺れている。

「…ええ、あの。大分曲解して理解されているような気もしますが、概ねあっています。対価を払っていただけるのでしたら、なんでもご用意いたしますよ」
「本当になんでも?」
「ええ、海の魔女に誓って」
「本当に、なんでも?」
「随分と用心深いですね、ええなんでも。 それで、いったいどんなものがお望みですか?」

胸に手をあて、聞き分けの良い紳士のように微笑むジェイドリーチ。その正体がヤクザマフィアの類であることは有名な話だ。だからこれまで彼の甘言には一度として頷いたことはない、だからだろうか、今日の彼は食い気味で話しかけてくる。

何度も確認するわたしに深く頷いて、そうして続く言葉を待つ海の魔物。迷いながらも望みを口にしようとすると、その言葉は間延びする声に遮られた。

「ジェイドォ〜 脳筋のバカ鮫にテキストパクられたから貸してぇ」
「…フロイド、」

ぎょっとするほど長い手足をぶらんぶらんさせながらやって来た片割れに、ジェイドが固い声で返した。いつもは歓迎してくれる兄弟がどこか叱るような色を見せたからか、フロイドは「え、なに機嫌わりぃの?セーリ?」と品のないジョークを飛ばした。

ごほんとジェイドが咳払いをしてテキストを手渡そうとしたが、フロイドは既に目的を見失って新しい興味に身を投じている。つまりわたしである、

「なになに、なに話してんの。オレもいれてぇ」
「フロイド、あなたテキストは良いんですか」
「うん、なんかもういいや。なくても全部頭に入ってるし、でさなに話してたの」
「…ミワさんが、僕たちにお願いごとがあるということなので。内容をお伺いしていたんですよ」

行き場のなくなったテキストを机に戻して、ジェイドが少し呆れた様子を滲ませてフロイドに状況を説明した。するとフロイドがすこしだけ目を見開く、そうしてじっちこちらをみてくる異彩の瞳。ン?さっき同じような光景見た気がするな。

「マジ? ああ〜んなイヤがってたのに、どしたの」
「いろいろあって」
「てかさ、しょうもない願いだったら絶対アズ〜ルの対価見合わないし、止めた方がいいよ」

ジェイドがじろりと視線をくれたが、フロイドは「だってホントのことじゃ〜ん」と机の端を掴んで長い体をぐねんぐねんさせる。なにそれどういう動き、気持ち悪いよ。どうやら今日は機嫌が良く、わたしに真っ当なアドバイスをくれるテンションのようだ。

「アズールくんというか、ジェイドくんとフロイドくんにお願いなのだけど」
「オレに? なあに、いま機嫌イイからきいてあげる。やったげるかは別の話だけど」
「ええ、僕も興味があります。是非、お聞かせください」

目の前にはしゃがみ込んで机に頭だけだしたフロイド、隣にはずいと体を近づけてくるジェイド。2人の好機の視線に促され、わたしはぼそぼそと願いを口にした。

「…お姉ちゃん、って呼んで欲しい」
「はあ?」
「ほう?」
「一日でいいから、わたしの弟になってほしいの」

一拍置いて、フロイドが「うっわブラコンでたあ」と引いたような声で言う。煩いうるさい、弟が可愛いのだからしょうがないでしょう!うううと、寂しい気持ちを堪えて鼻を啜っていると、フロイドがあ゛〜と変な声を出す。何かと見ると、彼はとろんとした瞳を上目遣いに舌足らずな声で言う。

「ねえちゃん」
「ぐぶふわ」

破壊力は抜群だった。気づけばわたしは身を乗り出してひしとフロイドの頭を抱きしめ、よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしと頭を撫でつけていた。

「なに欲しいものがあるの?お姉ちゃんが買ってあげるからいってみなさい」
「ウケる」
「ミワさん、落ち着いて。スカートでしょう、あなた」

わたしが体を乗り上げた瞬間、さっと教科書で後ろを隠してくれたジェイドくんは本当に紳士だ。

「なんかおもしろいから、オレやったげてもいいよぉ弟役」
「ほんとう!?」
「うん、気が向いた時だけだけどねぇ」
「ありがとう、ありがとうフロイドくん! あのね困ったらなんでもお姉ちゃんに言ってね、助けてあげるからね」
「うんうん、あんがとね ねえちゃん」

よしよしよしよしと頭を撫でてあげる。フロイドくんがへにゃりと笑っていて、大変可愛らしい。こんな可愛い子がわたしの弟…ふふ、実弟と比べるなんて野暮なことはしないよ。わたしは皆のお姉ちゃんですから。

…ちらりと期待を込めてジェイドくんを見る。彼はぐ、っと体を強張らせた後、わかりやすく視線を外した。それを見たフロイドくんがアハと笑う。

「ジェイド、照れてんの」
「照れていません、人聞きの悪いことを言わないでください」
「ちょっと怒ってるし、やっぱ照れてんじゃん」

揶揄うフロイドを端目に少し身なりを整えると、ジェイドくんは期待で胸膨らませるわたしに少し躊躇いがち話しかけてくれた。

「では…姉さん、」
「ぴぎゃああああ」

溢れるパッションに耐え切れず、わたしはジェイドくんの頭を抱えてよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしした。無限よしよしである。

「2人はわたしの弟だね!」

こんなに可愛い弟が一度に2人もできるなんて、わたしはなんて果報者だろう!

その日からというもの、フロイドくんは気が乗ると「おねぇ〜ちゃん」とわたしに絡んできた。だらりと後ろから抱き着いてきては「テキスト貸して」「三日間限定出張販売のアブラッツェ・プレッツェル食べたあい」「お腹減ったぁ、おやつなあい」と堪らなく可愛いおねだりをしてくれる。

「少々甘やかしすぎでは」

中庭でフロイドくんに膝枕をしてあげていると、ジェイドくんが咎めるような目でわたしを見る。その間も利き手でマジカルペンを操り、洗浄の魔法式を回す。フロイドくんが魔法薬学で汚してしまったようで、「洗ってぇねぇちゃん」と頼まれたのだ。

わたしは勿論二つ返事で了承し、待っている間退屈だという可愛い弟に膝を貸した。大変満ち満ちた時間であったが、もう一人の弟は大層不満なようだ。

「ジェイドくんも甘えて良いんだよ」
「ご冗談を、僕はフロイドと違うので自分のことは自分でできます」
「そんなこと言わないで、いつでもお姉ちゃんに甘えて良いんだよ。わたしにとっては、ジェイドくんも可愛い弟なんだから」
「そういうことは、僕より大きくなってから言ってください」

鼻で笑うとぷいとどこかへ行ってしまう。それを寝たふりで観察していたフロイドくんが、「アハッ、意地っ張りなんだ〜」とクスクス笑った。

「ジェイドさあ、ああいう子どもっぽい態度とるのミワにだけだよ」
「本当、… ハッ! つまりそれはお姉ちゃんに甘えているツンデレ弟的な…!」
「マジ頭イカれてる。でもミワそのまんまがおもしれぇから、ずっとポンコツのままでいてよ」

イヤに直接的なディスりを受けた気がするが、気にしてはいけない。こんな弟の反抗期を優しく受け入れてあげるのも姉の務めならば。

綺麗になった白衣を着せてあげるとフロイドくんはぴょんぴょん飛んで喜んで「あんがとねぇ、ねえちゃん」と飛び出していった。その背中を見えなくなるまで見送っていると、通行人カリムくんが「新しい遊びか?」と首を傾げる。その目をジェミルくんがさっと隠して去って行く、まるで教育的に悪いものを見てしまった母親のような態度だ。今日もジャミルママは立派に従者をしているようで何より。





「まだ終わってないんですか」

ナイトレイブンカレッジ城下のショッピングモール。
漸く買いたかった靴を見つけて大喜びで試着しているフロイドくんを、外のベンチに座ってニコニコ笑顔で見守っていると別行動していたジェイドくんが戻って来た。

「おかえりジェイドくん、欲しかった本は買えた?」
「ええ、お陰様で。…あなた、まさかずっとここでフロイドが終わるのを待っているつもりですか」
「そうだけど」
「自分の買い物があるでしょう」
「特にないよ、今日はねフロイドくんにお付き合いする日だから」

予定のない休日に、「ねえちゃんショッピングいこぉ〜!」と可愛い弟に誘われて断る理由なんてない。別に最近欲しいものもないので、今日は彼が満足するまで付き合う予定だった。迷惑でもなんでもない、むしろわたしとしてはありがとうございますといった感じだ。弟最高、もっと甘えてくれて宜しい。

思い出してほっこりしていると、ふいに冷たい風が首筋を撫でた。ぶるりと背筋が震えてクシャミが零れる。そういえばもうすっかり冬だ、国が一面の深い雪に覆われるシーズンまであとどのくらいだろうか。そんなことをぼんやり考えていると、ふわりと首元に暖かいものが巻かれた。

驚いて見れば、むすりとした顔のジェイドくんがそこにはいて、わたしの首にぐるりとマフラーを巻きつけるときゅっとリボンで結んでしまう。肌触りのよい…微かなスパイシーな香りを纏ったマフラーはジェイドくんのものだ。

「ジェイドくん、わたしは大丈夫だよ。あなたが巻かないと寒いでしょう」
「珊瑚の海の人魚が、この程度の寒さでどうにかなるとでも」

呆れたように彼は言うが、Vネックから覗く首元は白くとても寒そうだった。マフラーはなくともコートがないと肌寒いこの時期に、薄手のニットとマフラーひとつで歩いているのは彼らくらいのものだ。大丈夫だと言われても、見ているだけで寒そうなので落ち着かない。

でもでも、とそわそわしていると「買っちったぁ〜!」とフロイドくんがショッパー片手に上機嫌で戻って来た。

「あれぇジェイド買い物終わったの? 何時もより早いじゃん」
「あらかじめ予約してあったので。あなたこそ買い物は終わったんですか」
「うん、今日はこれで満足 あえ、なんでジェイドのマフラーつけてんの。もしかしてねえちゃん寒かった?」

わたしの足元にしゃがみ込んだフロイドくんが、膝の顎を乗せて「ごめんねぇ」と首を傾げる。可愛い、あざとかわいい弟、許す。

「大丈夫だよ、ジェイドくんがねマフラー貸してくれたの」
「ンー、でも手ぇ冷たいね。あったかいココア飲み行こ、あのねぇ近くにオレちょーおススメのイケてる店あるんだあ」

大きな手でわたしの手を掴んで、フロイドくんのほっぺにぴたりとくっつけてくれる。フロイドくんの頬っぺたもひやりと冷たいけど、その気持ちが嬉しくて「ありがとね」と笑う。

「こんなお姉ちゃん思いの優しい弟が2人もいて、わたしはしあわせだなあ」

寂しい気持ちはもうどこかに消えてしまった。へなあと情けなくわらうわたしを見て、ジェイドくんとフロイドくんが目をぱちりと開く。そういう虚を突かれたような顔をすると本当に瓜二つだ、それが面白くてクスクス笑うとフロイドくんが「だってぇ」とジェイドくんを見た。

ジェイドくんはどこか煮え切らないような顔をしていたけれど、切り替えるように溜息をついてフロイドくんの手からわたしの手を片方受け取る。

「さあ早く行きましょう、このままじゃ姉さんが凍えてしまいます」
「そこパンもうまいだぁ。みんなではんぶっこして食べようね、姉ちゃん」

ぎゅうと握ってくれる大きな2人の弟の手に引かれて、わたしはベンチの上から立ち上がる。今日は寒さなんて気にならないほど、わたしの世界は暖かさで満ちていた。

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