Reborn! | ナノ

六道骸が慰めてくれる




「…」
「おかえりなさい、汐」

今日も今日とて、平然とした顔で当たり前のようにわたしの家に居座る男。美の女神に愛された容姿と全知全能をこねくり回したような頭脳をもつ男を、六道骸といった。彼は、ここ数年にわたり、わたしの彼氏という地位を独占している唯一の存在でもある。

「…むくろ、」
「なんですか。というか、何時まで玄関にいるつもりなんですか。暖房が逃げて寒いんで早くリビングに入ってください、閉めちゃいますよ」

「別れよう」

むくろはぴしりと、綺麗に硬直した。
何時までたってもオッドアイが動く気配をみせないので、わたしはいそいそとマフラーを外しコートを脱いだ。玄関に放り投げてあるハンガーにそれをかけていると、むくろがのろのろとした動きで眉間をもみ始めた。そうして首筋に落ちるさらさらの藍色の髪さえも悩ましく、本当にどうしてこんな美しいものが今この瞬間まで自分のものに納まっていたのは不思議でしょうがない。

「いえ、あの、はい。わかりました。わかりました、とにかく落ち着きなさい」
「わたしは落ち着いているよ」
「落ち着いている人間がそんなこと言うはずがないでしょう、」

少しだけむくろの声が上ずる。じっと見据えてくるオッドアイが罪を問い詰めるような色を孕んでいで、ずきずきと胸が悲鳴をあげる。そんな顔さえも美しい。そんな些細なことでさえも、彼の意識が自分に向いている一瞬が嬉しい。彼が目の前にいるというだけで、こんなにも幸せなのは、なぜだろう。

「…とにかく、別れて」
「唐突過ぎます」
「なにか悪いの」
「今朝まで普通に過ごしていた恋人が、バイトから帰ってくるなり行き成り別れを切り出したら誰だって不信に思うでしょう」
「ふーん…アンタが一般論を語るんだ。世の中も廃れたものだね」

猛毒にまみれた言葉が、どろりとわたしの口から吐き出された。
視線をくれれば、むくろの傷ついた顔が見えた。ああ、今のは言ってはいけない一言だった。ごめんなさいごめんなさい。何度もなんども謝る。でも同時に、仄暗い喜びがこみ上げてくる。ああ、やっぱりこの人はわたしの言葉に傷ついてくれるんだ。それくらい、わたしのことを思ってくれているんだ。やっぱりこの綺麗なものは…わたしのものだ。

(…だめ、)
___手放さなきゃ。

わずかに残る理性が、きしりと悲鳴をあげた。

「…今日はもう、話したくない。かえって、」
「…汐」
「かえって」
「……汐、話を」
「かえって!!!」

毒が、零れる。
どろどろと。彼を汚す。綺麗なものを汚して、わたしのものであるうちに全てを侵そうと蠢いている。少しでも、わたしのものであった証を残そうと躍起になっている。だって、きっとわたしはもう捨てられる。取り返しのつかないことをいってしまった。彼をとても傷つけてしまった。繊細でとても傷つきやすい人なのに、ひどいことをいった。わたしは、一応…彼女だったのに。

「…わかりました」
「…」
「では、最後に抱きしめてください。それくらいの権利はあるでしょう」

言って、むくろは腕を広げた。そうすると1Kのこじんまりした部屋の廊下はあっという間にむくろ色に染まってしまう。まっすぐに伸びた道はむくろの腕に、存在にさえぎられ、酷く幸福な行き詰まりへと変わった。

「…いや」
「では、僕も別れてあげません」
「それとこれとは話がっ」
「いやです」
「むくろ!!」

「いやだと言っているでしょう。君から僕を抱きしめてくれない限り、僕はここを一歩も動かないし、別れてあげません。僕は本気ですよ、君と同じで」

ぎちりと唇を噛む。怒りと動揺で歪むわたしと違って、むくろのオッドアイはどこまでも冷め切っていった。それが、温度差。ふたりの、距離。

そう思うとひどくむしゃくしゃした。なんだ、さっきまでむくろがすごく自分のことを好きだと思っていた自分がバカみたいだ。やっぱりむくろはわたしのことなんて好きじゃなかったんだ。…当たり前だ、だってむくろみたいな人間が、そもそもわたしなんて失敗作本気で愛してくれるはずなんてなかったんだ。

(これが、最後)

わたしはやけくそになって、むくろの腕に飛び込んだ。大きな胸板に手を回す。その背でしっかり指先を絡めて、離さないと抱きしめる。ふわりとチョコレートの香りがした。チョコとお酒の混じった、むくろの香水。それを胸いっぱいに吸い込んで、息を止めた。涙が流れそうになったから。むくろのお腹のちょっと上が、わたしの定位置。やわらかくない腕のなかなのに、酷く心地いいのはなぜだろう。

「…なにが、そんなに悲しくなってしまったんですか」
「!」

ゆるりと大きな手が髪を撫でた。ぞわりと背があわ立った。いま、むくろにそうして欲しくなかった。とっさに離れようとするが、それより先にむくろの手が体に回ってきた。すばやくわきの下に回った手が軽々とわたしの体を持ち上げた。浮遊感にぞっとして、とっさにむくろの肩を手で掴む。そうしているうちに、むくろは慣れた様子でわたしを片腕に座らせると、さっさとリビングへ戻ろうとする。

「ヤダ!」
「黙りなさい」
「うそつき!帰るって言ったじゃない!!」
「そんなこと一言も約束してません。いいから、君は黙って。今の汐とは、いくら話しても埒が明かない」
「っ___!」

突き飛ばすようなむくろの言葉にずぐりと胸が抉られる。いやだ、どうしてそんなこというの。もっと優しい言葉をくれてもいいじゃない!それとも…本当に、わたしのことなんて嫌いになっちゃったの…?

沈黙してしまったわたしを抱いたまま、むくろは絨毯の上に腰を下ろした。2人で買ったお気に入りのビーズクッションに凭れて、広げた足の間にわたしを下ろす。俯くわたしの前髪を、太い指が掻き分ける。部屋は暖房のおかげでとても暖かかった。

「汐、」
「…」
「そんなに、悲しいことがありましたか」
「…」
「それとも僕のことが嫌いになりましたか…僕の言葉に返事したくないほど」

するりとむくろの手が頬に這う。わたしはぶんぶんと首を振った。それに少しだけ零れる吐息のおとが聞こえた。次の瞬間、ちゅうと額に口付けが落ちてきた。

「よかった」
「!」

反則だ。
そんな____そんな、泣き出しそうな声で言われたら、もうなにもいえない。

ぼろぼろと、涙が零れている。でもわたしは泣いていない。泣いているのは心の中で、わたしはいま酷く顔が歪んでいるだけで、泣くことはできない。

「ごめ、ごめんな、さい…」
「…いいえ、許しません」
「ごめん、ごめんねわたし、」
「許さないといっているでしょう」

突き放す言葉とは裏腹に、むくろはゆるりとわたしを抱きしめた。
そうしてゆったりとふたりでクッションに凭れる。むくろの硬い胸の上にうずまって、わたしは涙を流さないで泣いた。そんなわたしを知っているように、むくろは背を撫でてくれる。まるで、泣いている赤子をあやす様に。

「で、今度はなんでまたそんなことを言い出したんですか」
「…」
「だんまりですか。まあ、…大方予想はできます。どうせまた、くだらない失敗か観察ついでの自他比較の末の激しい自己嫌悪に駆られたんでしょう?それで、自分なんかといやになりましたか?僕なんかにつり合わない_____他に素敵な女性がいるなんてくだらない妄想に浸って、ひとり悲劇のヒロイン気分に浸ってましたか?」
「っ」

「まったく、どれもこれもくだらなすぎて反吐がでる」

はき捨てるようにむくろが言う。

「その、自分勝手甚だしい思考のせいで、毎度まいど傷つけられる僕の身にもなってください」
「、」
「安心しなさい。君がどれほど矮小でくだらない人間かなんて今更君が思い知るまでもなく僕は隅々まで知っています。見目の差も、頭脳の出来も、なにひとつ僕たちはつりあえるものがない。それでも、僕は君が良いんです。君が良いと言っているんです」

ぎゅうと、むくろの腕がわたしを抱きしめる。

「だから、君は僕が『別れたい』というまで大人しくこの場所に収まっていればいいんですよ。何時だって選択の権利は僕にあることをお忘れなく」

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