OTHER(game) | ナノ

カムクライズルの世界論


「本当に、…これしかないの?」

聞こえなくても良い。そう思って呟いた言葉を、出流は確り拾ってくれた。無言で振り向く真っ赤な瞳に私が映る。…なんて情けない顔だろう、本当に…情けない。

「…、ことり」
「ううん、やっぱり良い。言わないで、解ってるんだ。出流が…≪超高校生級の希望≫がいうんだもん。…やっぱり、これしかないんだよね」

追及の瞳が恐くて目を背ける。ああでも、やっぱり出流には平凡な私の考えなんか全部わかっちゃっているんだろうな。

(…“あの子”は、きっと“あの人”が好き)
でもあの子は、自分と言う性に逆らえ切れなかった。いや、自分と言う性を追求したというべきだろうか。だからこんなことをした、こんなことを企てた。あの子らしく、あの子であるがために、あの子はあの子たることをした。

なんて回りくどい。抱いている思いは私と同じなのに、どうして≪凡人≫と≪天才≫はこうも違ってしまうのだろう。

(…まるで、私と、出流みたいだ)

水梨ことりと、神座出流は、どうして出会ってしまったんだろう。
どうして私は平凡で、出流は天才なんだろう。もし違っていたら、少しでも違っていたら、こんな“結末”にならなかったのに。

「…ごめん、なんか………ごめん、」
ぼろぼろと流れてくる涙を止められない。

泣いて良いのは私じゃない。そう解っているのに、涙が止まらない。
静かな出流の赤い瞳が淡々と私を見つめている。…きっとそこに深い思惟はない。だって出流は≪天才≫で、そのために感覚も感情も思考も思想も趣味も全て“邪魔”という理由で取り除かれた。…可哀そうだとは思わない、だって私はそんな神座出流が好きだから。

(本当に薄情だ、私は…)
好きだなんて、私が出流に抱いて良い思いである筈がない。

「ごめん、ごめんね…出流、ごめんね…」
「ことり」

喉が焼けつくように痛い。頭がガンガンする。心臓が、千切れそうなほど痛い。
でもこれは私だけの一方的な思いで、出流にはない。なんて虚しい独り相撲、でもしかたない。私なんかが出流に好かれるわけない、本当に出会うことも好きでいることも許されないんだから。だから私は、わたしは_____

「あー! ほんと、やんなっちゃうなー!」
笑え、

「全く天才の考えることは訳が解らないよ!なに?≪超高校生級の絶望≫って、意味が解らない。大体、絶望くらいみんな抱えているよ。むしろ抱えてない人なんていないし、どうして自分だけ特別みたいに思うなんて自己中すぎない?」
「…、」
「この学校も変だけど、学校に集めらえた奴も大概変ね。出流はその筆頭かな!まったく、突然呼び出して何を言い出すかと思えば良く解らないこと言うし、理論とか、ゲームとか、アルターエゴ?とか、もっと私みたいな馬鹿にも解るように言えって!」
「…ことり、」
「もうほんとバッカみたい!みんなみんなバッカみたい!」
「ことり」

「どうして出流が_____死なないと、いけないの…?」

ああ、言ってしまった。
これは、告げて良い言葉じゃないのに。

でも溢れた言葉が止まらない。零れた先から気持ちが溢れる、激情が止まらない。止まらないとまらないとまらないとまらない…!

「どうしてっ出流なのよ!!出流が死んで、なにかが変わるの!?」
「っ」

汚い言葉とともに出流の胸元を掴んだ。長い綺麗な黒髪が頬に触れた、その向うで赤い瞳が僅かに丸くなる。その瞳に映る私は___やっぱり、とっても情けない。

「出流はっ≪超高校生級の希望≫なんでしょう?だったらあなたが死んでどうするの!希望はなくなっちゃだめなの!いなくなったらそれこそ絶望しかないじゃない!!」
「っ、あざ」
「出流は天才だから先の先まで見えているかもしれない。だから不安でもないし怖くもないかもしれない!でも私はそんなのないの!私は普通なの!馬鹿なの!凡人なの!!出流の考えていることなんてちっともわからないの!!わかることができないの!!」
「薊、落ち着いて___」
「どうしてわからないのよ!!天才なのにどうしてわかってくれないの!!出流が死んで、それで希望が溢れて、絶望が無くなって、皆が幸せになれても、出流が死んだら_____私にはっ絶望しかないのよ!!!」

何時も、淡々として物事を観察しかしない出流の瞳が少しだけ揺れた様に感じた。
ああこの目、私はこの目が好きだ。初めて会った時から、気になって仕方なかった。超有名な学校の制服を着て、男の癖に信じられないくらい髪が長くて、よく見るとその髪も顔も女顔負けの美しさ、でも何時も無表情だから近寄り難い、でも話せば答えてくれる、答えって言ってもまるでこちらの思考を読めているような喋り方をするからちょっとだけ気持ち悪くて怖い、でも無視することはない、何時だって呼べば振り返って、物を知らない私に沢山のことを教えてくれた、その手には触れた事はないけれどきっと冷たいに違いない、そんな妄想ができるくらい、私は貴方を知れた、あなたに近づいた、あなたのことを____愛してしまった、


「好きなの…出流、…」
死なないで、

「どうして…そんなこと、私に教えたのよ…」
隣にいられれば、それでよかったのに、


出流は____もう直ぐ、死ぬ。他殺なのか自殺なのかは知らない、だけど出流はそれを必要なことだからと言った。難しい言葉を並べて語られる“神座出流が絶命する理由とメリット”は、私にとってはどれもゴミ屑以下の価値のないものだ。でも、それでも解ったことは“あの子”と“あの人”が関わっているということ。そして出流は、やっぱりどうしても、死ぬことを、もう選んでいるということ。

私じゃ、どうしようもできないってこと。

(せめて、出流に…好きな子でもいればよかった、)

そうすれば、出流は生きていられた?出流が死ぬことを止めてくれた?
そんな子がいればよかった。そうすれば、私は…私はもう少し、出流の傍に居られた。ああでもきっとそんな子ができたら嫉妬せずにはいられない。できたら良いなんて嘘、本当はできて欲しくなんかない。そんな子作ってほしくなんかない。

(わがままだな…わたし、)
出流に死ぬなという。出流に止めろと言う。
でも、私はなんにもしない。なんにもできない、…役立たず。

死ぬべきは出流じゃない。
私と…私と同じく出流に幸せにしてもらうことしかできない役立たずの方だ。







「ことり、落ち着きましたか?」
「…」

泣き崩れた私の前に、出流がそっと膝をつく。その声はやはり何時もと変らない淡々としたもの、可笑しくて笑ってしまいそうだった。出流はぶれないなぁ。

「ことり、貴方の主張は良く解りました。…いえ、想像していた通り、というべきでしょうか」
「…」
「なので、貴方の主張に対する答えはすでに用意してあります。後は貴方が冷静にそれを聞けるかどうかです、落ち着いて、取り乱さずに、僕の話を聞けますか?」

ということは、出流は私が出流が好きだっていう気持ちを知っているということだ。…ああ、もう本当に情けない。私は何をしてるんだろう、これから何を聞かされるんだろう。振られるのかな、やだなあ…もう今の私こそ≪超高校生級の絶望≫だよ、

力無くこくりと頷けば、出流は一拍置いて続けた。

「結論から言いうと…僕の死は不可避です。これは既に決定事項なので、ことりがなんと言おうと覆ることはありません。」
「…」
「僕の死には確かな有効性があります、必ず…先に繋がります。だから憂う必要はありません、…僕の言葉は信用に足りませんか」

私はゆるく首を振った。

「…そうですか。では、もう一つの結論を」
「…」
「ことり、貴方は僕が死ねば絶望しかないと言いました。ですが、それはありえないことです」
「っ…どうして、そんなこと…」
「解ります。いえ、解っています。だって貴方は、水梨ことりは_________________≪超高校生級の希望≫がツマラナイと思わない、たったひとつの存在だから」




「世界は大よそ僕の想像の範囲を超えず、何時も想定通りのことばかりでツマラナイものでした。無論、貴方もそのひとつです。貴方はとても典型的で、≪才能≫を使わず共、何を考えているか、何をしようとしているのか直ぐに解った」


「でも不思議と、貴方のことをツマラナイと思った事は無い。季節にように移り変わる貴方の鮮やかな感情と表情には趣を感じる。色んなものに興味を持ち何かと絶えず聞いてきては知識を吸収する姿は知的好奇心にあふれ、感銘を受けました。溌溂として明るく、皆に好かれ頼られる姿には共感したし、それに何時も笑顔で精一杯に答えようとする姿は尊敬するに値する。___どれも、僕にはないものだ」


「ことりはキラキラとしていて、透き通った欠片の様だった。このツマラナイ世界にある、たった一つの煌めきのようだ。眩しくて、触ると壊れてしまいそうで、…ツマラナイ世界でもっともツマアナイ僕が、隣にいて良いか何時も解らなかった。でも、ことりがとなりにいると、僕もその煌めきになれたようで、世界が少しだけ違う風に見える。そんな筈はないのに、」


「…つまり、僕が言いたいのは、」


「希望というのは、キラキラしていて、輝いて、皆の道しるべになるようなものだと言われました。僕はそういうものになれと言われた。だから僕は僕の出来る限りの希望になる、___その形は、ことりだ。ことりのように僕はなりたい。ことりみたいな煌めきになりたい。」


「ことりは、僕の≪希望≫です」


「だから、ことりは絶望なんかしない。≪超高校生級の希望≫がみつけた≪希望≫が、絶望なんかするわけがない。だから不安になることは無い、ことりなら平気だ。恐がることも、怯えることもしなくて良い」


「…」

「…」


「ことり、……また、泣いてるんですか?」




ぼろぼろ、ぼろぼろ、
大粒の涙が、ビー玉みたいに零れ落ちて床に大きな水たまりを作る。
そんな私の涙を、出流がそっと掬ってくれた。目元に触れた出流の手は…やっぱり、冷たい。

「…っ酷い希望があったものね……。死ぬくせに、置いて行く人間に“絶望”するななんて言うの…?」
「……僕は、ことりにとって酷なことを言っているのでしょうか」
「っふ…ふふ、それを、本人にきいちゃうの?」

思わず笑ってしまった。すると、出流がきょとんとした顔をする。その後、ため息交じりに言った。

「泣きながら笑うとは…ことりは、器用ですね」
「……煩わしい?」

自傷気味に訊ねる言葉にも、出流は嫌な顔一つせずに頭を振ってこたえてくれた。

「いいえ、…まるで、嵐が過ぎ去ったあとの朝露のようです」
「_______」

きっとこの人は、私よりずっとずっと鮮やかな感性の持ち主なのだろう。
感情も思考も無いなんて嘘。きっと何時も沢山のことを考えて感じている、それがちょっと広大すぎて私たちには理解できないだけ。

美しいガラス細工の様な出流、私が_____大好きな(しんでしまう)ひと。

「ねえ出流」
「なんでしょう」
「……好きよ、あなたが……きっと、ものすごく」

呟くような告白を受けても、出流の表情は変わらない。何時も通りの顔に、思わず眉が八の字を描いてしまう。…困らせてしまっただろうか、

「…ことり、」
「なに?ごめんね、変なこといって」
「いえそうではなく…そうではなく、」

珍しく口籠る出流に私は驚いた。おお、出流が動揺…してるのか?解らないな、表情は変わらないから。口元に手を当てて黙り込む出流。喋り出すのを大人しく待っていると、たっぷり一分ほど置いて漸く出流は続けた。

「……関係、ないかもしれないのですか」
「?」
「ことりが初めてなんですよ。こんな……超高校生級にツマラナイ僕を、好きと言ってくれるのは」

今度は私がきょとんとする番だった。意味が解らず「え?」と聞き返してしまった私に、出流は至って平然とした顔で続ける。

「僕は…生まれて、天才になって暫く…人にそんな風に言われたことは無い」
「え、でも…ほら、出流モテそうっていうか…え、本当なの?」
「はい。今までの会話の内容や対象は全て覚えているので、」
「すげぇな」
「本当に、ことりが初めてです。意味も無いのに僕の隣にいて、僕に訊いて、僕に話して、ボクに笑って……そうして、当たり前のように僕に好きと言ってくれたのは」
「…」
「ことりしか、いないんです」
「…」
「…やはりこれは、関係のない話だったでしょうか」

至って真面目に聞いて来る出流に、私の我慢は限界だった。

「____フッ」
「?」
「フフッ… はは、あはははは!」

目尻に大粒の涙を溜めながらも、突然笑い出した私に出流ははてと小首を傾げた。そんな様子もおかしくて、私はますます大口をあけて笑ってしまう。

「なにそれ!ハハ、へんなのー!」

「……やっと、何時ものことりですね」

笑う私に、出流が呟く。
その顔が何時になく優しく見えたのは、きっと気のせいに違いない。


ああ、神さま。
大嫌いな神さま。私と出流を、こんなに正反対に産んだ癖に出会わせた神さま。

ありがとう。

Jealousy is the injured lover’s hell.



back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -