六道骸と休日パンケーキの列にならぶ
「おそかったですね」
「…ごめん」
じろりと見上げてくる赤と青のオッドアイ。ふいと視線を逸らすが、頭には視線のナイフが突き刺さる。やがてはあと重いため息をついた。
「もういいです。行きますよ、」
「えー」
すくりと立ち上がったむくろが当たり前のように手を掬い取ろうとしてくる。ちょっと腹が立って避ける。くるんと回ってそのまま逃げようとしたが、逆回転でぱしんという飛んできたものにぐいと体を引かれた。
「うわっ」
「さっさといきますよ」
呆れたように肩をすくめて、むくろが前を歩く。その手にはしっかりわたしの手が握られていて、かっと顔が赤くなった。負けたと思った。
「今日はどこに行きますか」
「特に決めてない」
「汐…久々のデー…久々に会ったんですから、あるでしょういろいろと」
(デートって言いかけてやめたな)
「ないんですか。この何かと多忙な僕がわざわざ時間を空けてあげたんですよ、」
「じゃあ帰っちゃえ。わたしも帰る!」
むっとして駅に走ろうとしたが、むくろの手が許してくれなかった。
「待ちなさい。落ち着きなさい、汐。僕の話をききなさい」
「いやっいかないいかない」
「っ__わかりました、」
ぎゅううと甘さもへったくれもなく。万力のようにわたしの手を掴んでいたむくろの手が、ぐいとわたしを引き寄せた。あまりに乱暴なものでぼんとむくろの体にぶつかってしまう。文句のひとつでも言おうと顔をあげると、いやに真剣な顔がずいと近づいてきたわたしに持ちかけてきたのだ。
「並盛ひまわり商店街裏のパンケーキで手を打ちましょう」
「いいの!」
「…ええ、お安い御用です」
「いく!」
二言返事でとびあがるわたしに、なぜかむくろは納得がいかなそうな顔をしていた。むくろから持ちかけたくせに「いえ、いいんですよ…しょせん僕は歩くサイフと同じ…」とかなんとかぶつぶつとつぶやいている。何いってるのかさっぱりわからん。
打って変わってスピードの落ちたむくろを半場引きずるようにして、目的のパンケーキ屋へとむかった。むくろは体が大きいので骨が折れた。
「うへっ混んでる…!」
「これは…まあ、予想はしていましたが」
裏道の店からずらりと表通りまで続く行列に、並ぶ前から気が滅入ってしまう。それでもとりあえず並んでしまうのは悲しき日本人の習性だ。ひとまず最後尾に身を落ち着けるが、すぐさま後ろに人が並びだす。
「っと…い、一応並んだけど…どうしよう、いや?」
「なにがですか」
「すっごい並ぶし…、男ってこういうの嫌いでしょ」
「まあ…というか、好む方がまれでしょう」
もっともだ。
「そもそも、僕からすれば日本人のこういうところは本当に理解しがたい。なぜたかがパンケーキに行列…女連れならまだわかりますが、男だけで来てるともうイライラしますね」
「さりげなく毒づいたね。でも並ぼうね、わたしのパンケーキのために」
「もとよりそのつもりです」
「じゃあ早速出悪いんだけど、ちょっとあそこの本屋行ってくるから」
「ダメです」
「店の前になったらよんで」
「却下です」
沈黙。
くそう。自分もこれに並ぶと思うとちょっとパンケーキ諦めたくなってきたぞ…。ちらりと前を見ると店はまだ見えない。というか表通りにL字で並んでいるので、曲がり角にすらたどり着いてない…。
「なんでみんなそこまでしてパンケーキ食べたいんだろう…」
「鏡をみてみなさい」
隣から飛んできたもっとも意見に再び沈黙。しかたない、パズドラしよう。ガンホもCMでこういうときこそパズドラ!みたいな内容放送してたし。
「…なんですか」
ぐいと手をばらそうとしたらむくろが不機嫌そうに言ってきた。え、なにって。
「手、離して」
「なぜ」
「アプリゲームしたい」
「…はあ、」
わざとらしいため息とともに手が離される。すると暖かさがなくなって指先がすうと冷えた。あ、むくろの手あったかかったんだ。相変わらずの子ども体温、人間カイロだなあ。
そんなことを思いながらアイフォンを探す。あれ、どこにいれたっけ?
「右のポケットですよ、さっき時間確認して入れていたでしょう」
「あ」
あった。
「すごいね、わたしの携帯なのにまるでむくろのみたい」
「君が節操なしにあっちこっち入れすぎなんです」
「めんぼくねぇ…」
適当に言葉を流して、早速起動。おなじみのテーマと共に始まったゲーム、ひとまずフレンド申請とガチャガチャと、ダンジョンでなにかイベントがないか確認して。
「まったく…ようやく手をつなげるようになったというのに…僕の苦労なんなんですか。いったい君と手をつなぐのに、僕がどれだけ…」
「し、しかたないじゃん、過去のことほじくり帰さないでよ。ちっちゃいなー」
「僕は大きいです」
焦って横を見ると、不機嫌そうな青の目がじとりと向けられた。ふんと胸を張る彼はたしかに大きい…身長的な意味で。
「でももやしだよね。なんでそんな腰細いの、」
「体質です」
「雲雀さんも細いんだよね」
「っちょ…! き、きみはあの男のどこを見てるんですか!というか、あんな男と比べないでください!」
「ほんと二人そろって顔も綺麗だし、はらたつわー」
「…君も十分かわいいですけど」
「ん、なに?」
ぼそりとつぶやかれた声が聞こえなくてたずねるも、むくろはぷいと顔を背けてしまった。なんだよ、怒らないでよー。
「ごめんね、むくろのほうが綺麗だしかっこいいよ、」
「…それに、僕の方が強いです」
「うんうん、そうだね。でもケンカもほどほどにね、怪我すると大変だよ?」
むくろの顔も雲雀さんの顔も国宝なんだから、大事にしてよね。
そんな意味で言ったんだけど、なぜかむくろはひどくうれしそうに頬を染めた。おお、周りに花が散って見えるよ。
「ま、まあ? 君がそんなに心配だというのならしかたありません。僕もわざわざ他人の寿命をちぢめる趣味はありませんし、しかたないので汐の意見を取り入れてこれから彼を相手にするときは手加減してあげますよ。べつに汐に言われたからではありませんから、僕はとっても心の広い人間というだけですから」
「うん、そだねー。すごいすごい」
むくろの喜ぶポイントってほんとわからない。でも、こどもっぽいのはわかる。心の広い人間とか、自分で言ってる時点でアウトだよ。うわー10連コンボ、土日ダンジョンはあいかわらず気持ち良いなー。
「汐、汐きいてますか?」
「うん。むくろはバズトラより白猫のヴィスのほうが合ってると思うよ」
「う、蛆? なんですかそれは…」
どうすれば蛆になるんだろう、むくろの頭にはやっぱりお花が咲いてるのかな。
そんなことを思いながら、むくろにアプリを紹介した。颯爽とポケットから出したのが最新のアイフォンでイラってした。ちくしょう。
そうして無理やりアプリをダウンロードさせた。「前置きが長すぎる」「なんですかこの親父は」「僕に命令しないでください」「どうして猫が」以下略…と、うるさい彼を適当に流しながらわたしはバズトラを進めた。途中でスタミナがなくなったので、むくろと一緒にクイズに答えた。サブカルならまかせろ!予想していたにはしていたが、やっぱり世界史だけではなく日本史にも精通し、あまつさえおばあちゃんの知恵袋みたいな知識まで披露したむくろに感動をとおりこしてじゃっかん引いた。なんだこいつ。
「ほんと、むくろってキャラぶれてるね」
「だれのせいだと…」
え、わたしのせいなの?
そんなこんなで、いつの間にか行列は減りに減って___もう店は目の前だ。