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槙島聖護はさびしい


例えば、事象Aがあったとする。
これは誰かによって規定される運命にある。あるところに個人Aがいた。彼は事象Aを規定する役割を持ち、規定するためのスイッチを持っていた。ここで二つの選択肢が生まれる。1つは、個人Aがスイッチを押した未来。もう1つは、個人Aがこれを放棄する未来。全く異なるこの二つの未来だが、実はまるっきり同じことなのだ。

なぜなら、事象Aに規定される運命がある限り、規定する個人はAでも、BでもCでもDでもEでもFでもGでも誰だってかまわないのだから。

定められた運命に代打は効かない、
だけど『個人』は幾らだって代打が効く。それがこの世界の真実、それがこの世界の仕様のない『綻び』だ。





「…もうちょっと日本語で喋ってくれない?意味が解んないんだけど」
「…鮮花は本当に馬鹿だね、君の代わりは誰にだってできそうだね」

そう皮肉を言って笑う槙島聖護に、鮮花は苦虫を噛み潰す様に顔を歪めた。
そうして持っていたココアを一口含むと、彼の座っているソファの背に腕を預ける。

「そりゃ悪かったですね。天才のショーゴには敵いませんよ」
「でも僕だって代打は効く。シビュラシステムにかかればいくらだって僕の代わりは現れるし造られる、それが今の社会だ」
(…)

鮮花は聖護の言葉に多くを返さなかった。
ちびりとココアを飲み進める鮮花に、聖護は満足とも不満足ともいえない顔で笑った。それが答えだった。

「なら……代えの効かない個人になってみる?」
「は?」
「あるいは、シビュラシステムでも代打が討てない様な王手を作って見ようか」
「君が?」

鼻で笑う聖護に、鮮花は持っていたココアをそっと近づけた。
聖護の薄い唇がそれを捉え、僅かにココアを嚥下する様に微笑みずいと体を近づけるとキスをした。

「ううん。ショーゴと、私で____『個人』になろう」
「…まるで模範解答だ。それでどうやって世界が変わる」
「少なくとも、君が抱えている仕様も無い孤独は変わるよ」

眉を寄せる彼の胸をとんと指で尽き、鮮花はソファから体を上げた。くるりと回りこんで聖護の隣に深く腰掛けるまで、聖護は何も語らずただ黙って鮮花を見ていた。

「どう?提案は呑みこんでいただける?なんなら一緒に世界を相手取っても良いけれど」
「ご遠慮願おう。…君と一緒いると、こんな陳腐な世界でも生き残れる気がしない」
「ご名答」

くすりと笑う鮮花に、聖護は本を閉じてココアの揺れるマグカップを奪った。
そしてソファに崩れるようにしてキスをする聖護を鮮花は笑って「嘘つき」と言う。

「五月蠅い」
「さびしんぼ」
「黙って」

ことんと。ソファの下に置かれたココアが、黒と白のマーブルを描いて溶けて行った。

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