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瀬名泉と家族になる


※子ども名「永」固定



妊娠検査キットが陽性だった時、わたしは絶望した。
“あの”瀬名泉が父親になれるはずもない。光の速さで身辺整理をし、身元をくらまそうとしたわたしだがそれは未遂に終わる。どこから拾ってきたのかくっきり陽性にマークがついた見覚えのある検査キットを手に、瀬名泉はにっこり笑った。

「もし逃げたら、刑法第224条未成年者略取誘拐罪で訴えるからねぇ」

______ちなみに、妊娠中の親権は原則として母親にあり。
結婚してすらいなかったわたしは逃げようと思えば逃げられたことを知ったのは、出産してから一年後のことだった。瀬名泉、怖い。





(…ぜったいに、無理だとおもったけど)

瀬名泉といえば。子どもの頃から芸能界に入り、ティーンズ向けからセレブ御用達のファッション雑誌でお馴染みのトップモデルだ。高校の時に一時休業したが、三年からはアイドル業とともにモデル業を再開。アイドルユニット「Knights」のシニカル王子といえば、今や知らない人のほうが少ないだろう。

そのせいで、彼の電撃結婚の報道は酷く荒れた。あちらこちらから飛び交う無責任な推測や発言に一部知人たちが酷くお冠だったのが良い思い出だ。意外にも瀬名泉は友達が多かった。

だが当の本人と言えばどこに吹く風で。好きに言わせておけばいいと、風評被害そっちのけでさっさと婚姻届を提出。スーツを着てわたしの両親挨拶に赴き、結婚式の日取りを調整。貯金で新居を購入し、「あんたになにができるの」「下手に手ぇ出して俺の邪魔したら殺すよぉ」とわたしを脅しながら必要な雑事を全て熟した。なんだこのスパダリさんは。

そんな彼の堂々とした態度は、世間としても好評価で。気づけば報道は収まり、今度は未来のパパタレントとして色んな雑誌で引っ張りだこになるという怪奇現象が起きた。それらを笑顔で熟しながら、きっちり18時には帰って来て「はい、お夕飯〜」と完璧な妊婦さん用の食事を作るのだ。もはや人間ではない。そして食事は美味しい。太ったのはいうまでもない。

そんなこんなでなに不自由ない妊娠期間を終え、生まれてきた子は元気な女の子である。ちなみに言うまでもないが出産は、終始ビデオカメラを回す瀬名泉に付き添いである。正直痛いわそれ止めろおま、ほんといいかげんにしろよ!!と散々なことをいって、若干助産婦さんが「え、瀬名泉にそれいうの?」みたいな顔していたがまあ気にしない。なぜなら当の本人が、偶の休みにその映像をうっとりと観賞しているからだ。ほんとうに止めて欲しい。



「ごいろーさまえした!」
「はい、お粗末様〜。 はるちゃんは偉いねぇ、ちゃんと好き嫌いしないで食べたからパパがデザートに桃切ってあげる」
「ももすきぃ!」

ダイニングテーブルにて行われる父子のやり取りをポッキー片手に見守る。すみませんねぇ、好き嫌い激しい偏食家で。ぽりぽりとポッキーを食べていると、泉がキッチンに入るのを見ていた娘がぱっとわたしを見た。そしてぱあと笑顔になって、テーブルのベンチチェアからよいしょと下りだすので、あ、転んだ。

「ちょっとなにごっ 永(はるか)あ!?」
「あちゃ〜やっちゃった」

思い切り頭から落ちたが、永はきょとんとしている。包丁を放り出して飛び出してきた泉を余所に、んしょと立ち上がってこちらに歩いて来る。

「ままー」
「はい、ママですよ。 盛大に転んだね、あらおでこ真っ赤」
「はあ? なに悠長なこと言ってんの! 永、痛かったよねぇ。大丈夫? パパにおでこ見せて」
「泉さんは大げさだなあ、 この位大丈夫だよ。ね?」
「だいじょーぶなのですぅー」

でもまあ、しっかりおでこの傷の具合を見てよしよしと頭を撫でる。すると永は嬉しそうにへにゃりと笑ってソファによじ登ってきた。わたしにぴったりとくっつき、えへへーと瀬名泉似の顔でだらしなく笑う。

「パパ、桃はまだー?」
「はあ? ちょ〜ウザい」
「ぱぱーももー」
「うん、すぐに切って来るからあ 今度は大人しく待ってるんだよ?」

この扱いの差である。語尾にハートマークでも付きそうなそれは、かつて遊木真に執着していた学生時代の彼を彷彿とされる。きっと娘は嫁に出るのが難しいに違いない。ふわふわの銀のネコっ毛をわしわし撫でてやりながら、当分先であろう未来を憂う。だが永はどこに吹く風できゃっきゃと楽しそうにしている。

そうこうしているうちに泉が戻って来た。トレーには瑞瑞しい桃が入った大皿が乗せられている。フォークは青と赤、それに小さな緑がひとつ。子ども用の縁のある器に取り分けてもらった永は嬉しそうにそれを受け取った。湖色の瞳をきらきらさせるのはいいが、銀の髪がぺとりと果汁で頬についてしまっている。それを避けてやっていると「はい」となにかが目の前に差し出された。小振りの桃が一切れと、赤いフォーク。

「泉さん、わたしの桃だけ少ないような…」
「文句ばっかり言ってると家から放り出すからぁ “今”のあんたに冷たいもの沢山食べさせるわけないでしょ、馬鹿にしてるのぉ?」
「永、ママに桃半分分けてくれない? パパがねー、イジワルしてママはダメとかいうの」
「ちょっとぉ! はるちゃんに余計なこと吹き込まないでくれる!?」
「んーむぐむぐ らめらよー ままがねつめたいのたべると、はるかの“おとうと”がおなかのなかでびっくり! しちゃうからだめーってぱぱがいってたの」
「余分なことを」
「俺のせめてもの優しさを取り上げられたくなかったら大人しく食べな」

エプロンを取り、永の隣に腰を落ち着けた泉が呆れたようにいう。だが永に桃をあーんしてもらって、だらしない笑顔を浮かべているから何時もの迫力は激減だ。雑誌では見せない騎士様の情けない様子をツイッターで曝してやりたい気持ちをぐっと堪える。それは…今は未だ、この良く似た父子の笑顔をたったひとり独占したいという気持ちがあるからもしれない。

「らしくないな、」
「なにかいった、ことり?」
「なんでもないですよー」

食べ終わった食器をトレーに戻し、わたしは静かに腹部を撫でた。まだ見ぬ、新しい小さな家族。彼に出会える日を夢見て、微睡の中に身を委ねる。

瀬名泉の第二子。出産予定日は、もうすぐだ。

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