OTHER(game) | ナノ

U:Every man gotta right to decide his own destiny.


心の奥底まで包み込む冷たい水の内で、目が覚めた。
始めて目にしたものは、太陽の光をうけてきらきらと眩く一面の水色。穏やかで穢れのないひたすらに美しい世界。その光景が今も、瞼の奥にはりついて消えない。



「っ____ …?」

目が覚めると、世界がゆらゆらと揺れていた。それはまるで、今は遠い生まれた世界を彷彿とさせる。もう少し揺蕩いたいという思いを跳ねのけて、セナは重い瞼を開いて顔を上げた。そうして見えた自分のものと似ても似つかない色の長い髪と小さな耳に、文字通り飛び起きる羽目になる。

「っはああ!?」
「っうお 吃驚した。 あ、起きた…セナ?」
「あ、 ああああ アンタ なんで っ____なに勝手に人のこと抱き上げてるのさ!」

子どものようにおんぶ、___しかも自分より小さな女に___されていたことに気づいて、カッと身体が熱くなる。恥ずかしさのあまり拳で背中を叩いて拒否するが、彼女は「いたいいたい」と薄っぺらい言葉ではぐらかす。

「まあ落ち着きなって、町に近づいたら下ろしてあげるから」
「町…って、人間のっ バッカじゃないのぉ! そんなところ連れてって俺をどうするつもり!」
「えー… お風呂とか、温かい寝床とか… あとはご飯?」

数えるように彼女の口からでる誘惑、それは長く疎遠だった世界だ。
セナは元より潔癖のきらいがあり、このような土まみれ汗まみれで長時間いることなど耐えられない性質なのだ。それも今は“ゆうくんのため”だから耐えて来た、……煌珠の民(エディルレイド)は、見た目だけなら人間の男女と相違ない。だが、人間と全く関わらず、森の奥深くの小さな世界で生まれ育ったセナにとって人間の町に入ることは口にする以上に難しいことだった。それなのに、…

「俺が、煌珠の民ってバレたらどうするのさぁ…」
「バレないようにするし、なにかあればわたしが守るよ」

さらりと、当然の様に言ってくれる。普段なら薄っぺらい言葉だと跳ね除けるはずなのに、セナの口からでたのはうぐっという空気を噛む音だけだった。

(…俺に、惚れたっていってたけどぉ)

思えば、彼女とは出会いからして最悪であった。
セナはプリミエナ大陸の奥深く、人間が寄りつかない鎮守の森からここまで来た。道中、様々な苦難に見舞われ、力が枯渇したところでグリストの襲撃を受けたのだ。逃走の途中で巻きこみ、一緒に捕縛されたのが彼女だ。

彼女は一見普通の女性だった。セナより背丈は小さく小柄に見える、表情は少なく囚われていた時も困惑も悲愴も、笑顔さえ見せなかった。女性らしくない真っ黒な機動性に長けただけの服装を見に纏い、しかし怖ろしく腕のたつ正体不明の女。それが、いま彼女についてセナが知っている全てだ。

セナを助けた理由を「惚れた」からだというが、彼女は言葉に抑揚がなさすぎて真相が見えない。だがもし嘘だとして、気絶した大の男を背負って今も文句ひとつ言わずに歩いてくれるだろうか。破かれた服の代わりに外套を羽織らせてくれるだろうか。…わたしが守ると、言ってくれるだろうか。

(…いや、ちがう)

セナは自身のエディルレイドとしての価値を精確に理解している。道中遭遇した煌珠狩人から、セナの核石にどれほどの値が付けられているのかを知った。それは国ひとつの財政を揺るがすほどのものだが、買い手ならいくらでもあるという。…国家組織にしても個人としても、セナというエディルレイドは喉から手が出るほど求められる存在なのだ。人間は薄情な俗物ばかり、そして今はそんな人間に加担する同族もいる。それはセナが苦痛をもって思い知ったこの世の真実のひとつだ。

だから、目の前の彼女を信じてはいけない。
____惚れたなど嘯いて、セナを売る可能性だって十二分にある。

(信じちゃいけない、同族だって…… ゆうくん以外は、みんな)

____敵だ。






「少し外に出て来るけど、セナは一人でも平気?」
「ちょ〜ウザい」

一応、社交辞令として聞いたのだかどうやらエディルレイドにその類の礼節は通じない様だ。バタンッと閉じられた風呂場の扉に、ぽりと頬を掻く。…とりあえず、行ってきます。

最寄りの町、アルユ=ユディンはプリミエナ大陸では珍しくない小さく簡素な田舎町だ。宿の数は勿論、生活用品を揃えられる店は限られており、旅人が立ち寄ることも希の様だ。町の人間はどこか閉鎖的で、宿屋の女主人にしても、セナを背負ったわたしを見る視線が訝し気なのだから根が詰まる。早く出て行けといわれているのが良く解る。グリスト達の追手のことも思えば、早めに立ち去るのが吉だろう。

(でもその前に必要なものを集めて…あと、セナの着替えも)

あのどこからどうみても暴行されましたという格好のセナを連れて歩くのは気が引ける。どういう服装が似合うだろうか。セナは美しい見目のエディルレイドだった。

初雪のようなグレーかかった銀の髪に、核石と同じ天青色(セレスタイト)の瞳。すらりとしたシルエットの体躯は一目見て無駄な肉がないと知れ、白魚の肌にはくすみ1つない。足の先から指先まで、非の打ちどころがない白皙の美貌。なるほど、エディルレイドであることを抜きにしても彼の魅力は万人を惹きつける。

出会った当初はぼろぼろであったが、美しい音の銀水晶の耳飾りは随分と質が良さそうだった。文献で見た少数民族の衣装に良く似た絹を纏い、濃紺の帯と赤い紐で結んでいた。異国情緒な雰囲気は、俗世離れしたセナの雰囲気に良くそぐう。だが、あれでは魅力倍増でここにいますと旗をたてて歩いているようなものなので、ここは一般的な旅衣装にチェンジしていただくとしよう。…可愛い服も、綺麗な装飾も、与えるに適したタイミングというものがあるのだ。

長く目を離すのもはばかれるので、買い物は早々に切り上げとした。戻るとセナはまだ風呂場にいるらしく、鼻歌のようなものが微かに聞こえて来た。どうやら上機嫌らしい。あの力を見る限り、セナのエディルレイドとしての属性は水か氷だろう。…湯浴みが好みなのもうなずける。

音を殺して衣装を整え、備品、これから予定を調整していると、ガチャリとセナが風呂場から出て来た。

「っ!」
「あ、 着替えはそこにあるよ」
「 っえ、 何時から お、 お礼とは言わないからねぇ!」

なんというテンプレ。だがそれが良い。
がちゃりとほどなくして出て来たセナは「…ダッサい、ありえない」とぶつくさいっていているが、我慢してくれと嗜めた。どうやらサイズは合ったようだ。背負った時、背丈と同じくらいの重みはあったように感じたが、どうやら線が細いらしい。だぼとしてる腕回りをみて次はもう少し幅のないものを買おうと決めた。

「前の服なんだけ、どうする? 大事なものなら処分しないけど」
「…べつにいいよ、棄てて」
「わかった。 昼食まで時間があるから休んでいていいけど…その前に少し、お話ししようか」

ベッドに座ったセナが疑うように見るので、安心させるように笑みを浮かべ手に持っていた地図を広げた。

「セナはこの大陸の生まれ? 地理はどこまで把握できているのかな」
「…」

広げた地図にセナはむすりとした顔を崩さない。しかし天青色の瞳が狼狽を濃くしてちらちら動く。どうやら高いプライドが邪魔をしているらしい、こちらから助け船を出すとしよう。

「いまわたしたちがいるのは…ここ。 ここはプリミエナ大陸の町の1つね、わたしが個人的に目指していたのはここからさらに北にある港町」
「み、みなと…?」
「大陸を渡る船が出ている町。セナは船を見たことがある?」
「な…ないけどぉ なに文句あるぅ」
「ううん、じゃあ初めての船だね。 船はね、水の上に浮かぶ大きな小屋みたいなものだよ。人がたくさん乗って、それで川や海を渡るんだ」
「み、水の上をうかぶの!? 小屋がぁ?」
「興味があるなら…、思い出に一緒に乗ろうか」

想像がつかないのかもやもやとした顔をするセナに提案すれば、蒼い目が真ん丸になってわたしを見つめた。

「もちろんセナの目的地がわたしと重なるならの提案」
「……」
「目的は言わなくていいよ。でも、セナがそこまで困らないでいけるように手助けをさせてほしい。可能な限り、人間の大陸を旅するのに必要なことをわたしから学んでほしい…あと、それまではわたしにセナを守らせて」
「…どうして、 そこまでするメリット、アンタにはないでしょ」

セナはただただ困惑の表情を浮かべていた。彼は理解できないと、目でわたしに訴えているようだった。ああ確かにそうだろう、理解などできるはずがない。だってただの1人も、わたしの生き方を認めてくれたことなどない。

「…惚れた相手に、なにかしたいと思うのはそんなにおかしなことかな?」

困惑しているのをいいことに、無遠慮にセナへと手を伸ばす。温かい湯で火照り、僅かに桃色を怯えている頬に指の背を這わせて。慈しむようにその輪郭を辿る。

「セナ、わたしを利用すると良い。 ____すれば、君を女王のように扱ってあげる」
「   っ  ____!」

ぱんっと手を跳ねのけられた。おどけるわたしを、セナが冷たい眼孔で睨みつけてくる。

「ちょうウザい、そういうの」
「…」

「アンタなんか真面目に相手にするんじゃなかった。 もう休むからさぁ…どっかいって、不愉快」

セナはばさりとベッドに潜り込んで、それきり話しをしなくなってしまった。…どうやら選択肢を間違えた様だ、わたしは地図を畳んでそっと部屋を後にした。

(…存外、難しい)

エディルレイドとは、みなああも気難しいものなのだろうか。
セナがこの後どういう決断をするにしても、少し“知人”にアドバイスを貰うのが良いかもしれない。一人で置いて行くのは気が引けるが、今は下手に傍にいない方が良いだろう。わたしは迷った末に、少し宿を空けることにした。











_____「セナ、わたしを利用すると良い」

なにアイツ。

________「すれば、君を女王のように扱ってあげる」

なにアイツ。なにアイツ。なにアイツ。ちょぉ〜〜〜ムカツクぅ!!!甘ったるい声も、まるで女らしくない言動も、自分に対する扱いもなにもかも腹が立つ!!! 何が「利用するといい」だ、なにが「女王だ」っ!それは女が男に対して言う言葉ではないし、なにより自分がひとりじゃ何もできないと思われていることが許せない。何も知らない癖に、何も“教えてくれない”癖にっ!

(嘘つきっ! 俺に惚れたとか大嘘ついてっ…!)

枕を殴りつけるも、鬱憤は晴れない。まるで子どもの癇癪のようなぐつぐつがセナの腹の下で渦を巻いて消えない。

(守るとか口ばっかりぃ なに俺のいうこと聞いて素直に出て行くのさっ ありえないんだけどぉ!)

違うだろう、好きと言う感情は。もっと相手の傍にいて、相手の全てを知って、何時だって見て、感じて、そうして身も心も一体化したいという欲求が『好き』ということ。相手の言葉なんて関係ない、彼女の言葉にはセナの知る“好き”の情がひとつもないのだ。それが“これほどまでに腹立たしい”!

(死んでっ 消えていなくなれっ  このまま帰ってこないでよねぇ!!!)

散々に枕を叩いたあと、はあはあと息が切れた。するとすうと心の内が冷えた。視界がクリアになる、ぼんやりと起き上がって部屋を見渡す…すぐにそれは見つかった。小さな机に広がる彼女の私物…それは見たことのない形のものが多く、セナにはどういう用途のものなのかさっぱりわからない。地図、というものだって本物を見たのはあれが初めてだった。その中から、椅子の上に置かれた黒い鞘…彼女の腰に下がっていた得物を手に取る。

(…アイツの、武器)

柄を掴み抜けば、すぐに刀身が顔をだす。銀の冷たい瞬きが走り、丁寧に手入れされた刀身がセナの顔を写し込む。…まるで人形のような、感情の抜け落ちたセナの顔。人間も同族、誰もが美しいと______この世で二つとない最高傑作だと褒めた称えた至上の“武器”の顔を。

(___俺に、惚れたって言ったくせにっ…!)

こんなガラクタに頼る_____!
感情のまま振り上げた刀を乱暴に窓枠へと叩きつけようとする、それは明確な破壊の意図。壊れてしまえ、壊れてしまえと頭の中でもう一人の自分が叫ぶのだ。こんなものいらない、こんなものがあっては___こんなものがあるから、俺を見てくれない___!

だがそれは、すんでのところで不発に終わる。ガンッという大きな音とざわめきに、セナの手は中途半端に止まることになる。聞こえてくる小さな声は「なんだ」「どういうこと___」という困惑の声。不思議に思いながら…セナは床の下…一階で交わされている話し声に耳を澄ませた。





「どういうことだ、なぜ町の子ども達が誘拐なんて____!」

宿屋に集まった大人たちは困惑していた。最初に気づいたのは夕暮れを迎え、子どもたちを迎えに行った親であった。何時も遊んでいる場所に子どもの姿なく、かしこに争ったような形跡が見られたのだ。悪い予感を覚えた彼は家に戻った、だが子ども達は帰っていない。そうして、町から子供たちが揃って行方不明であることを知った。

「俺の家に挟まっていた紙だ… 山賊たちが、誘拐したらしい… 返してほしければ、『匿っているエディルレイド』を引き渡せと」
「エディル… なんだそれは、そんなものしらねぇぞ」
「いや聞いた事がある、 たしか人間と一体化する武器のことだ。見た目は人間とそっくり同じで、体のどこかに石が嵌ってるってきいたぞ」
「そんな人間、この町に______は、」

大人たちの視線が、するりと二階の客室へと向けられた。






(_____やられた、)

子ども達の誘拐、エディルレイド____グリストたちの仕業だ。
とんと階段を上ってくる音が聞こえる。セナは床から飛びのくように体を起こした。咄嗟に頭に浮かんだ姿を探すがどこにもいない、当然だセナが出て行けと言ったのだ。ぞっと背筋が冷たくなった。床越しでも感じる憎悪の視線、この後どうなるのか想像するだけで吐き気がする。逃げ道を探して周りを見渡すがなにもない、なにもしらない。そうだ、セナは___ここでは独りなのだ。

(たす、 け )

扉が、開く。

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