眠っている六道骸にイタズラする
「むぐ…」
目が覚めた。
喉がカラカラで妙に息苦しい。何でだ。
もぞりと動くと、首と腹、そして足に巻きついているものに気づいた。言わずもがな、後ろで寝ている人の腕と足だ。ちょ、器用な寝方してるな!ぎゅうと自分の胸に寄せるように抱いてくれるのは大事にされている感じがして嬉しいがいかせん苦しすぎる!放せ!
「ぷは」
なんとか拘束から抜け出し上半身を起こす。するりと布団が落ちてぶるりと背が震えた。あ、は、裸なのわすれてた…。すすっと布団を胸にかきあつめて、ちらりと後ろをみる。そこにはすかーっと良い笑顔で寝ているむくろがいた。くそ、寝顔もイケメンだな。
(むくろが…わたしより遅くおきるなんて珍しい)
つまり、むくろの寝顔を見られるのは貴重ということで。
わたしは遠慮なくじっと見つめた。さらりと綺麗な藍色の髪が枕に散らばっている。最近少し伸びたそれは襟首のあたりを隠しており、首から上を見ればすわ女性と見間違えそうだ。左右非対称の赤と青の目はいまはぴちりと瞼に隠されてしまっている。すうと伸びた鼻梁に薄い唇。西洋人らしい血の気のない肌は少しぞっとするものがあるが、アジア人よりもがっしりとした体格に無駄なく誂えられた筋肉のおかげで生命力に満ちていた。
「あ、ひげ」
思わず口に出してしまったが、むくろは起きる気配がなかった。…相当疲れているのだろうか、そのわりに昨日久しぶりに(わたしの家だが)帰ってきてたらふく飯くってめちゃくちゃ励んだが。
「っ〜〜〜〜〜!」
ぶわりと昨夜の記憶が蘇る。むくろが久しぶりということは、その、わたしも久しぶりということで…いや、とっても乱れてしまった。…はずかしい…。
(ちくしょう…むくろのくせに!)
理不尽な怒りを向けられようと、いま彼は夢の中だ。抵抗はできまい。キッとにらみつけていると、不意に布団の不自然な盛り上がりに気づいた。
「?」
なんだろう。特に考えもせずに布団を捲った次の瞬間、ぴきんと体が凍りつく。
「なっ…なっ!」
かああああと顔が赤くなるのがわかる。わなわなと声が震えた。いや、いや聞いたことはあるけど!あるけどさ!
(こ、これがあさだち…!)
見えない雷に打たれたようだった。
うっすらと線が浮かぶ腹筋の下に、明らかに異様な物体がある。それは重力に逆らって天を仰いでおり、太い血管が浮かび上がっているさまは酷く生々しい。
(む、むくろもするんだ…)
なんだか見てはいけないものを見てしまった気分だ。ちらりと後ろにいるむくろを見る。彼は未だ夢の中だ、よもやわたしに…その、生理現象を目撃されたとは思っていないマヌケな寝顔だ。いっそ写真撮ってやろうかな。
(…まじまじ見たことなかったけど…こんなんなんだ)
むくりと、いたたまれなさかが好奇心に負けた。
そっとベッドの上をしのび足で移動する。むくろを起こさないように注意して、そのむくろの息子さん?にゆっくり近づけた。
(…イカ臭い、)
いや、多分わたしもいま相当臭いけど。
それを気にしたら負けなのでスルーしよう。むくろの体は綺麗だ。それはもう造形美と称して過言ではない。太もももしっかり筋肉がついて締まっている。フライドチキンにしたらとっても美味しそうな感じだ。でもそんな足と腹筋の間にあるそれは酷く禍々しかった。
真っ白なむくろの肌と違っていやに赤黒い気がする。感触でしかしらなかった陰毛はむくろの髪と同じ藍色だった。…なんか変な感じだ、こっちの色も同じなんだ。むくろの体の一部なのにまるでむくろと似ていない。なんか先っぽいやに張ってるし、えっとなんだっけ、亀頭、だっけ?なんか三角形になってる。
(これが、いつもわたしの中に…)
再び顔に熱がこもった。こみ上げる恥ずかしさに耐え切れず、がばりと布団の倒れこむ。うわーうわーうわーあああああ!
(わ、わたし…自分で思っているよりもえっちだ)
むくろのことをああだこうだと批判できないかもしれない。
ちらりと息子さんを見る。う、うん…でもいつも、この子が気持ちよくしてくれてるんだよね。うん…気持ちいですよ。むくろも、その多分上手い方だ。他の人しらないからなんともいえないけど。
そんな風に考えていると不思議な気分になった。なんだか妙に目の前のものが愛おしく思えてくる。グロいのに。…変なの。
(こんなの気の迷いだ)
言い聞かせるようにつぶやいて、ごくりと息を呑む。
きしりとスプリングが鳴いた。体をあげて、ぐっと息子さんに近づく。匂いが濃くなった。一瞬吐き気がこみ上げた、でも、近づいて。
ちゅっとキスをした。
唇にあたる生々しい感覚に、ぞくりと子宮が疼いた。直ぐに離れようとしたけれど、嫌に名残惜しくてぺろりと舌で舐めてしまった。しょっぱかった。
(……な、なにしてるんだわたしは)
慌てて離れて思わず正座。うう、今朝のわたしは可笑しい。頭がとくに可笑しい。
(も、もう起きよう。シャワーあびよう。むくろの寝顔だけ見納めし、て…)
顔の熱を掌で収めながら振り返って後悔した。それは多分、彼も同じだろう。
わずかに状態をあげて、信じられないと見開かれている赤と青のオッドアイにわたしの頭は真っ白になる。いつも飄々とした笑みを浮かべているむくろの顔がリンゴみたいに真っ赤に染まっていて、唇がわなわなと震えていた。ぼさぼさの髪を直すでもなく、わたしをみつめる。あ、ああ、あ…。
(逃げるしかない!!)
「なっ!」
ベッドから転げ落ちんばかりの勢いで起き上がる。だがそれはむくろの異常に早い反射神経の前では無意味で、伸びてきた手にがっしりと足首をとられ思い切り引き寄せられた。ちょ!
「ごふっ」
「こ、こんな状況でどこに行くつもりですか!」
「こ…こんな状況ってわ、わたしには関係ないもん…!」
ずるずると引き寄せられながらも、必死に胸を隠す。っちょ、ふく!ふくください!
そうして鬼の前まで引きずり出された。ひくりと顔を歪ませるわたしに、顔をわずかに明るめたむくろのオッドアイがぎろりとにらみつけてくる。あ、これ逃げられないやつだ。
「関係ないはずないでしょう…君がいるのに、むなしく一人で慰めろというんですか」
「! ちょ、」
「しかもあんな…くそっ、汐!」
「はい!」
急に癇癪を起こしたように髪をかきむしって叫ぶむくろに、わたしの恐怖パラメーターがふりきれんばかりである。
「ああいうことは、僕が起きているときにしなさい!!バカ!この、み、…見れてよかった……」
「は、はあ!?」
いきなり虫の鳴くような声でトチ狂った感想を口にしたむくろは、そのまま手で顔を覆ってうずくまってしまった。今度はわたしの顔が真っ赤になる番だった。
「ば、ばか!変態はどっちよ!!」
「寝ている彼氏のペニスにキスする彼女よりは」
「わーわーわーわーわー!!」
聞こえない!と耳を手で塞ごうとするも、それはぱしりと飛んできた手に取られてしまう。むくろの手だ。そのままぐいと引き寄せられ、気づいたら目の前に彼の顔があった。あ、と思ったときには唇が重なっていた。薄い唇が、まるで食べるようにわたしの唇に覆いかぶさってくる。
「んっ」
ちゅっと唇を吸われた。そのまま何度かバードキスを繰り返した後、暖かい舌がちろりと下唇をなでる。
「汐」
「…」
じっと、間近に迫ったオッドアイが訴えてくる。綺麗な顔は直視しがたい。視線を逸らして逃げようとするも、じりりと下がった体は腰の回った手に引き戻されてしまう。その手が怪しげに背筋をなぞる。大きな手が。昨夜余すところなく全身を愛撫してくれた手が、ゆるりと尻たぶを掴んだ。
「む、むく…」
「僕が悪いんですか」
「いや悪いとかじゃなくて、その…だって、まだお風呂…」
「それこそ後のほうが良いでしょう。…どうせ汚れます」
ちゅっと背けていた頬にキスをされた。ずるずると引きずられ、いつの間にか体はむくろの膝に乗せられていた。ぐいとむくろの手が尻たぶを持ち上げたせいで、その、今回の事の元凶が、ぴったり割れ目にそうように尻に押し付けられた。う、うぐ…熱い。
「汐」
「〜〜〜っ」
こうなってしまっては、わたしも…我慢なんてできない。
でも素直に返事をするのがいやで、がぶりとむくろの顎に噛み付いた。べろりと舌で舐めると、ざらりと髭の感触が舌を撫でた。気持ち悪くて慌てて口を離すと、くすりと微笑んだ音が聞こえて。次の瞬間、わたしはむくろに食べられていた。