Reborn! | ナノ

屋上で泣いていたら雲雀恭弥がやってきた


定期テストの結果が張り出された。

昇降口前の掲示板、そこに小さく張られた真新しいコピー用紙。逸る気持ちを抑えて目を通したそれに書かれた汐の名前は____2番目、だった。

世界がセピア色になる感覚。

1番目に輝く名前が苦い。何時もならそこに私の名前があったのに、そう思うのは疾しいだろうか。徒然と心の中で言い訳を言いながら友人に「気持ち悪い」と「保健室に行く」と言った、友人は「気を付けてな」と笑った。鞄を引っ掛けでHRをすっぽかして辿り着いたのは屋上だった。うちの中学校は珍しく屋上が生徒に自由解放されている、そしてここが汐が学校で2番目に気に入っている場所だった。

フェンスに近づいてぼすんとスクールバックを落とした。傷が着くとかどうでも良くてがしゃんとフェンスに凭れる。

「しにたい」

それが率直な感想だった。
成績如き、そう思うだろう。でも2位じゃん、そう思うだろう。私もそう思う。でもこの気持ちはきっと理屈じゃない。

なんて中二病なことを呟きながらずるずると座り込む。いいじゃん、だって丁度中二だし、むしろ旬だよ。咲頃だよ。真っ盛りですよ奥様。

「っはああ」

きーんこーんかーんこーんと鳴り響いて来たチャイム、だけど足が動かない。サボったら怒られるし、そのリスクは普通の学校ならいざ知らずこの学校ではとんでもない。だけど行きたくない、おおこれぞ中二病。学校行きたくない病。__なら、いっその事帰ろう。それが良い、保健室の先生に適当に言って、駄目だったら泣き落そう。きっと今なら泣ける。

そう思って鞄を持ち上げて無理やり膝を叩き起こした。先ほどまで根っこが生えて動かなかった足だがすんなりと立ち上がってくれた、やっぱり命には代えられないらしい。清々しい程に変わり身の早い保身的な自分に苦笑しながら屋上の扉を開けて後悔した。え、なんでいるの。



「何してるの、もうHR始まってる時間だけど」

真っ黒な学ランと鋭い声、あもうこれ顔上げられないわ。雲雀恭弥さんだ。ぶわりと吹き出て来た嫌な汗と熱に一瞬に脳がヒートアウトまるでレンジに掛けられたみたいに。口を開かないと思うのに言葉が出てこない、目線が上げられない心臓がうるさい。

「…君、浅上汐?」
「!」

「成績優秀な君も屋上でサボったりするんだ」

くすりという笑いと共に掛けられた言葉は、ちんけなコピー用紙に黒いインクで書かれた現実より教室で覚えた気持ち悪さより屋上で感じた絶望より彼と対峙してしまった不運よりも、なによりも酷く汐の心を抉り潰した。

成績優秀、それが並盛中学の汐を縁取ってくれるすべてだった。
それがなければ汐はただのぐんしゅうなのだ。


それは、なんていやなこと。


ぶわりと、込み上げてきたものが堪えられない。やばい、そう思うのに俯いた顔から瞼から零れてくるものは止まってくれそうにない。せめてばれない様に、そう思って唇をぎゅっと噛む。勘で噛んで、それでも漏れてしまった「はっ」切ない息づかいにもっと自分が嫌いになった。情けない、情けないなさけないなさけない!!

成績優秀の冠も消えてしまった、せめて少し揺らせばすぐに泣く女に成り下がりたくない。意地ばかりの見っともないプライド、でもそれすら壊されてしまったらもう立っていられない気がした。でも止まらない、涙が止まらないの。ならせめて誰もいない所で誰も見られずにいたい。

「っし、つれいします」
「待ちなよ」

意を決して言った言葉も容易く遮られてしまう、強引に横を抜けようとした腕をがっしりと雲雀に掴まれた。ぐんと引き戻される体と遠くなる歪んだ階段に情けないという言葉が汐の中で更にリフレインする。がんがんがんがんがんがんがんがん、頭痛が止まない。

「僕の前でサボっていた癖に易々逃して貰えるなんて思っていないよね」

嗚呼まったくだ。泣く子だろうと女の子だろうと子供だろうと容赦ない、だから彼は恐れられている。たかが中学生一人に馬鹿みたいに町の大人が傅いているのだ。私なんかが逃して貰えるわけがない。

「僕も舐められたものだ」
「__っす、んくっすいません」
「謝っても駄目だよ、2年B組浅上汐」
「っ」
「返事は」
「__っはい」

「君に罰を言い渡す」

氷点下の言葉が薄ら暗い踊り場に響いた。まるで言葉を受けた所から空気が、校舎が凍りついているみたいだ。冷や汗も仕様のない温度もとうに過ぎ去った、それは諦めに似ていた。もうしょうがない、しょうがないのだ。だってわたしのかちはなんもない。もうなんもない、だからしょうがないこうなたってしょうがないんだ。

そう思って汐は目を閉じた。もう何も視たくないから。


「次のテストも2位をキープすること」


瞳が閉じる前に掛けられた言葉に、世界が一瞬点滅した。

「半年前に転校して来た獄寺隼人は既に大学レベルの学習を終えているんだよ。今回のテストに限らず君が彼を抜けることはまずない。でも彼は粗相が悪すぎて並中の模範生としてはとてもじゃないが扱えない。頭が良くても体裁が悪ければそれはクズ同然だ、並中の看板には勿論他生徒の手本にはとてもじゃないがならない。___だから君にはせめて2位をキープして貰わないと困る」

そう言って雲雀が溜息を着いた。汐は状況が呑み込めず真ん丸と目を見開いた、気づけば涙はぴたりと止まっている。「返事は」そう言って離された腕に感覚はなく、気づいたら「…は、い」と答えていた。良くも解ってないのに、気づけば口が言葉を紡いでいた。

「…そう、なら良いよ」

そう言って雲雀が汐の横を抜け階段を下る。汐はそれをただ呆然と見ていたが不意に踊り場に立った雲雀がくるりと振り返って来たのでびくりと肩を震わせた。そんな汐を雲雀の鋭い黒い瞳が見据えた。さらりと頬に掛かる黒髪が揺れて雲雀の顔が汐正面を向く、

「教室に戻るつもりなら、先にその見っとも無い顔をどうにかするんだね」
「!」
「……戻らないなら、寄り道はしないことだ」

そう言って雲雀はとんとんと階段を下りて行く。まるで何事もなかったかの様なその背を見届けた後、汐はずるりと座り込んだ。

(なに、それ)
何が起こったのか良く解らない。

ただ、幾つか言える事がある。

汐のいる場所は冷たい氷の世界なんかじゃなくて、わたしはまだ生きてい。
私はまだ、群衆ではないということ。

私は“私”という縁取りをまだ守り続けられる。

(あ、あれ?)

ドキドキドキドキ
もう一つの奇跡に気づくのは、もう少しあとのおはなし

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