twwwwst | ナノ

Tomorrow, the day after tomorrow, the future.





「あ、身分証とかどうしよう」
「管理局に申請しました。第九宛なので、送付に時間がかかるそうですが」
「端っこ世界でごめんね」
「貴方がいるなら、僕はどこでもいい」

うっとりするほど甘い言葉と一緒に、わたしの腕枕に頭を擦り付ける。
正直腕が痺れてきているのだが、ジェイドの顔を見ているとその言葉も吹っ飛ぶ。しあわせをたらふく食べたみたいに、彼の白い頬は明るんで、その目元は穏やかな微睡に揺れている。頬に掛かる髪を避けてやれば、甘えるように彼の手が伸びてきた。わたしの腰を絡め捕って、ぎゅうと胸に顔を埋める。

「擬態人身薬?」
「いえ、魔法です。身体組織の細胞操作に関する魔法を学びました」
「あれって実技研修受けるには、魔法医レベルの試験が必要だった気が」
「ええ、条件が五等以上で助かりました。それより上だと、二年以上の実務経験が必要なので」

___そういう問題だろうか、
まるで昨日のテストのことを話すような手軽さなので、頭の中がパニックである。そんな簡単に学べる魔法ではないと、恩師に教わった記憶があるのだが。…ハッ、もしやあれは夢か。

「すごいね、ジェイド」
「___ふふ、僕がんばっちゃいました」

するりと長い足がわたしの脚を絡め捕る。猫のように弧を描く異彩の瞳が、「誰のためだと思いますか」と少女のように問いかけてくる。なんてタチが悪い。興奮で高鳴る心臓を知っているように、ジェイドが胸に甘く噛みついた。それが合図だとでもいうように、腰を撫でていた手がお尻を掴んで、ごろんとわたしの体を転がす。わたしの中にある何かを強請るように、首筋を舐める長い舌。視界を覆うターコイズブルーの雨。小国の船をも沈める、濃厚な人魚のフェロモンに頭が眩暈がした。

「やばい、もうムリだって。腰死んでるから、むり」
「僕がご奉仕しますよ」
「いや、突っ込まれるのわたしだし」
「ふふ、魔法で性別を変えてみましょうか。僕はどちらでも良いですよ。ええもちろん、お相手が貴方だからの話ですか」
「むぐ」

甘えるように頬に噛みついてくるジェイド、くそうわたしは人魚にとことん甘い!
悔しさの行き場がなくて。せめてもと睨みつけた先で、ジェイドは嬉しそうに笑っていた。むき出しにされた鋭歯の恐ろしいこと、人魚姫なんてとんでもない。こんな190センチ超えのお姫様なんているものか。彼は、生まれついての捕食者なのだ。閉じた足を暴かれながら、そんな当たり前ことを思い出した。





____『原稿本日までですが、大丈夫ですか?』

LINEに浮かび上がる担当編集の名前とメッセージ。心配そうな顔をするネコちゃんスタンプに、嗚呼と頭を掻く。忘れていた、今日締め切りだった。むくりと起き上がってアイフォンのスケジュールを確認する、日付は運命的な再開から3日後の日付を示していた。感極まってそのままベッドイン、あれやこれや言葉にするのも憚れるイチャイチャを日夜繰り返した結果がこれだ。わたしって、結構まだ若いのかもしれない。精力的な意味で。

昨日死ぬほどダルかった体が、不思議と軽い。まるで雲に腰掛けているようなこの感覚には覚えがある。…どうやら、一服盛られたようだ。久々に飲んだ魔法界の栄養剤は効き目グンバツである。下着しか纏っていないが、気にする必要もないので軽くストレッチする。そうして漸く気づく…なんか部屋キレイだな。

まさかと思いクローゼットを開くと、詰め込んでいた衣服がキッチリと耳を揃えてしまわれていた。Oh…とりあえず、ジーパンとシャツを引っ張り出して着替えた。頭が冷静になってくると、感覚の幅が広がってくる。下の階から、トントンという規則正しい音がした。誰か、なんて問うまでもなく。ずきずきと痛む良心を抑えて、階段を下がった。

本や服を重ねて放っていた階段が綺麗になっている。廊下に散らばっていた段ボールはすべて折りたたまれ、きっちりと紐で縛れていた。洗濯物と郵便で見えなかった床は、塵一つなく磨かれており家屋の築年数を忘れさせるほどだ。居間の隅にきちんと積まれた座布団、中央のテーブルにセッティングされた曇りのないカトラリー。すりガラスの戸をカラカラ開くと、ぱっと台所に立っていた彼がこちらを見た。

「おはようございます、アナタ」
「…おはよう、スウィート」

イタズラに乗って返せば、ジェイドは楽しそうにくすくす笑った。その度に項で括られたターコイズブルーの尻尾が揺れる、まるで彼の尾のようだ。日本人向けに設計された台所は狭いだろうに、大きな背はそれが苦ではないとでもいうようにテキパキと動いていた。

「部屋の掃除に、魔法薬…食事まで用意してくれるとか。 一応お客さんなんだからゆっくりしても」
「お客さん? いいえ、僕はミワと番うために来たんですよ」
「え?」
「この世界では、僕みたいなものを“押しかけ女房”と言うのでしょう」
「ん?  ンン?」
「朝ごはんはミワの大好きなフレンチトーストにしてみました」
「ありがとう」

ふわふわのフレンチトーストは最高だった。ジェイドの作るフレンチトーストは、時間が経ってもべちゃべちゃしなくてとても美味しい。同じ材料でわたしが作れるのは焦げたトースト、ゆで卵、牛乳はそのまま飲む。以上。急須で淹れてくれた紅茶は、魔法界では有名なブランドのフレーバー。豊かな香りを胸いっぱいに吸い込む、あまりの多幸感に体が溶けてしまいそうだ。

「こちらの部屋お借りしますね」
「おー」

割烹着を脱いだジェイドが、座敷に入り収納魔法を開いた。とさとさと広げられた荷物に、フォークからトーストが零れ落ちた。あ、これ2〜3日泊まりっていう荷物じゃないですね。遠い目をするわたしを置いて、ジェイドは楽しそうに荷の紐を解く。

「覚えていますか、このティーセット。ミワが初めて僕にくれたプレゼント」
「え、  あー、懐かしい。まだ使ってくれてたんだ」
「当たり前でしょう。 貴方から初めてもらったものです、一生大事にします」
「良いって、新しいの買って贈るよ」
「ふふ 宝物が増えて困ってしまいますね」

茶渋ひとつついていない真っ白なポットを抱えて、くつくつとジェイドは笑う。その顔を見たら、奪う気にはなれない。ましてや「帰れ」など口が裂けても言えない。すでにわたしも、彼がずっとこの家にいる未来を想像し始めている。無意識に口にしていたプレゼントの約束を思い出して、紅茶を飲み干す。

「どうせなら」
「はい」
「どうせなら、一緒に見に行こうか。 この家でジェイドがずっと使うんだから、気に入ったものを贈りたい」

次の瞬間、わたしの顔は残ったフレンチトーストとこんにちはする羽目になった。後ろから思い切り飛びついてきたジェイドは余程興奮しているのか、人魚の声でキュイキュイと呻きながらぐりぐりと頭を押し付けてくる。だが如何せん、人魚語は聞き取れない。あと顔がフレンチトーストだらけなのでそれどころじゃない。片割れの兄弟を片手で諫める程度の腕力で甘えられながら、ナプキンで顔を拭う。うん、食べたものが、戻ってきそうだよ。

「はあっ 僕、しあわせでどうにかなってしまいそうです」
「歌でもうたう?」
「こんな昼間から恥ずかしいです。 僕はあまり歌が得意でないこと、ご存じでしょう」
「わたしは好きだけどな」
「そんなことをいって。 …夜に、たくさん歌わせてください。好きなのでしょう、嫌がっても止めませんよ」
「楽しみにしてる」

耳元で囁かれた甘い誘い文句に、くらくらする。ちらりと視線を合わせて、どちらからでもなくキスをする。今度は思い切り畳に頭をぶつけることになったのは言うまでもない。もう少し筋力をつける必要がありそうだ、このカワイイ人魚の愛情表現に応えるためにも。

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