己の主はこちらの度肝を抜くことの天才だと何度思ったかわからないことを考え、左近はこっそりとため息をつく。左近が三成に仕えて季節はすでに一巡しているが、良くも悪くも予想を裏切ることの連続だ。今回の事件もそうである。
 こっそり吐き出したつもりだったため息を背を向けて座っていた主は耳聡く拾い、半分ほど振り返ってキッと鋭い視線を寄越してくる。しかしながらそんなものは左近に通用しない。動かないでください、と有無を言わせぬ声音で告げれば不満げながらも渋々と正面を向いた。

 事は左近が茶菓子を手に三成の自室を訪れたことから始まる。通常このようなことは三成の側に控える小姓の役目であるが、貰ったり買ったりした菓子を用事のついでに置いていくことを繰り返した結果、こうして習慣となっていた。
 今回も手にふたり分の饅頭と茶を持ってやって来たのだが、許可をもらってから障子を開けた左近の目に飛び込んできたのは、小さな束にした後ろ髪に小刀を当てた三成の姿だった。あろうことかこの主は小刀で後ろ髪をばっさり切り落とそうとしていたのである。慌ててしまうのも仕方ないことだと言えよう。すぐさま小刀を取り上げ、お茶を飲みながら説教をする羽目になった左近であった。
 現在は三成が寒くないよう羽織を着せ、ついでに膝に左近が着ていたものもかけて縁側に座らせている。ここならば掃除も楽だ。
 三成の赤みの強い髪を梳いて揃えながら大方の見当をつける。肩より伸びた髪は確かに鬱陶しいだろう。
「にしてもこんな寒い時期に切らなくてもいいんじゃないですかねぇ。首の後ろ寒くなっちまいますよ」
「一度邪魔だと思うと我慢できん。やりたくないなら自分でやるからいいと言っているだろう」
「束ねてひとおもいにばっさり、ですか?そんなの左近が許しませんよ。さて、じゃあ切りますからね、動かないでくださいよ」
 左近の声に、ん、と尊大に返事をした三成は両手を膝の上で揃え、むずむずと縁側に置いた尻を動かしてから姿勢よく座した。動かなくなって一拍数えてから首に触れぬよう後ろの髪をそっと手に取ると、左近はゆっくりと髪に刃を滑らせた。
 ふつ、と切れた赤茶の髪は手を開くとさらさらと左近の手からこぼれていく。当然ながら手入れなどしない人なので、毛先に近くなるほど傷みが酷い。きちんとすればさぞかし美しいのに、と残念に思いながらもただ黙って髪を切り落としていく。
 そんなことを左近が考えているとは知らぬ三成は何も言わず、ただなすがままにさせている。肩がすとんと下りているところを見ると気が緩んでいるらしい。
 まるで毛繕いされているけもののようだ。よく考えてみれば、人になかなか気を許さぬところも、一度許せば深い信頼を寄せるところもけものそっくりである。そんなことを考えつつ三成の様子に和みながら後ろ髪をおおよその長さにすると、今度は横髪に取り掛かるべく体の位置をずらす。
「終わったのか」
「まだ半分も終わってませんよ」
さらりと横髪をすくい苦笑する。
「特に邪魔なのはこのあたりでしょう。長さの希望なんかはありますかね?」
 気持ち良さげに目を閉じている横顔に一応尋ねるが、彼は目を閉じたまま何でもいいと素っ気なく答える。見た目にさほど興味がなく、意外とめんどくさがりな彼らしい。
「ならば根元から切っちまいますか?」
 さらさらと落ちていく赤茶の髪を眺めながら戯けてそう言ってやれば、うっすらと開いた目が左近を捉えた。そして口元に鋭さがのぞく笑みを浮かべる。なまじ綺麗な顔をしているため凄みのある表情だ。
「妙なことをしてみろ。お前のその髪を残らず切り落とし丸刈りにしてやる」
 そしてす、と視線を左近の髪に流してから再び目を閉じた。これには左近も苦笑するしかない。おお怖、と態とらしく呟いて止めてしまっていた手の動きを再開した。
「丸刈りにされてはかないませんからね。美しく仕上げますよ」
「左近!」
 噛みついてくる声に動かないでと伝えさくさくと手を動かす。
 振り回されても結局は楽しんでしまっている。ふとそのことに気がついてしまい、左近は声もなく笑いながら三成の髪を綺麗に切るのだった。



髪の毛ネタ。左近の保護者スキルは上がるばかりです。

2014/12/26 雑記
2014/12/29 移動