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ドSで鬼畜な鬼灯が、こんなパワハラするはずがない!


鬼にとって、角は神聖な部分だ。地獄の住人が神聖っておかしいな、えっとじゃあ悪魔な部分?あれ、なんか思っていたニュアンスと違う…。とにかく、大事なところで、滅多に他人には触らせない。親子や兄弟あるいは、生涯を伴にすると誓った伴侶くらいだ。なので、これは実におかしい!

「…」
「っ…ぅ、…〜〜っ」

すりすりすりすり。例えるならそんな音、額に二本生えた小さな角を皮膚の厚い親指がいったりきたり。まるでスクラッチの宝くじコインで削る様に真剣な顔で、鬼灯さまがわたしの角を擦り始めてどれくらい経ったのだろう。

わたしの角は普通の人のそれより小さい。鬼神にとって、角の大きさはその鬼の強さと比例する。角の大きさが女子一般平均より小さなわたしは、つまり鬼の中でも弱小の部類なのだ。そんなわたしが、あの鬼神の中のエリートの中のエリート。閻魔大王第一補佐官である鬼灯さまに逆らえるはずがない…!

(い、いっそ気が可笑しくなった感じで思い切り振り払って見ようか…)

ぐるぐると回る思考の中で思う。つ、角にだって一応感覚があるのだ!それをこうも不躾に我がもの顔で触りまくられるのは如何ともしがたい…いや、ありえない。婦女子の鬼神であるわたしにとって、それは人間の女が付き合ってない人間の男に胸を揉まれるのと同じだ。つまりセクハラ、これは紛れもない…!

「ぱ、パワーハラスメントですよっ鬼灯さまっ」
「ずっと黙っていると思えば第一声がそれですか。なにも泣くことないでしょう」
「ら、らってつのへんなかんじなんれすっ…!」

うーっと涙の溜まった顔を顰める。それでも泣くまいと歯を食いしばるわたしは大層可愛くない事だろう。そんなわたしに鬼灯さまはひとつ溜息をつくと、角から手を外した。訪れた解放感にほっと顔をあげるのも束の間、ぐいと角の間に落ちた前髪を掻き上げる手にびくりと肩を震わせる。

「ほ、ほおずきさまっ」
「ふむ…」

上方から落ちて来た美しい顔に息ができなくなる。
じっと見つめてくる紅緋色の瞳に、わたしの身体は完全にぴしりと止まってしまった。だらだらと冷や汗を掻きながら沈黙するわたしを、尚も鬼灯さまの無言の視線が襲う。

(こ、こわいよぉお…!)
「やはり…小さいですね、」
「へ?」

ぱちくりと瞬きをするわたしから、すうと抑え込んで来た威圧が消える。

「角です。貴女、下手すればうちのチップとデールより小さいですよ、それ」
「え、だれ…」

初めて聞く名に思わず地声が出た。何それ、何時の間に地獄にそんなファンシーなキャラクターが…?

「それでよく獄卒になれましたね」
「わ、わたしは事務官…の、給仕役で受けましたので。それなりに料理とかできれば、いいので」
「にしても、審査基準甘すぎませんか。一体誰が担当官ですか。この地獄の獄卒なるもの、最低限の鬼神としての器量は例えどのような役柄でも弁えてもらわなければ困ります」
「す、すみません」

しゅんと謝って気づく。あれ、なんでこんなことになってるんだ。

「はあ…いっそ、在中の獄卒を再試験してふるいにかけましょうか。審査基準をあげるよりか、そちらのほうがよっぽど効果的でしょう。新人教育にもなりますし、」
「え」
「え…って、なんですか鮮花さん。そうなると、なにか不都合でも?」
「い、いいえ!」

ぎろりと見下げて来た鬼の目に、わたしは思わず否定の言葉を叫んでしまった。
うそだ。内心は『そのとおりです!』の一言だ。もしそんなことされたら、わたしは絶対落ちる。不合格になる。ニートだけはいやー!

(で、でも…鬼灯さまは閻魔大王の信頼のお厚いかた。この方が決定されたなら、もうどうにも…)

ぎゅうと前掛けを握り締める。ああもう泣くな。泣いちゃだめだ。

「…鮮花さん」
「…っは、はい」
「そのように悲愴感たっぷりの顔をされると、私…」
(! ま、まさか取り下げをっ…!)

「ふるいかけといわず全獄卒を脱落させるような隙のない試験内容を組みたくてうずずします」
「っど!っどSだ!」

とんでも発言に思わず叫んでしまう。はっと口を手で覆った時には遅く、鬼灯さまが相変わらずの無表情でじっとわたしを見つめていた。

「ドS。ですか、」
(うわああああわたしおわったああああ)
「Sは御嫌いですか、鮮花さん」
「はえ?」

意味が解らずきょとんとしてしまうと、それを許さないといわんばかりに鬼灯さまの眼力が強まった。びくりと跳ね上がる体を抑えて、わたしは震える唇を適当に動かした。

「い、いえっ!と、とってもステキだと思います…!」
「…本当に?」
「もももももちろん!みんなゆってますよ、鬼灯さまはいっつもクールでやることなんでも容赦ない鬼畜のドドSだけど、そこがいいんだって!」
「混乱に任せてとんでもないこと言いますね、あなた」
「ええとそれから、それからえっと、ほ、鬼灯さまになら、」

本当に、このときのわたしは混乱していていたんだとおもう。

「鬼灯さまにならっ調教されたいーってみんなゆってます!!!」

例えるなら、富士山の噴火のようだった。どーんっと拳を握って言い切ったわたしを、鬼灯さまは少しだけ目を丸くして見つめていらしゃった。………やく、五秒。

(ああああああああああああわたしはなにをおおおおおお)

きっと、鬼灯さまがいなければ床に崩れていたとおもう。
かああーっと赤くなる顔と、羞恥に燃える体をぶるぶるふるわせながら「え」「そ、こ、これは」「その」と一生懸命言い訳を考えるが思いつかない。あ、駄目だ。おわった。オワタわたし。

「…ほう、それは…良いことを、聞きました」

ゆるりと空気が変わる。どずんと上から圧がかかったように体が重くなる。あ、え、なにこれ。

「実はわたし、先ほどできそこないの上司の後始末のために桃源郷へ行ってきたんですよ。そこで胸糞わるい奴と顔を合わせなければならなくて、もうほんとうに苛々していたんです」
(魔界絶景百選に選ばれる名所にいったのになぜ…!?)
「そしたら貴女がいて、ああもうこれは素晴らしい偶然だと思いました。このまま御前に報告でもしにいったら、私溜りに溜まったストレスであのビール腹を水風船のようにぶちまけてしまっていたかもしれません」
(にげて、閻魔さまちょうにげて…!!)

「最初はその愛らしい角でも愛玩させていただいで、直ぐにでも解放して差し上げようと思いましたが…気が変わりました」

にいと音が聞こえそうなほど笑みを深めた鬼灯さまが、がしっとわたしの両肩を掴んだ。え、っと思った時には遅く。わたしの体は有無を言わず引き寄せられた。そうして易々と持ち上げられ、鬼灯さまの眼前へと引き上げ荒れる。

「ひっ!」
「おやおや、良い顔をなさる」

まるで捕食者のそれだった。鬼灯さまの鋭い立派な角がわたしの額に添えられる。真っ黒な髪から覗く瞳の瞳孔が獣のように細まり、じっと逃がさないと言うようにわたしを見据える。逃げようとしても、足が宙を泳いでどうしようもできない。

「“みんな”、そう思っていらっしゃるのでしょう」
「ぇ、あ…」
「私になら調教されたいと。もちろんそれは、鮮花さんも。ですよね?」

あ、やばい。
さあと血の気を下すわたしを、鬼灯さまは大層愉しそうな笑みで見ていらっしゃった。

「お望み通り、手酷く、トラウマになるように、じっくり甚振って躾けてさしあげましょう」
「い、ぁ、」
「大丈夫、すぐに好くなります。病み付きになってしまうかもしれませんね」
「ひっ」

かりと、角を噛まれた。もう驚きやら恥ずかしさやら恐怖やらで錯乱しているわたしに、それでも鬼灯さまは追撃の手を緩めずに言う。

「それと、就職に関してはご心配なく。首にされても、私が鮮花さんにぴったりの就職先を紹介してさしあげます」
「ぁ、な、舐めちゃ…だめっ」
「過重労働はいっさいありません。衣食住完備に、各所に顔の利くよい仕事ですよ」
「ぁう…」

ねっとりと角を舐め上げらえる感触に震えるわたしに、鬼灯さまは「それと」とくすりと笑った。

「永久就職なので、ご安心を」

月のような唇から零れる鋭い牙に、わたしは気づく。わたしはすでに、とんでもない悪徳業者に掴まってしまったのだと。

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