OTHER JUMP | ナノ

壊れたイルミ・ゾクディックに殺される


ぴんぽーん

(む)

深夜のインターホン。まるでそれは、何時か見た海外ドラマのワンシーン。
無意識のうちに展開した円が、ゆらりと揺らめく陽炎のようなオーラを感知した。それは良くも悪くも予想外のそれで、わたしは思わず読んでいた本から指栞を抜いてしまった。

「___イルミ、どうしたの?」

浮くような足取りで玄関へ向かう。扉をあけて名前を呼べば、漸く陽炎が人の形に戻る。黒い髪と闇色の瞳、イルミ。わたしの古い知人がまるで______幽霊のように立ち尽くしていた。

(…念、じゃない。操られてない、幻覚でも、偽物でもない。たぶん)

いつも人形みたいだけど、今日はいつも以上に酷い。
存在が虚で、空虚で、ほんとうに何もなくなってしまったみたいだ。ぞくりと背が震える。知っている人がいるはずなのに、まるで良く似た違うナニカを前にしているようだ。

「…まち、」
「ぁ…イル、イルミ? どうしたの、こんな遅くに」

漸く聞こえた声にほっとした。よかった、生きてる。まだわたしが知っている“イルミ”だ。安堵から手を伸ばした。いや、違う。わたしは焦っていたのだ。焦って、どこか知らないところに行ってしまいそうな彼を引き戻そうとしたのだ。だけどそれは間違いだと、次の瞬間気づいた。





「どうして、」

気づいた時には、差し出した手は背の後ろへと跳ね返っていた。
イルミが叩いたのではない、自分で引き戻したのだ。どうして、ああ。

「どうして…避けるの、まち」
「っ___!」

イルミが、わたしに“針”を刺そうとしたからだ。

黒い前髪から大きな目が覗く。まるで底なし沼の地獄亀、食いつかれた一瞬で“あの世”に連れていかれる!ぞくぞくと全身が粟立った。やばい、にげろにげろ。頭の中が赤いランプでいっぱいになった。恐い、ナイフはどこだ。恐い、ああリビングだ。恐い、念を使うしかない。恐い、どうして。恐い、イルミに勝てるの。恐い_____死にたくない。

「_____、」

崖の縁のやり取りは、唐突に幕を開ける。
イルミの手に握られていた鋲が、勢いよく放たれた。とっさに飛びのき射線からズレるが、それすらも読んでいたらしい。ぴりっと頬が破れる感覚に、全身の血が沸騰する。

(ヤバイ、本気だ。紫の鋲、アレは本気でヤバイ!!)

壁に刺さった紫の鋲を確認した瞬間、後ろに濃厚な死の気配を感じた。振り向いても遅い。覆いかぶさるように襲ってくる闇に、死に、声のない悲鳴をあげそうになった。

(クソッ)

頭の奥の奥の方が、びりびりと振動する。
弾かれる念を発動させる。わたしの具現化系の念『永久の抱擁(インフィニティ・ラブ)』がイルミの両手を絡めとる。具現化した赤いリボンが、強固な鎖の如くイルミの身体を刹那の間に絡め取る。その脅威に自分の命が落ちていないことを、ひとつの吐息で確認するのも束の間だった。ぎちりと醜く変形したイルミの手が開く。白目のない瞳がわたしをぎょろりと見つめ、『永久の抱擁』で一ミリも動けないはずの首をごきごきと鳴らしながら傾げた。

「解いてよ、…ひどいなあ」
「っ! い、るみ___アンタっ」
「早く解いて、オレ怒ってないからさ。…ねえ、まち」

ぎちぎちと骨と筋肉が壊れる音がする。そうして自分の血で真っ赤にそまって伸びてくる手、それはわたしに抱擁なんて求めちゃいない。求めているのは、わたしの心臓だ。

「イル、み…ほんと、どうして、わたしを殺す気…?」
「ころ、す?」

解かれそうになる念に、必死に力を込める。恐い、こわいこわい。だが折れるな、負けるな。心が折れたら、完全にもっていかれる!

冷汗と興奮から、身体はもう可笑しくなり始めている。荒くなる息を必死に抑えて、からからになった口内をこくんと唾で潤わせる。なんとか一握りの正気を取り戻して、わたしはきっとイルミを睨んだ。

「殺す気かってきいてるの!!」
「ハハハ、おかしなことを言うなあ。まち、」
「なにが可笑しいのよ!!」

からからと壊れた様に笑う姿に、わたしがしっている彼の面影はない。
それどうにも悔しくて怒鳴ると、彼は無表情に戻る。そうしてこてんと首を回して言うのだ。

「だって、…オレは殺し屋だよ?」
「___」

「ゾルディック家の長男、心のない闇人形、_____殺さないわけ、ないよね?」

殺せない訳がない。
たとえ……わたしが、相手でも。

答えは、これ以上にないほどに明確だった。

瞬間。わたしは走った。リビングへ、獲物がある場所に一目散に走った。その時、わたしの何かが折れてしまったのだろう。後ろで、念ごと壁が壊される音が聞こえた。すぐさま追ってくる音のない足音に、わたしは最早なにを相手に取っているかわからなくなった。

恐い

恐い


恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い…恐い




「は、はっ___ヒュ」
「____、」

わたしの心を折ったのは、イルミへの恐怖だった。そして腕を追ったのは、イルミの冷たい腕だった。

「……まち、…まだ、生きてるよね」
「はっ、ぁっ」
「あーよかった。腕を折ったくらいで死なれたら、計画が台無しだよ」

床に俯せるわたしに跨ったイルミが、淡々と言う。痛い。痛みと混乱で涙がどばどば出る。体中の塩分がもっていかれそうだ。過呼吸を引き起こしそうな喉を必死にコントロールしながら、焦点の合わない目をうろつかせているとふいに頭を持ち上げられた。

「っ、い___」
「あ、生きてる」
「ッツアー!!!」

自慢の髪を掴み持ち上げられただけではなく、骨折した腕を掴んで思い切り関節を外された。その痛み足るや、もはや語るまい。いや、語れない。言葉に表せるほどに、生易しいものじゃない。

「ハッ」
「…まだ、そんな生意気な目ができるんだ」

ちげぇよ。涙と痛みで笑顔になれねぇだけだよ。

(一人で勘違いしてよがってんじゃねぇよ、)
「ねえ、死ぬの?」
(お前が殺そうとしてんだろ)

ああ、もういい加減にしてくれ。
まるでライオンに狩られた草食動物だ。もう虫の息なのに、鋭い爪と牙で遊ばれて、弄ばれて。終わらない苦痛に、やがて死を享受する。

「___ねぇ よ」
「ん、なに?」

だけど、ムカつく。

「悲劇のヒロインぶってんじゃねーぞ、バカいるみ」
「____」

「つーかさ、ひゅ…は、ま、マジ辛いから…殺すもっ、針刺すも、ひぅ、早くして…ごぼ」

あ、ついに血反吐でた。

そういえば、腕折られる前に思い切り腹蹴られたんだった。やばい、肋骨折れて肺までやちゃってるかも。あ、こりゃあ助からねぇわ。

そんなことを思っていると、顎を掴み上げていたイルミの手がぎちりと肌に食い込んだ。あ、怒っている。オーラが増したもん。死にそうだけど、それは解る。

「…悲劇のヒロイン?それはまちの方でしょ、ほら。いま正に殺されそうだし。…一応、女の子だしね」
「かはっ」
「まちに解るわけない。解るわけない解るわけない、こんな弱いくせに。少し一緒にいたからって知った風にオレを語らないでよ。吐き気がするなあ気持ち悪いなあ。やっぱりオレ、こういうの性に合わなかったんだよ。うん、そうにちがいない。全部おまえの所為だよ。お前のせいで、お前の、まちと、一緒に、______だから、オレは、失敗作になっちゃったんだ」

まちの所為だよ。
と、イルミは言った。くりかえしくりかえし、自分に言い聞かせるように。

「だから、オレ…捨てられたんだ」

零れ落ちる様に吐き出されたその言葉は、イルミの心そのものだったのだろう。その事に何故かわたしは安堵した。次の瞬間、ごきんと命の折れる音がした。


 

back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -