Reborn! | ナノ


(_____失敗、した)

ぱたぱたと、白いシーツが風に揺れている。
それを見ながら、わたしはぼんやりと空を見上げた。大泣きした所為かダルい。今朝起きると、赤さんが揺り籠からいなくなっていた。看護婦さんに訊くと、昨夜のうちにベビー・ルームに戻されたらしい。…骸が、そうしてくれたらしい。頭を下げた、らしい。

(失敗した)

こんなはすではなかった。でも、こんなことになったのは、間違いなくわたしのせいだ。
ベンチの上で膝を抱えて、これからどうしようか考える。だって、もう合わせる顔がない。

(このまま、どこかに消えてしまいたい)

あ、でも骸は絶対見つけるだろうな。
だって、わたしは彼に、

「汐」

一度も、かくれんぼで勝てたことがないのだ。


「…」

ぼんやりと顔をあげると、骸がいた。長い藍色の髪を風になびかせて、じっとわたしを見ている。黒いシャツにパンツというシンプルな出で立ちをしているが、イケメンだ。くそ、イケメンなんて都市伝説じゃなかったのか。

「……」
「……汐、聞いて下さい」

無言で膝に顔を埋めるわたしに、骸が慰める様に言う。わたしの前に膝をついて、そっと髪に触れようとした。だが、びくりと震えてしまったわたしに、彼はそっとその手をベンチに戻した。くそ…ほんとにわたしはバカだ!

「…汐が、たくさん辛い思いをして、頑張ってくれているのは知っています」
「…」
「それに僕が応えられず、見合うことができないこともまた、解っているのです」
「…」

ちがう。そう言いたかった。
わたしは頑張ってなどいない。思うままに勝手にふるまっているだけだ。それに何時も付き合って、合わせてくれるのは骸の方だ。

「……でも、なにもできていない。だから疑われても、咎められても、仕方がない」
「…っ」
「貴方が望むなら、何時だって____こんな現実、幻想だったと霧の内に消えましょう」

え、なんかよくわからないこと言いだしだ。
訳が解らず顔を上げると、骸が酷く辛そうな顔をしていた。今にも泣き出しそうなオッド・アイに、ぎくりと全身が震える。切ないその視線にぎちぎちと胸が悲鳴をあげた。

「でも…もし、僕が…僕が、汐を愛していたという真実を、貴方の世界に残してくれるのなら、」
「む、むく___」

落ち着いて。そう言おうとしていた言葉は、ぶわりと吹いた風に拒まれた。突然の強風に驚くわたしを、骸が慌てて胸の内に庇ってくれる。その時、骸のポケットからがさりと何かが落ちた。驚いて反射的にそれを手に掴む。す、すごいぞわたしの反射神経!

「汐っ、大丈夫ですか!」
「あ、うん…」

ぼけっとしているわたしに反して、骸はいやに殺気立っていた。まるで視えない何かが見えている様に後ろを睨みつける骸を不思議に思いながら、わたしはいそいそと掌を開いた。

(…紙?)

くしゃくしゃに丸められた紙。
なんとなく開く。え、プレイバシー?なにそれおいしいの?

そうして目にしたものに、わたしは息が止まりそうになった。


紙には、びっしりと言葉が並んでいた。イタリア語と日本語の羅列。丸がついていたり、二重線で消されていたりする。イタリア語は解らないけど、日本語は解る。海美(うみ)、夏果(なつか)、霧重(きりえ)、紗枝(さえ)_______女の子の、名前だ。

その中で、一際大きなまるで囲まれた名前がある。


「………茜(あかね)」
「!」


がばりとゴムが弾けた様に骸が振り返った。
大きく見開かれた瞳が驚愕に染まり、口がぱくぱくと空気を噛んでいる。そうしておそるおそる、わたしが持っていた紙を指さして、

「ど…こ、それ、を、…」
「…えっと、風で飛ばされそうだったから…つい」
「あ、よ、読んで…」
「……ごめん、ね?」

可愛そうになるほどに動揺している骸に思わず謝る。すると、がくーっとその場に骸が倒れた。リアルorzだ!

「む、むくろ!?」
「クソっ…アルコバレーノ…!」
「あ、アルコールがどうしたの?」

突然、呪うように低い声を出した骸に、わたわたと駆け寄るも、彼は「…なんでもないです」と曖昧に濁してしまう。むくろ、よくアルコールなんとかって言って癇癪おこすよね。イタリア語で『このやろう…!』的な意味なのかな。

「と、とにかく、それはなんでもなくて、」
「これ…赤さんの名前候補、だよね」
「グフッ…」

じっとみると、骸がぎちぎちと視線を反らす。その頬が真っ赤に染まっていた。
嬉しくて。どうにも嬉しくて、わたしは興奮を抑えきれず詰め寄った。

「考えてくれてたんだ、あれだ。わたしが、むくろが考えてっていったから?」
「違います、違います!それはなんでもないのです!ただのゴミです!」
「だってこれ女の子の名前…!」
「クハーっ!だから違うといっているでしょう!バカ!」

羞恥が限界値を超えたのか、骸にばしりと紙を奪われてしまった。あ、ちょ!
むりやりパンツのポケットに押し込み、漸く落ち着きを取り戻したのか、骸が大きな溜息をついた。そうして、髪をぐしゃぐしゃと掻き合ならいう。

「………違うんですよ、そんな」
「…」
「僕が、アレに名前なんて……そんな、縁起、悪いでしょう」

アレも、そんなこと望んでいないに決まっている。
力無く俯く骸に、わたしは何も言えなかった。

「だから、これは…忘れて下さい。本当に、ただの戯言なんです。独りよがりなんです、」
「…むくろ、」
「……忘れて下さい、」

「むくろ、なんで茜にしたの?」

ゆるゆると、俯いた顔がわたしを見る。その頬に掌を寄せて、そっと髪を耳にかけてやる。
教えて、そう意味を込めて頷くと、骸が小さな声で教えてくれた。

「茜は…日の入る、時間なのでしょう」
「うん」
「真っ赤で、オレンジ色で、温かい……僕とは、違う」
「そうかな」
「僕は夜の色だから、それを受け継がせてしまって。だから、少しでも…僕の様には、ならないでほしいから」

願うなら、明るくて暖かい世界に。
愛する人とともに。

「アカネは、植物の名前でもあって。…細やかな花ですが、その根は赤く薬効があります…。茜とは、そんな風に隠れて見えないところが、強く。そして何かを支えられるしなやかさを持つものだと」
「そっか」
「見かけではない、その内に隠れたものを示す言葉なのです」
「うん」

「僕は、汐の『茜』に惹かれた」

唐突の告白に世界が止まりそうだった。
小さなよわっちいわたしの手に、大きな骸の手が重なる。

「汐も、そんな僕の『茜』に気づいてくれた」
「…」
「少なくとも、僕はそう思う。だから、そんな僕と、汐の…子どもだから……」

「茜」

力強く読んだ言葉。それは、ああどうしてだろう。
わたしはそっと骸の顔を掌で包み込んで、引き寄せる。

「むくろの…右目の色だね」
「!」
「とっても、きれいだわ」

目尻に溜まるものを必死に抑えて、愛おしい人の額にキスをする。だが骸は、戸惑うように声を上げた。

「ちが、ちがうっ。違います、僕のようになど、綺麗など、そんな風に…あってはならない…!」
「わたしはそうは思わない。むくろみたいになってほしいと思うよ」
「汐!」

「むくろみたいに、誰かの優しさに気づける人になってほしい」

わたしの言葉に、骸が息を呑んだ。
そうしてくしゃくしゃと歪んでいく顔に、思わず苦笑いが零れる。

「ちが、ちがい、ます…僕は、」
「わたしも、茜がいい。茜がいいよ、むくろ」
「僕は……そんな、」



「三人で、『茜』になろう」


むくろ。

\ ハ! /




抱きしめた腕の中で、わたしは暖かいものを感じた。それは、初めて見た骸の涙かもしれないし。ようやく歩き出した、わたしたち『家族』の温度なのかもしれない。

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