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ブチギレした美風藍をなぐさめる


「いい加減にして、もう何も聞きたくない!!!」

ガシャーンッ
私の顔の横を通って、ガラスの向こうのベランダへと転がった物体A。目の前には、それを投擲した藍が真っ白な顔を高揚させて荒い息を吐いている。対して、私の顔は真っ白で呼吸困難になりそうなほど息を詰めている。目の前の怒り狂った獣の毛を逆立てまいと、自然と体がそうしているのだ。

「あ、藍…落ち着いて…」
「っ___宥める様に物を言うな!!」
「ひっ」

ぴしゃっと打ち付ける様に返ってきた言葉が痛い。
思わず目を瞑り萎縮する私に、藍は更に顔を赤くした。そして綺麗な柳眉をぐっと詰まらせ、怒りの形相を顕にする。

「ああもう熱い!熱い熱い!!気持ち悪くて苛々する!!」

言うなり、ガンッと八つ当たる様にテーブルを叩いた。叩かれたところからばきっとテーブルが真っ二つになる。がたがたと無残に壊れて行くテーブルは、数分後の私の姿のような気がして奥歯ががちがちと震えた。恐い、恐い何てもんじゃない恐ろしい!

(そうだ…藍は、人間じゃない)

藍は、とある酔狂な男がココロのシステムについて知るために、同じように狂った男に頼み作った人造人間___ヒューマノイド、だ。
だから藍の力は尋常ではない。充電型という圧倒的デメリットを抱えながら、振るわれる腕力、その他五感に関する情報収集能力は半端ではない。

(でも…その所為でこんな目に…)

その異常な感覚が、この悲劇を生んだ。
藍は未熟だ。身体と知識こそ15歳の男子をベーシックとしているが彼の思考は驚くほど幼稚だ。だからこそ経験で学び、築いて行かなければならない。
反対に言えば、未経験の事象に対して非常に敏感なのだ。
それがインストールしたデータで対応できる類ならまだ良い、それ以外の事象…人の心の根幹に関わるものに対して藍は酷く弱い。

解らないから何万何千と言う演算を重ねる。でも解らないから更に演算(かんがえ)て、演算(かんがえ)て、藍というAIがオーバーヒートを起こしてしまう。

人のココロを知るために造られたロボットである藍。神様にココロを与えられなかったロボットにとって、それはあまりに重く遠い___非情な悲願であった。

「もぅっ…考えたくないのにっ!」
「!? ちょ、藍っ!」

当てもなく彷徨っていた藍の手ががしりとソファの背を掴んだ。私と同じ五本の指が、おおよそ人間では考えられない力を持ってソファの布をぶちぎった。え、うそうそ。そう思った時には既に重い音を立ててソファが宙に浮いていた。

「あ、あい…ほんとうに…おちついて…」

どんどん上がって行くソファはついに藍の頭上にまで達した。ソファを片手で持ち上げるとかどんだけだ。真っ青になって説得を試みる私を、藍のターコイズの瞳がぎらりと睨んでくる。その一寸のつけ入る隙のない激怒に、紡ごうとした言葉が全部引っ込んだ。

(ど…どうにかしないと…)

ガチガチ震える体を叱咤して必死に思考する。
藍を止めないと。これ以上はだめだ、これ以上問題を起したら外で異変を感じた誰かが来てしまう。そしたら藍の秘密がバレて、藍は廃棄処分の道を免れない。
それは駄目だ!

(この手は…使いたくなかったけど、)

もう他に打つ手がない。私は覚悟を決めて藍を見据えた。なるべく動揺や恐怖を悟られないように背筋を伸ばし、確りと言った。

「藍、好きだよ」
「っ!」

「愛してる。藍が好き、大好き」

嘯く愛の言葉は、酷くからっぽだ。
でも藍には効果覿面であった。私が愛を呟く度に、藍の表情が歪む。

「水梨ことりは、美風藍が好き。美風藍だけを愛してるよ」
「___うそ、」
「嘘じゃない。本当だよ、藍だけ。藍だけを愛してる」

揺れる藍の顔を見る度に罪悪感が込み上げる。罪の意識で死んでしまえそうだった。
それでもなんとか手を伸ばして、藍に近寄る。

「藍…」
「っ来ないで!」
「藍、好きよ」

「来ないでって言ってるでしょ!!」

一歩二歩と詰め寄る私に、藍が怒号を上げた。
そしてぶわりと持っていたソファを叩きつけようとしたので、私は反射的に藍へと駆け寄った。ぎゅっと人間とは違う硬い体に抱き着くとぴたりと藍の体が固まった。布越しでもその体は酷く熱くて、気を抜けば手を放してしまいそうだ。まるで焼き鏝を自分で押し付ける様な感覚に込上げる悲鳴を飲み込んで、私はぎゅっと藍を抱きしめた。

「好きだよ、藍」
「……」
「藍が一番…大事だよ、」

暫く、藍から返事はなかった。
でもがたんと視界の隅でソファが床に落とされるのを捉えた私は、緊急の状況は脱したと判断した。

(流石に、ベランダからソファが落ちたら通報される…)

今頃、警察に連絡するか迷っているであろうお隣さんを思うと自然とため息がでた。明日菓子折り持って行かないと…なるべく高いやつ。

そんな風に考えているとずるりと藍が座り込んだ。服の上から感じる温度は先ほどより落ち着いている、エネルギーの使い過ぎでショートしたのかもしれない。人間風に言うと、緊張の糸が切れたというやつだ。

「藍、だいじょうっ___」

ぶ。の一言は、背中に回された腕に掻き消された。
驚いている間にもぎゅうぎゅうと硬い胸板に押し付けられる。ちょ、苦しい苦しい!

「あ、藍っ…!?」
「……今日の、17時47分」
「は?」
「男といたでしょ。アレだれ。7分12秒も何を話してたの」
「ちょっ藍、いたい!いたい!」

「ボクを待ってるって言った癖にっ…」

すわ背骨をへし折らんとする藍の腕力に悲鳴を上げながら、頭の片隅で漸く合点が行った。

「なに?それが嫌だから先に帰ったの?子ども!」
「五月蠅いボクは悪くない。ことりが悪い。ボクに気づかないで他の男と話してたことりが悪い」
(なんでだ…)
「バカじゃないの死ねば良いのに」
「そこまで!?」
「ボクがいるのに浮気するなんて信じられないっ__うぐっ」
「ああもーうるさい!」






「…」
「落ち着いた?」

バネが剥き出しになったソファの上、アイスノン塗れになっている藍を見る。すると、尋常に戻った藍が、何時もの淡々とした目で答えた。

「もうずっと落ち着いてるよ。過保護ウザい」
「心配してあげてるのにおのれは」

ぺいぺいと、ひっつきむしを剥す様にアイスノンを放る藍に血管がブチ切れそうだ。それでもなんとか怒りを呑みこんで、アイスノンを回収していると、ぬうと伸びて来た手に腕を取られた。まるで幽鬼のようなそれにびくりと震える。弾かれるように見た先で、氷のような瞳がわたしを見捨ていた。

「ことり」
「___っ、」

「見てるからね、どこででも」

キュインと、ターコイズ色のガラス球の向うで、ナニカが動く音が聞こえた。わたしはこくりと息を飲んだ。

ああもう、____ぜったいに、逃げられない。

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