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人魚姿のジェイドリーチと海中デート





オクタヴィネル寮のゲストルームは、寮長のアズールによって一泊一万マドルからリザーブ可能になっている。え、それって良いの?NRCの施設を私益目的に使って良いの?と思ったが、「今更では」と件の寮長に鼻で笑われた。タコ焼きにするぞ、こらあ。…後から聞けば、その辺りの営業許可はきっちり学園長に取り付けているらしい。流石は深海の商人様である。

「ここはゲストルームじゃないんだ」
「違いますよ。 代々オクタヴィネルの寮長に与えられる特別室のひとつです」

それだけ言うと、ジェイド先輩はするりと海の中に潜ってしまった。
置いていかれたわたしは、することもないので部屋の値踏みをすることにした。貝殻でつくられたタイルの床は、裸足で歩くには少し冷たい。モストロ・ラウンジを思わせるサンゴ礁や海の生き物を模した装飾は、どれも手作り感に溢れ高級そうだ。天井を見上げれば、大きな天窓から光が差し込んでいる。ここは海中なので、おそらく魔法の類だろう、本物さながらの美しさである。ビタミンDが生成されるぞお、これは。

天窓からは卵状のドームが部屋を覆い、その向こうには海の景色が広がっている。悠々と泳ぐ魚はとても気持ちよさそうだ。名前の分からない緑に囲まれ、サイドにはラタン地のサンラウンジャーやテーブル…なんとセレブリティ溢れるプールサイド。気分はもうリゾートだ、オクタヴィネル寮長ってやる価値あるな!

(ま、わたしは人間だからプールサイドだけでいいんだよなあ)

ちらりと後ろを見れば、そこは一面の海水。
ここから、オクタヴィネル寮の外に続く海と行き来ができるらしい。海水は穏やかで、真珠のライトが所かしこに浮かんでいる。海の魔女をモチーフにした彫刻の口から絶えず水がこぼれているが、あれはマーライオン的なアレだろうか?不思議とぶつかり合う水の音が聞こえないのは、それ自体にかけられた古い魔法のおかげらしい。

(…ちべたい)

足先で触れた海水は冷たい、人間のわたしには体温保持の魔法をかけていないと少し辛いものがある。肩にかけていたタオルを落とし、するりと海水の中に飛び込む。全身を冷たい水に抱かれる感覚、目を開けばぶくぶくとわたしの酸素が泡となって浮かんでいった。視線を配ってジェイド先輩の影は探すが…おお、ものすごい遠く彼方に居られる。ずっと足下に雲のようになびく青緑色の影。それをじっとみていると、彼が気づいてこちらを見た。海の底は光が届かない、彼のカナリア色の瞳だけがいやにくっきりと見える。

「ぷはっ う、苦しかった…」

魔法なしの潜水は、やはり長く続かない。濡れて頬に張り付いた髪を避けていると、足先に奇妙な水流が流れ始める。____お、上がってくるらしい。大人しく待っていると、するりと氷のように冷たい指先が足に触れた。長い爪が肌に食い込み、そのまま腹部までを辿るようにして大きな手がわたしの体を撫でた。ぱしゃんという水音とともに現れた先輩は、わたしとは違う緑色の肌をしていた。

「ふう… すみません、この姿は久々なもので。 少しは羽目を外しすぎました、」

一房だけ夜の色をした髪を鰭耳にかけ、ジェイド先輩は楽しそうに笑っている。現れた頬には人の時にはない不可思議な文様がくっきりと浮かび、うすい唇には血の暖かさを感じさせないほどに真っ青だ。

「小さいころみた絵本の印象が強いからかな、先輩は人魚姫って感じがしないんですよね。どっちかっていうと、半魚人に近い」
「どちらも同じ意味では?」

抱きしめてくれる腕に備わった立派な鰓、ひっぱってみたいとお願いしたことがあるのだが笑顔で拒まれたことを覚えている。うーんと考えていると、ジェイド先輩がおもむろに顔を擦り付けてきた。海中を漂っていた足には、彼の尾がすり寄ってきてわたしの体を絡め捕る勢いだ。不意にかぷりと頬を噛まれた、これはウツボの人魚にとって親愛の挨拶らしい。すげぇこわいです、噛みつかれた死ぬ。

「ミワの体…暖かいですね」

きゅっと完全に体を抱きしめられた。背に回る大きな手、首筋にすり寄る人魚の頭。彼の尾に絡まれると少し苦しくて、まるで捕食される獲物の心地になっていけない。

「これでも大分冷えましたよ、オクタ寮の海は冷たすぎです」
「それでも、人魚の僕には熱すぎるくらいです」
「むっ わたしからすれば、先輩の体が冷たいです。まるで氷に抱かれてるみたい」
「___ふふ、本当に僕らは合いいれない」

頬に触れていた冷たい唇が、するりと重なる。頬に添えられた手が冷たいし、ジェイド先輩から滴る雫がくすぐったくてしょうがない。身じろぎすれば「もう少しだけ」と、唇の間で彼の低い声が木霊する。角度を変えて重なった唇は、まるで何かを強請るようにわたしのそれを食む。それとなく拒んでいると、耐え性のない彼の舌がぬるり唇を舐めた。

「っ ! やっ だ!」
「…そこまでハッキリ拒まれると、いささか傷つくものがあります。 この姿はお嫌いですか?」
「その小賢しい顔が嫌いっ なんです!」

ワザとらしくこてんと首を傾げるのは止めなさい。ちょっとカワイイじゃないか!

「怖すぎなんですよ、先輩の口。というか人魚の口! ホラー映画か!」
「僕らからすれば人間の口の方が不思議です。 そんなどこもかしこも丸い口で、良く今世紀まで地上で生き残れたものだと感心しております」
「…先輩、口あーんして」

ぺちゃくちゃとセールストークを捲し立てるジェイド先輩、本日も元気そうでなにより。じとりと見て言えば、先輩は口元に手をあて、あの特徴的な笑みを浮かべる。にやあ、いや、にまあ、か。悪そうな顔だ、本当に良い根性している。

「ふふ、なんだが照れますね」
「? ウツボよく口開けてアホみたいな顔で浮かんでるじゃん」
「それはただのウツボで、僕は人魚なのですが… こほん、どうぞ」

あ。と、口が開いた。目の前に飛び込んできたぞろりと並ぶ鋭い歯。その内側で舌が蛇のように蜷局を巻いている。それだけでもドン引きなのだが、喉の奥にもうひとつ。人にはないうごめく口があれば、これはもうそっと目をそらすというもの。あ、尾で締められて逃げられない。ちょ、腕掴むの止めてください。

「どうして目を逸らすんですか?」
「いや、なんていうか… グロ画像みちゃった気分で」
「自分で見たいといっておきながら失礼な」

こればかりはジェイド先輩がおっしゃるとおりです。もう二度といいませんハイ、あ、でも今度歯磨きさせてほしいです。好奇心旺盛なビビリで申し訳ない。

「僕だけ損した気分ですね。 あ、そうだミワも口の中見せてください」
「…! 恋人の性癖が歪んでる件について」
「先ほど、その恋人の口の中を見たいと言ったのはどなただったでしょうか」

逃げようにも、相手はウツボ人魚。海面とはいえ、人間のわたしが勝てる見込みはない。頬ががっちり両手で掴まれてる。こわい。笑顔の圧がこわい。大人しくあーっと口を開けると、彼の目がきらきらと輝いた気がした。なにが楽しいんだろう、じっくり見られているのが段々と恥ずかしくなってきてぱくんと口を閉じた。

「おや、 …ふふ、ね? 恥ずかしいものでしょう」
「…」

口を膨らまして黙るわたしを、眩しそうに目元を明るめた先輩が笑う。へにゃりとしたその笑みは毒気を抜かれ、先輩の体をぐいと押しのける。思いのほか簡単に解けた尾を足で押しのけ、息を吸ってどぼんと海の中に潜る。うっ、やっぱ苦しい。するとふわりと銀色の魔力が周りを取り囲んだ。まるで海の中で星が瞬いているような幻想的な光景。誘われるように視線を向ければ、菱形の耳飾りが揺れた。

わたしの体の周りを回遊したジェイド先輩は、とんと喉を指で指し示す。ん…そういえば苦しくない。水中呼吸の魔法をかけてくれたらしい。あ、呼吸が楽だあ。ほっとしていると、くいと腕を引かれる。ジェイド先輩はにっこりと笑って、そのままわたしの体を引き寄せた。誘われるままに彼の首に腕を回すと、彼の尾が穏やかに水を掻く。…海中デートとは、人魚と恋人らしいではないか。

自分では決してたどり着けない海底にたどり着くと、ジェイド先輩がそっとわたしを下ろしてくれた。足で踏む海底の砂はふかふかで、見上げる水面は太陽の光に反射してキラキラしている。まるで宝石箱を内側から見上げているような光景に魅入っていると、ジェイド先輩の指がするりと頬を撫でた。ついと指に誘導されてみれば、彼は困ったように肩を竦めた。そしてどちらからもなくキスをする。海中のキスはすこしだけしょっぱいってこと、彼がいない人生だったら一生知ることがなかっただろう。




Kiss me tiredly ! Oh my mermaid princess.


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