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「うぐっ えぐっ わだ わだじなにもじでないのにっ なにもぢでないのに˝ぃ…!」
「いい加減泣き止め! 鬱陶しい!!!」
「うえええええええーーーんっ」

ところ変って荒廃した都。紅炎は謎のコスプレのまま黒い大剣を揮って、見たことのない異形の化物相手に戦闘を繰り広げている。もう空飛ぶし炎出すしで、控えめにいっても凄いし人間じゃない。いつからわたしの婚約者は人間止めたんでしょうか。

泣いていると、体に巻き付いた白い竜がギャアギャア鳴いて、慰める様に擦り寄ってくれる。かわいい。ぎゅうと抱きしめるとじんわりと温かい…これが、魔神アシュタロスの力。

紅炎はいつも深い赤の髪と瞳だが、今は橙色の長髪に翡翠の瞳となっている。衣装も漢服ではなく、上半身裸で経典に描かれた戦神のような不思議な衣装に変わっていた。惜しみなくさらけ出された肉体は人のそれではなく、硬い赤石と似た輝きの鱗に包まれている。極めつけは額に第三の目を開いていると来た。これは本格的に人間脱している。

おそらくあれが、紅明が絶賛特訓中の『魔装』というものなのだろう。金属器に宿る異能の力を引きだし、その身に纏い強固な鎧と武具と成すという業。今の彼は、攻略した魔神そのものと化している。

怒髪天を衝く紅炎の脇に抱えられて、穏やかでいてどこか不気味な森から抜け出すと荒廃した古都のような場所に出た。そこには強大な鴉に良く似た化物がひしめき合っており、紅炎は舌打ちと共にわたしをポイ捨てして戦闘開始とあいなった。

絶賛戦闘力ゼロのお荷物のわたしは、大人しくおすわりして紅炎が迎えに来てくれるのを待った。途中、良く解らないヘドロのようなものに襲われそうになったが、白い竜がぎしゃあ!ふしゃ!って炎吐いたり噛み付いたりして助けてくれた。…ほんと好き˝ぃ!一応でも許嫁のわたしをおいて空に飛んでっちゃう紅炎よりずっと好き˝ぃ!

「…あらかた、片付いたな」

暫くして紅炎が戻って来た。空から降り立った彼に近寄ると、紅炎はふうとため息をついて緊張を解いた。すると不思議な光が紅炎の身体から解けて、魔装が消え去り良く知る紅炎の姿に戻っていく。その光と一緒に、わたしに巻き付いていた白い竜も消えてしまった。

(…紅炎だ)

気づいたら、きゅうと紅炎の外套を掴んでいた。紅炎が迷惑そうな顔をしたが無視だ、なぜだろう…紅炎が、本当に紅炎だった。そのことになんとというか、…妙に安心してしまったのだ。

気づいたら深く息を吐き出していた、身体が思いだしたようにかたかた震える。なんと情けないことだろう。そうしてしばらく俯いていると、わたしの背にそっと紅炎の手が触れた。

「落ち着け」
「…」
「息の仕方を忘れるな、俺に合わせろ」

顔を上げるとするりと紅炎の手が頬を撫でた。厚い親指が唇を撫でて、張り付いた髪を払ってくる。触れ合った場所から、とくとくと彼の心臓の音が聞こえた。

沈黙する赤い瞳をよすがに、ふうと息を吐き出す。紅炎の手を握って、その音に自分の心臓の音を合わせると、自然と呼吸が整った。気づけば震えも止まったわたしを見て、紅炎が「それでいい」と言う。

「紅炎、ここは…」
「迷宮の中だ、ここは複数の空間で構成されている。その内のひとつに『ジンの宝物庫』と呼ばれる場所がある、そこまでいけば迷宮は攻略したとみなされ塔の外に出られる構造だ」
「なるほど、じゃあそこを目指せばいいのね。わかった、紅炎の邪魔はしないわ」

よしと拳を握る。それ位ならきっとできるぞ!

「青秀たちが聖門を通れたかわからないが… 外にいるにしても、紅明たちを呼びよせるだろう。それを待つのも手だな」
「紅明くんたちが来てくれるなら安心だけど、ここにはさっきのこわい生き物みたいなものが沢山いるのでしょう? 戦でもないのに兵士を危険な場所に寄越すのは良くないわ」
「…」
「今回はわたしの我儘がそもそもの発端だし… ねえ紅炎、もしあなたの力で事足りるなら彼らが辿り着く前に攻略できない?」

紅炎は静かに思案の色を深めた。煌帝国の兵士はみな愛国心が強く、今代の紅徳の血筋にとても良く仕えてくれている。紅炎のために命を燃やすのならそれでもいい、それはきっと彼らの矜持に叶うものだから。でも今回の事は話しが別だ、これは“わたしの”我儘の結果なのだ。

「…今回のことは、わたしの責任です。もしこのことであなたが不利な立場になるのなら、その時は いひゃいっ!!」
「少し黙れ」

黙って欲しいなら頭を叩かなくてもいいと思うのですが!?
思いきり叩かれてじんじん痛む頭を抑えながらぐずっと鼻をすすっていると、沈黙を守っていた紅炎がぼそりという。

「今更、しょうもないことをぐだぐだと」
「…え、ぇ?」
「認識を改めろ。 いつからこれが貴様の責任なった、これは“俺の責任”でもある」
「!」

「悲壮感に浸って善がるな。 貴様の前に立つ男が誰なのか、見誤ることだけは許さん」

言うだけいって「行くぞ」と踵を返してしまう。その背中がどうしようもなく遠くて、大きくて…わたしは眩暈がしそうだ。勘違いしてしまいそうな心を必死に諌め、置いて行かれないように足を動かした。


紅炎、紅炎 …こうえん、さま


小さい頃を思い出す。こうやって前を行く紅炎の後ろを、必死になって着いて行った頃。歩幅が違い過ぎて全然追いつけなくて何時も最後は泣きながら追いかけた。紅炎は何時も迷惑そうな顔をしていたけれど…何時も最後は待ってくれた。わたしが自分の足で追いつくのを、ただぶすっとした顔で待ってくれた。一度も、置いて行かれたことなんてない。

(____泣き虫は、卒業しないと)

そうあの日、誓ったのだ。
他でもないわたし自身に、わたし自身の神に。

(…わたしが、守るんだ)

それはきっと、わたしにしかできないことだから。





「ドキドキ☆ダンジョンクイズ〜〜!!」

…、なんか始まってしまった。

少し前、ダンジョンの中を再び、魔神アシュタロスの力を纏った紅炎が駆け巡った。それはもう恐ろしい生き物たちが跋扈する迷宮内は、まさに蟲毒の底。その生き物たちは、迷宮内の魔力によって生み出されたもので迷宮生物と呼称されるらしい。

「ッチ 迷宮は入り込んだ迷宮攻略者によって強さが変わる」
「そそそ それはつまり、あの、 金属器を持つ紅炎が入ったことで、」
「迷宮生物が強化された」
「なんで入って来たのぉ  ああぁぁあぁあぁああ !?」
「お前が勝手に吸い込まれたからだろう、この愚図がっ!!!」

邪魔だ!!!と天空に放り投げられ、その間に紅炎が迷宮生物をなぎ倒す。そうして地面にぶつかるスレスレで回収され…の、繰り返し。わたしの精神はもう限界だ、お荷物なので文句などいえないことは解っている。だが、お荷物にも耐久限界というものがあるのです、よ…あ、おそらきれい…。

そうして空間を行き来していた最中、突然闇に包まれた。紅炎がとっさに抱きしめてくれたが、その闇は瞬く間にわたしたちを呑み込んで…、気付いたら椅子に座らせられていて、出店のような小さな四角のなかに閉じ込めれていた。周囲が腰ほどある板で囲まれているので出ることができない。動揺している内に、突然パンッという大きな音と色とりどりの紙吹雪が視界を覆い尽くした。

「いっらしゃいませ、迷宮攻略者の皆さま! 我が迷宮へようこうそ〜〜〜!」

しゃがれた声で両翼を広げる鴉、いや、鴉というには聊か大きすぎる。人の形をした鴉、というのが正しいだろうか。長い筒のような特徴的な帽子をかぶった彼、いや、彼女だろうか、その迷宮生物は黄色い嘴を大きく開けて言う。

「これより、貴方様たちに迷宮のジンの『王』足る資格があるか試験を課させていただきます。いくつかの質問を通して、あなた様たちの王の資質を我々に見せてください、レッツ!ドキドキ☆ダンジョンクイズ〜〜!!」
「死ね!!!!」

ああ、紅炎の短気が爆発しておられる…。
数メートル離れた場所に同じように囚われている紅炎が、机に脚をかけて身を乗り出している。そうして黒い大剣を振りかざすも、それは不可思議な力に弾かれてしまった。

「ッツ、___!」
「どうかお静かに、この迷宮ではわたしがルール。質問に答えていただくまで、あなた方はその囲いから外に出ることはできません」

それはまるで魔法だった。そっと机の外に出ようと腕を伸ばすと、指先に何かが触れる。固い材質の触感、冷たいナニかがまるで石壁のようにわたしを囲っていた。抜け道はないか探そうと思ったが、「触れるな馬鹿が!!!」と紅炎の鋭い叱責が飛んでくる。

「で、ですが、 」
「お前は黙ってそこにいろ!」

___その顔は、ひどく恐ろしかった。
金色の瞳が、わたしには何も期待していないと言っている。自分の力だけで何とかしようとしている、その様子にズクンと胸が痛んだ。

(あ、痛い な、)

なにもできないのは知っている、力がないことは痛いほどに。でもこうして、改めて彼からそれを突きつけられると酷く胸が痛む。

(ああ でも弱気になっては、ダメ)

何もできないなんて、最初から分かっていたこと。期待されていないのだって、今更だ。感傷に浸ったところで、成せることなんてない。ならば気持ちだけは確り持たなければ。そうせめて紅炎の、足手まといにならないように。

「わたし頑張ります!!」
「だから何もするなと言っているだろうが!」
「なにもしないを頑張りますーー!!」

叫んだわたしたちをみて、鴉人はクスクス笑う。

「ではルールを説明しましょう。あなたがたはこれから3つの質問に答えていただく、これは正解の数で競うものはありません。あなた方の適性を確認するだけのもの、どうか間違うことを恐れず思うがまま答えてくださいませ」
「危険性がないことの証明にはならん」
「あなた方が望みでもしない限り、我々は自らの意志であなた方を傷つけることはございません」
「…」

「では、質問を始めましょう。必ず、お二人とも答えていただきますよう」

第一問、世界に満ちたルフに命令式をえがくことで実現可能となる異能の力。それをこの世界では魔法と呼ぶが、その魔法がもつ属性…とりわけ魔法使いが生まれながらにもつルフの性質によって8つに分類される属性を全て答えよ。

「炎!水!光!雷!風!音!力!命!!!」
「え、えっと 火と水と風と、く、草…?」

「練紅炎、正解! 楠鮮花、不正解!」

…ああ、数メートル向こうから凄い鋭い視線が。鬼のような形相の紅炎が、わたしのことを睨みつけている…こ、こわい…ごめんなさい…頭悪くてごめんなさい…。

「では気を取り直して、第二問! 次は計算を含みますので、回答はお手元のフリップに記載ください」

1万キロ先に遠隔透視魔法で伝令を飛ばしたい場合、必要となる消費魔力量および魔導士の数は。また、計算における魔導士の力量は同一とし、消費魔力量は毎分1,000phlとする。

「なにそれ!?」
「ッチ」 ドンッ

「練紅炎、正解!!」

回答まで5秒とかかっていない、だと…!
問題の意味さえわかっていないわたしは、変わった形の筆を手にぶるぶる震えるしかなかった。え、紅炎 あ、あたまいい…。その間に回答時間を過ぎて「楠鮮花、回答なしで不正解!」と鴉人が言う。う、うぐ…なんて情けない、泣き潰れてしまいたい…。

「ふむ、さすが金属器をすでに2つ保持されている器だけはありますね。…では、次が最後の質問となります。泣いても笑ってもこれが最後、」

せめて最後の問題だけでも正解を。込み上げる悔しさを呑み込んで、わたしは鴉人の嘴を見守った。

「第三問、_____





この空間から抜け出すことができる攻略者はどちらか一人のみとなります。どちらかは、相手のために迷宮が作り出した奈落の底に沈まなければならないとした時、あなたはどちらを選びますか」





鴉人が、わたしを見る。
答えを促すように、まるで最初からわたしだけに質問している様に。

紅炎の声がした、遠くで何か叫んでいるような。良く聞こえない、えっと。どういう質問だっけ、あそうだ。どちらかは死なないといけないんだ、そうしないと迷宮から出られないんだって。

(困ったな、)

紅炎は煌帝国にとって、大事な人。この国にとってなくてはならない、誰よりも正しく強い最強の将軍。

でも本当は、彼だっていつも恐いと怯えていることを知っている。大事な人たちが死ぬのが怖いんだよね、もう二度と恐ろしい闇に呑み込まれないようにと頑張っている。あの大火の後、小さく丸まって泣いていた紅炎は気づけばもういなくなっていた。

解っていたけれど、戦に赴くあなたの背中を見送る時は何時だってこわい。簡単に死んでしまう人ではないと分かっていても、いつも心の中で泣いている。だって昨日は大丈夫でも、もしかしたら明日はあなたが死んでしまうかもしれない。そんな恐ろしい夢を視て、あなたが帰って来ないかもしれない明日に怯えてばかりいる。

「わたしが、」

わたしは、たったそれだけしか用を為さないハリボテの許嫁。
あなたの帰りを待つだけの無力なわたしなんて死んでも誰も困らない。きっとわたしが死んだら、わたしよりずっと優れた女性が皇太子妃になる。

(あのひとみたいな、___)
___優しく聡明で、いつだって紅炎の意図を察する賢い女性

だからわたしが死んでも、___大丈夫だよね。



「答えるな、鮮花っ!!」
「_____守ってあげる」


わたしは、わたしにしか守れない時の為に…ずっとあなたの傍にいたのだから。

「わたしが、奈落に沈みます」

____『あなた方が望みでもしない限り、我々は自らの意志であなた方を傷つけることはございません』…鴉人の言葉を思い出す。だからきっと、この答え方が正解だ。

眼前に迫っていた鴉人が黄色い嘴を開く。しゃがれた声が「せ゛いか゛いィ」と震えた、彼の黒い翼がわたしを囲いごと呑み込もうとしている。光が閉ざされ、足元が泥沼へと代わりずぷりと埋まる。夜に喰われる寸前、闇色の翼の向こうに紅炎が見えた。

すごく怒った顔をしている、それにすこしだけ悲しそうな。そっか、ずっと一緒にいたもんね。役に立たないばかりのわたしだったけど、すこしばかりは思ってくれていたのかな。

「大丈夫だよ、紅炎」

きっと、大丈夫だから。
ばつんと世界が闇に閉ざされる、思っていたよりも死は恐ろしいものではなかった。

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