OTHER JUMP | ナノ

都丹庵士に拾われて金塊争奪戦に参加する


「___さて、話をしようか」

薄暗い廃旅館に土方歳三が腰を据える。その音を聞きながら、都丹庵士は考える。喧嘩の腕は言わずもがな、この人相手には勝てる気がしない。だが同時に、長い監獄生活で彼が義理人情を重んじる漢であることも知っている。

(自分勝手とわかっちゃいるが、)

先ほどの少女の言葉が剥がれない。盗賊の同胞と野山を駆け回り、滾る憎悪を募らせた日々。だがいつも頭の奥でひとつ、瞬いては消えるものがある。盲いた瞳ではもう感じることのない陽の眩しさに似た、ぬくもりを彼は知っている。

「あなたの目的はわかってる、オレにどんな役割を望むかも」
「それは話が早くて助かる、ならば答えを聞こうか」

空気に忘れていた冷たさ戻ってくる。ここで否と言えば、彼は迷いなく刀を抜いて首を落としてくるだろう。そうなればオレは皮を剥がれてはいそれまで。泣いてくれる家族も、添い遂げた女もいやしない。…そう、いなかった、数年前までの自分ならば、この場でなんと答えただろうか。

「すべてが片付いたその時は、オレにもいくらか食い分が欲しい」
「ほう、お前も金塊に興味があったとは」
「事情が変わった、あれから何年経ったと思ってる」

少しだけ驚いたように土方さんが零した。

「もしオレがヘマした時は、その取り分を渡して欲しい子がいる」
「子ができたのか」
「馬鹿いえ、目の見えないジジイを添うようなもの好きな女いるか。…血はつながってねぇ、山ン中で拾った娘だ。器量は悪くないが、オレみたいな半端もんの世話焼いてるせいで未だ独り身さ」

女の結婚は十五歳から許される、遅くても二十までには縁談を纏めるのが通例だ。基本的に女は男と添い遂げ、子をもうけて家事をこなし夫に付き従うことが世の習いとされており。女の身で経済的自立するものは白い目で見られ、老嬢と蔑まれる。

ましてや、養い親が都丹____脱獄囚なら尚の事であった。






目を覚ましたら知らない場所にいた。泣きはらして寒さに凍えるわたしを助けてくれたのは、ガラス玉のような瞳のおじいさんだった。

都丹庵士と名乗った人は、わたしを暖かい囲炉裏の家と服をくれた。彼の話はどれも不思議で、まるで遠い昔話を聞いているようだった。まるでここが、わたしが知る世界ではないみたい。…そんな風に思うのだけれど、どうしてか記憶が曖昧だ。

「どこからきた」
「…」
「名前も思い出せないのか」
「いえ、あの… まち、です」

もやがかかったような頭の中で、はっきりと口にできるのはそれだけだった。

それでも都丹さんは、何も言わなかった。怪しいであろうわたしを問い詰めることはしない、ああ。何度か町や寺に置いて行かれそうになったけど、泣いて嫌がって彼に着いて行った。都丹さんは酷く煩わしそうにしていたし、目の見えない自分の傍にいても良いことはないと口酸っぱくして説いた。

それでもわたしには彼の傍以外は考えられなかった。この世界で初めてわたしを見つけてくれた人、どんな形でも良いから傍にいたかった。

そうしてはじまった少し変わった生活、都丹さんのことを「お父さん」と呼ぶようになるのに時間はかからなかった。寂しさからだろうか、都丹さんの傍にいる理由が何でもいいから欲しかっただけかもしれない。都丹さんは酷く嫌そうな顔をしたが、決して止めろとはいわなかった。…家族も妻子もいないと聞いている、もしかしたら彼も寂しいのかもしれない。

わたしたちは寂しいもの同士で、家族になることを選んだのだ。
慰み合いだと思われてもかまわない、わたしは彼の娘になれてとても嬉しかったのだから。



「まち、荷物を纏めろ」
「おかえりなさい、父さん。 …突然ですね、いますぐですか」

返って来た父に返せば、今すぐだと急かされる。慌てて家中を駆け回ったが、そもそも貧乏父娘二人暮らし。まとめるような荷物は多くないが、はたと自分が着物を着ていることに気づいた。山道を行くのならズボンの方が良いだろう、どうすべきか父に訊ねようと居間に戻ればそこには知らない顔ぶれがそろっていた。

「…」
「___これは、」

どちら様だろうか。礼儀知らずを承知で、するすると近くにいた父の背に寄れば。それを見た年老いた男が、少しだけ笑った。

「牛山を連れて来ないで正解だったな」
「ええ、天狗の娘というからどんな妖化生の化け烏がと思えば。トニよ、お前娘のことは本当に見えておらんのか」
「なんだ藪から棒に」
「お前が拾った娘は天女の類だ」

男の言葉に、父さんは「はあ?」といぶかしむような声を上げる。随分過分な評価をされている気がして、言葉を挟もうとすれば「お嬢さん」と先に声を掛けられる。

「何か父君に用があったのでは」
「…あ、」

大きな声は恥ずかしいので、父に耳打ちして訊ねればズボンのほうが良いだろうと。着替えてきますと言葉を残して、ささと奥の部屋に移動する。

(だれだろう、あの人たち)

腰に刀を差していた、軍人というには歳を召し過ぎているように思う。父の友人だろうか、会ったことはないけれど同じ志を持った友人がいると聞いたことがある。

山仕事をするときの衣装に着替え、髪は束ね括ってしまう。大きめの頭巾で頭を覆えば遠目には男にも見えよう、迷った末に父がくれた着物は一着だけ荷物に詰めて仕度は終えた。

本当に必要なものは持ちだしたのかと再三尋ねられ、頷けば。父は家屋に火を放った、思い出の詰まった家が焼けていく様は寂しくて無意識のうちに父の手を強く握り締めていた。

「土方歳三、隣は永倉新八と言う」
「まちと申します」
「父君とは古い友人のようなものだ、女足には難しい旅路となると思うがよろしく頼む」

「…よろしくお願い致します」

____この後すぐに父の傍を離されることを知らなければ、そんなことを言わなかった。聞き分けの良いふり等するのではなかったと、鼻息荒いドレスの女性に服をひん剥かれながら老人たちを呪った。

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