twwwwst | ナノ

フロイドリーチは支部で予習済みです




「ハイ」

差し出されたスプーンには、たっぷりとした甘い生クリームにイチゴが一粒。真っ赤に熟れてキラキラ輝くそれはまるで特別な存在のように見えた。

誘われて口を開けば、それは約束通りに口元へと運ばれた。幸せの味を噛み締めているわたしを見て、フロイドくんのとろんと垂れた眼が満足そうに弧を描いた。

「フロイドくんは、浮気しないの」
「え、俺なんかミワ怒らせるようなことした?」

こちらが訊ねたはずなのに、質問が返って来た。見当違いな勘違いをして、ねぇねぇと小さな子どもみたいに寄ってくるフロイドくん。

そうじゃないよと適当に誤魔化しても、どうやら彼には強烈なダメージを与えてしまったようで。その日のデートはずっとぎゅうと手を繋いでいた。

翌日は大好きだと伝えていた花束に甘い言葉のメッセージカードが届いた。その次の日は、欲しかったバッグ。その次の日は、高級老舗ホテルの限定クッキー詰め合わせ。次の日は次の日は次の日は。

あまりにも貢物が過ぎるので、彼にお電話して角が立たないように断るも。それすら不安なようで「俺、ミワのこと好きだよ」「ミワだけだよ」とぴいぴい鳴かれた。

遠くで彼の双子の片割れが「あなたそういうキャラでしたっけ?」という声が聞こえた、双子にまでキャラじゃないって言われているけど大丈夫かな。


「フロイドくんは、嫉妬しないの」
「ンー、ミワと同じガッコー通って雑魚どもはみんな殺したぁい」

そう言った彼の目は、本気だった。
フロイドくんが通っているナイトレイブンカレッジと、わたしが通っている魔法学校は別だ。たまたま同じ町にあって、彼とはそこで出会った。

告白してくれたのはフロイドくんから、最初は戸惑ったわたしだけど余りにも熱烈にアピールしてくれるので根負けしてお付き合いする形となった。

そのことを同じ学校の友人たちに言うと、彼女たちは皆顔を青くした。それはフロイドくんが人魚であると告げたあたりからだと思う。

「人魚か」「人魚は」「人魚なあ」と一様に言葉を曇らせるので、どういうことかと訊ねれば返事の代わりにスマホを差し出された。画面には人魚の生態や文化、そして彼らを恋人にもった女性の体験談などがまとめられていた。

人魚はとにかく愛情深く、エモーショナル。
悪く言えば、嫉妬深く執念深いところがある。

彼らから恋に落ちた場合、滅多なことがない限り別れることは難しい。やり方を間違えるとストーカー化し、盲目故に命を賭けた手段も辞さない危険性があるとか。

…記事にまとめられた話は、どれもかなりホラーでグロテスクだ、わたしには刺激が過ぎる。気持ち悪くなって口を手で抑えたわたしに、友人たちは皆十字を切ってくれた。イヤまだ死んでないです、はやいはやい。

そんなことを思いだして、ヤバイ学校ごと海に沈められるとわたしは身震いした。「変なこと聞いてごめんね」「しないでね」「…しないよね?」と終始機嫌を取る羽目になった。

なんというマッチポンプ、だがいつもそっけないわたしからのスキンシップが嬉しかったようで、フロイドくんはその日ニコニコ8割増しだった。

学校に続くケーブルカーに乗ったわたしを、フロイドくんは見えなくなるまで手をぶんぶん振って見送ってくれた。その様子にほっとする、…これからは迂闊にこの話題は口にしない方が良さそうだ。


「フロイドくんは、気になっている子いないの」
「いるよぉ、ミワ」

語尾にハートが付きそうな甘い声と一緒に、ぎゅうと抱きしめられた。

最初は力加減が解っていないようで、抱きしめられると痛かった。でもいまはそんなことなく、わたしも心地いい位の力で抱きしめてくれる。不器用な怪物なのかな、フロイドくんは。とりあえず抱きしめ返すと、嬉しそうにくるくる喉を鳴らした。

最近聞こえるようなったこの音は、身体に残っている人魚の声帯が燻る音らしい。機嫌良いと鳴っちゃう〜恥ィ〜、と照れ臭そうに笑ってフロイドくんが教えてくれた。

フロイドくんは二年生、そろそろコエビちゃんが来る時期だとおもうのだけれど。彼にそれとなく聞いても「ナイトレイブンカレッジは男子校だよぉ」と首を傾げるばかり。

コエビちゃんは男だった…?それはそれであり得るが、驚きである。てっきり、わたしが女だから、コエビちゃんも女の子だと思っていた。

そんなんだから、カフェでデート中に「アズールがオバブロしちゃってさ〜」と何気なくカミングアウトされた時は紅茶が思い切りのどに詰まった。え、え。原作ストーリーはじまってるの!?

色々聞きたいのに、思い切りむせてしまってそれどころじゃない。せき込むのに無理やり話そうとするから余計にひどくなってしまった。

なんとか落ち着いた後、わたしの背を撫でてくれていたフロイドくんが顔を真っ青にして「し、死んじゃうかとおもった…」「二度とタコの話はしない」と呟いた。え、その話聞きたいのだけど。

何度もお願いしたけど、彼は頑なに話してくれなかった。紅茶でむせて人は死なないよ!と言っても「万が一があるかもじゃん!」と謎の過保護発言をかましてくる。どうすればいいというのか。



沢山、支部で予習したのに、知識がまるで役に立っていない。



フロイドは気分屋だから浮気したり、嫉妬してほしくて気のないフリをしたり、監督生が好きになって離れていったり。そういう人魚だと思っていたのだが、どうにも彼は違うようで。

実際のフロイドくんは、気分屋とは思えないほど誠実でマメな性格であった。記念日は忘れない、何時だってデートの下調べは完璧。

「ミワ好きだと思う」と連れて行ってもらったお店は一度も外れたことがない。与えてくれる愛が重すぎて、時々溺れそうになってしまうけれど、きっとゼロよりも良いことだ。


「学校卒業したら、一緒に暮らそうねぇ」

人魚の姿でゆらめくフロイドくんが夢心地に呟いた。わたしがはまっている浮輪にちょこんと頭を乗せて、同棲新居はあーでこーでと妄想している彼はまごうことなき人魚のステレオタイプだった。

「海は難しいよ、泳げないもん」
「ミワが暮らせるように酸素ドーム作るよ」
「陸にしようよ」
「ヤダ 陸だとミワ歩けるから、どっかいっちゃうじゃん」

Oh…わたしの自由はどこへ…。
数年後に待ち受けているプチ監禁生活に目が眩みそうだ。

だけど、ディナーで出てきたカニをせっせと向いて柔らかい身を解してくれるフロイドくんに、これはこれで…。なんて思うわたしは、実はかなりちょろいのかもしれない。うん。だって、こういうフロイドくんも支部で予習したもの。

「カニ美味しい」
「もっと剥いたげぇるね」

今日もカニが美味しい!

back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -