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ジェイドリーチを車に乗せてデートに行く


「ジェイド、一緒にお出かけする?」

座敷で荷物を整理していたジェイドの声をかけると、彼はパッと顔を明るめて「デートですね」と笑った。そうですね、デートですね。

「シンプルな服を何着が持ってきました、どれが良いでしょうか」
「んー…この辺りなら、こっちの世界でも違和感ないと思うよ」
「選んでほしいです」
「じゃあこっちのストライプのシャツ、ジェイドに似合うと思う」
「はい、着替えてきます」

ジェイドの立ち振る舞いは鮮麗されていて、とてもフォーマルだ。穏やかな冬の海を思わせるその雰囲気が好きなので、スタンドカラー位のカジュアルさが丁度良い。顔立ちが日本人離れしているので、髪の色は外人に寄せてアッシュブロンドに見える幻覚魔法を施した。

「都内の事務所に原稿出しにいくの。片道3時間くらいかかるんだけど、大丈夫?」
「え、デートじゃないんですか」
「原稿出し終わったらデート、30分くらいだからカフェで待っていてもらっても良いかな」

キーをポケットに押し込んで出るが、ジェイドがいない。振り返ると、玄関に座ったまま平たい目でこちらを見ていた。平然としているが、纏う空気はなんともいえないプレッシャーを帯びていてわたしの発言が彼の機嫌を損ねたことは明白だった。

「…」
「…」
「……今夜は、わたしも歌うよ」





「僕、科学の力だけで走る車って初めてです。中々良い座り心地ですね!」
「…途中、パーキング寄るから。そこで好きなもの食べていいよ」
「楽しみです」

ニコニコとシートベルトをはめるジェイドには悪いが、わたしの頭の中は今夜の選曲をめぐってヒートアップ寸前だ。しまった、こんなことならレパートリー増やしておくんだった。歌える唄なんて、全部学生時代にジェイド奉納してしまったんだぞ こっちは。

「ミワ、あれはなんですか」
「田んぼ」

ジェイドは終始楽しそうに窓の外を眺めていた。そんな彼の好奇心を邪魔しないように安全運転に勤め、するりとパーキングに車を止める。

「ジェイド、もしかして背伸びた」自動販売機のスイッチを押した異彩の瞳が、少し丸みを帯びてこちらを見た。やがてぽつぽつと顔を明るめて、指先をこすり合わせながら「気づき、ましたか」ともごもごいう。

「気づいた、っていうか…」

自動販売機よりジェイドの頭が上にあるから、気づかざるを得なかったというか。

「その…少し伸びまして、いまは…」
「何センチ」
「…2、」
(2…!?)
「204pほど、」
「カッーーーー!」

やってられんわ!!!!
ビールでも煽りたい気分だがそうもいかない。コーラのプルタブをブシュと開けて、中身を一気に煽った。なんでやねん!!190pあれば十分やろうが!!!

「…待って。ってことは、フロイドは」
「確か、最後に測ったときで…210pくらいだったでしょうか」
「巨人族じゃん」

もう人魚じゃなくて、巨人だよ君たち。
やるせなくて、ぐーーっとコーラを飲み干す。缶をゴミ箱に押し込んで、ついでにペットボトルのほうじ茶を買った。ジェイドは初めて飲む日本のペットボトル紅茶に、ほうほうと頷いて舌鼓している。ふと漂ってきた醤油の香り、見れば屋台が火を灯している。もうすぐ昼時なので、それに合わせて準備をしているのかもしれない。

ぽりぽりと首を掻いていると、イヤに視線が集めっていることに気づいた。まあわたしではなく、ジェイドに向けられたものだが。…200p超えの長髪外国人、目立たない方が難しいだろう。訝し気に視線をくれ、ジェイドの顔を見ると黄色い悲鳴を上げる女性たち。最初こそ冷静な目で観察できていたが、隠す気のない媚びるような視線に頭の奥がピリピリし始める。次第に眉間が痙攣をはじめ、大人気なく認識阻害の魔法でも組んでやろうかと考え始めた頃、「ミワ」といやにとろりとした声で名前を呼ばれた。

「なに、ジェイ むぐ」
「ちゅ」

今度はわたしが目を丸くする番だった、
うっすら甘いのは紅茶の味か、わたしを見詰める蜂蜜色が見せる幻覚か。厚い舌が唇をノックする、それは無理、恥ずかしい。アイアム日本人。顔を背けて逃げようとしたが、後ろに回った手に拒まれる。こ、の、バカ、力、よ!

呼吸ごと奪っていきそうな情熱的なキス。
苦しいし恥ずかしい、だけど、こびり付いた苛立ちを和らげる程度の熱。

それを解っているように、ジェイドの瞳が挑戦的に弧を描いた。コンチキショウが。頭の中で吐き捨てて、開いていた手でこちらもジェイドの頭を引き寄せる。驚いて開いた唇に舌を潜り込ませ、歯列を舌先でなぞる。ぴくりとジェイドの体が跳ねたことも気にせずに、丁寧に纏められた彼の髪を我がもの顔で乱して、その愛を飲み干した。

どちらともなく離れると、熱い吐息が重なる。熱に浮かされたとろんとしたジェイドの顔、その瞳に映るわたしの顔も体外だ。

「日本じゃ、こんな風に外でキスなんてしないんだけど…」
「ふ ふふ、…なら、ちゃんと僕だけを見ていてください。他の有象無象の雑魚にあんな熱い視線を向けて」

嗚呼、思い出しただけで妬けてしまいます。
人魚の舌がぺろりと濡れそぼった唇を舐める。欲に浮かれながらも、その目の奥はねっとりとした愛憎が渦を巻いているようだ。___思い出す、人魚とは“そういう“生き物だった。

とにかく嫉妬深くて、エモーショナル。
学生時代、ジェイドは嫉妬ゆえに無実の生徒の四肢を外し、硫酸で顔を焼いた。挙句の果てに、わたしを珊瑚の海に引きずり込んで殺そうとさえした。すべては、愛ゆえ。人魚と恋をするには、本当に正しく、命がひとつふたつでは足りないのである。

(まあ、それでもカワイイと思っちゃうあたりわたしも大分頭がイカれてる)
「ミワ、ミワ これが良いです。あとこっちも気になります」
「イカ串4本、あと焼きそば2つください」
「えっと、とうろ…こ…?」
「焼きトウモロコシ2つ追加で」

追加されていく注文に屋台のおじちゃん「は、はいよ …」と動揺を隠しきれていない。あ、さっきの熱いブチューみていた感じですか?忘れてください、こっちみんな。

「この程度で僕の機嫌を取れたと思わないでください。浮気したらミワも、相手も殺します」
「はいはい」
「むっ 僕は本気です。それで死体のミワと深海でワルツを踊ります」
「楽しそうだね」
「笑いごとじゃないです、本気ですよ」
「ずいぶん物騒なこという兄ちゃんだな、大丈夫なのか嬢ちゃん」
「ハハ これがまあ平常運転なので」

車の中が醤油の芳ばしい香りでいっぱいになったが、イカ串が全部棒になる頃には大分ジェイドの機嫌も回復した。初めてのほうじ茶は口に合ったようで、気づけばわたしがジェイドの買った紅茶を飲まされていた。気に入ってくれたようでなによりです。





「ミワ先生、例のバラエティ番組から出演依頼どうしますか」
「ムリっす」
「じゃあ、いつも通り企画参加だけでお返事しておきますね」
「おねがいしまーす」

ふわふわとかわいらしいパーマのお姉さんは、山辺さんという。生粋の東京っ子で、ペーペーのわたしをマネージメントしてくれる敏腕OLだ。都内某所ビル8階、こじんまりした会議室が何時もの打ち合わせスペース。都会らしいつるんとした床を足で叩く。テーブルからはアルコールの匂いがした。少しだけ開かれた窓からは、所狭しとビルが重なり合ったオフィス街が見える。

湯呑を煽りながら、ぼんやりとそれを眺めた。特段なにか気になったわけではない、ただの時間つぶしだ。山辺さんは、手渡した原稿をチェックしながら「それにしても」と呟いた。

「ミワ先生いつまで顔出しNG続ける気ですか? 正体不明の占い師なんて最近じゃメッキリ見ないんで、逆に話題作りにはなりますけど」
「じゃあイイじゃん」
「わたし先生顔出ししても受けると思うんだけどなあ、『あなたの運命見通します、噂の千里眼を持つ占い師“ほしよみうらら”!』『実はめちゃくちゃカワイイ女性だったー』みたいな」
「名前負けしてるわ、やっぱり“占い牧場主”くらいにしておけば良かった」
「わたしがそんな芸名を受理するとでも」

しれっと笑う山辺さんは、恐い。
実際、この人わたしが単発企画を違う芸名で出そうとしたら笑顔でツカツカ寄ってきて原稿を真っ二つに裂いたからね。ついでにその担当者だった男は、悲痛な声をあげて床に崩れ落ちた。正直面白かったが、色んな意味で鮮烈思い出だ。笑顔でにこにこしている人の方が実は恐ろしいと相場が決まっているが…あれ、なんかわたしの周りそんな人ばっかり集まってないか。気の所為かな、あれぇ…。

「ぜったいモテるのになあ」
「そういうの目的じゃないし」
「…あの、学生時代に付き合ってたっていう人が忘れらないからですか」

お茶吹き出すかと思った。
別にいつも決まった話題を咲かせているわけではないが、イヤにタイムリーな話題をぶちこんでくるので動揺してしまった。吹き出しはしなかったが、ごきゅりと変な音を立ててお茶を飲んでしまった。その様子が彼女の目にはどう映ったのか。内心冷汗が止まらないわたし、その一挙手一投足を見落とさないといわんばかりの鋭い視線にさらされる心地を10文字以内で答えよ。いますぐかえりたい。

「話を聞いていると、確かに献身的なスパダリかもですけど、実は手が付けられないヒステリーじゃないですか。そういう人はスリルを味わうための恋人には向くかもですけど、安定安心を求める結婚相手には向きませんって」
「いやヒステリーっていうか…ちょっと、感情の振り幅がでかいだけっていうか」
「限度があるでしょう、勘違いの嫉妬で真冬の海に引きずりこまれて死にかけたっていうのに何言っているんですか」
「…その後、すぐ引き上げて人工呼吸してくれたし」
「ミワ先生、共依存って知ってますか」

共依存。自分と特定の相手がその関係性に過剰に依存しており、その人間関係に囚われている関係への嗜癖状態のこと。バイ、ウィキペディア。

「言ってること、まんまDVの旦那庇っている奥さんじゃないですか」
「な、なにもいえねぇ… でも彼はその、そういう種族っていうか。身内みんなそんな感じで、彼だけが悪いとか可笑しいってわけじゃなくて」
「なおのこと質が悪いわ」

いっそ気持ち良いくらいスッパリ切ってくれる山辺さん、あなたとお喋りしていると、わたしがこの社会に照らした時どれだけ異端なのか良くわかる。ありがとうございます。

「とにかく、考えておいてください。先生にはもっと外の世界と関わることが必要だと、わたしは思います」
「うっす」
「原稿、確かにお受けしました。 わたし、どうですか?」
「……中吉、恋愛運をあげたいならラッキーカラーはイエロー。婚活パーティーを楽しんで」

山辺さんは、勝利のガッツポーズを掲げた。がんばってください。
ビルから出て、さてとアイフォンを見る。予定より早いが、問題ないだろう。ジェイドに待っているように頼んだカフェに向かう。自動ドアを抜けるとコーヒーの香りに包まれた。見れば、こじんまりしたソファに座って、暇つぶしにと渡したipadじっと見つめるジェイドがいた。すぐにこちらに気づいて手を振ってくれたので、軽く返す。

「おかえりなさい、早かったですね」
「原稿だすだけだから、早く終わった。なに見てたの」
「調理器具を少々、今朝台所をお借りしたのですが少し必要なものが足りなくて」
「ん」

わたしにも見えるように回してくれたipad、通販サイトのページが並んでいた。ジェイドは学生時代から料理を嗜んでいる。モストロ・ラウンジで彼が作ってくれたメニューは、どれも絶品だった。今朝のフレンチトーストを見ても、彼の腕が健在であることは良くわかる。

「このブランドなら、近くの百貨店に入ってるはずだよ。見に行こうか、」
「ええ、是非」
「ついでにエプロンも買おう、流石に割烹着じゃねぇ」
「似合ってませんでしたか」
「そういうわけじゃないけど、サイズ合わないでしょ。似合うものを贈るよ」

少し不安そうに揺れる瞳、違うよと答えて頬に触れる髪を耳にかけてあげる。すると、すぐに「はい」と笑った。ツリ目がとろんと穏やかになる、ジェイドのその顔が堪らなく好きだった。だが、山辺さんの言葉が教訓のようによみがえる、共依存。う、うーん、うーん、認めたくないけど、認めざるを得ない。

苦い虫を噛んでしまったような顔をしているわたしを、ジェイドが不思議そうに見つめた。気にしないでと手を見せれば、ジェイドはそこに指を重ねて席を立った。それを見ていた女性が「え、スパダリ」「精神的イケメンェ…」「まさかのそっちが嫁」とざわついたが、わたしのその声は届かなかった。

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