クッキー 馬超がクッキーを持って趙雲のところへやってきた。 いつぞやのお礼で貰ったらしい。馬超が貰ったなら馬超が食べればいいのに、という意のことを述べたらこんなに食えんと返ってくる。靴を脱ぎながらクッキーが入った袋を趙雲に押し付けた馬超が、そのまま我が家のように家に上がり込んでいったのが30分ほど前の話。 そして今に至る。 ソファに座った馬超は黙々と本を読んでいる。ある科目の先生に読んでおくように、と言われているらしい。大学生は大変なものだ。その隣で趙雲はちょこちょことクッキーをつまんでいる。一緒に食べると言ったくせに馬超はひとつも食べていない。美味しいから、と進めても返ってくるのは生返事。手は一向に伸びてこない。 趙雲はため息をつくと、皿にあけてあったクッキーをひとつ取った。それは自分の口に運ぶのではなく馬超の口へ。そっと唇に押し付けるとちらり、と視線がこちらに向いた。その目をしっかりと見返してさらに押し付けると渋々といったように馬超の唇が解けた。 少しだけ開かれた口から覗く歯がそっとクッキーに歯を立てる。それをしっかり確認してから指を離すと舌を器用に使って口の中に閉じ込めた。そして再び本に視線を落としながら咀嚼する。 「…………」 楽しい、かもしれない。 馬超が飲み込んだことを確認してから再びクッキーをつまんで唇に押し付ける。再び向けられた視線はいらんと告げていた。が、勿論無視する。先ほどと同じように黙って押し付けていると、やはり渋々とクッキーに歯を立てた。 一応これは恋人に対してあーんしているのかもしれないが、趙雲からすれば雛に餌を与えている心境である。楽しい。 こくりと動いた喉を見つめながらクッキーに手を伸ばすと、流石に無視できなかったらしい馬超がその手首を捕らえた。 「お前それまた俺に食わす気じゃないだろうな」 「それは勿論馬超に……」 「どれだけ食わす気だ」 「私の方がたくさん食べていたけども」 もともとは馬超が持ってきたクッキーである。それを馬超に食べさせることは何の問題もないはずだ。 自由な手でクッキーを取るとぐりん、と顔を背けられてしまった。しかしそこで諦める趙雲ではない。 片手は拘束されたままなのでそれを歯で咥えると、空いた手を馬超の頬に添えて無理やりこちらを向ける。 「なっ、」 「くきをあけけくえ」 「いらん!」 そう言うと思った。内心でほくそ笑むとそのまま顔を近づける。閉じた唇に押し付けると手を後頭部に移動させて逃げ道を断つ。至近距離で見つめるとふいっと視線を逸らされた。 再び口を開けるように催促する。 ちらり、とこちらを見た馬超はとうとう観念したようだった。 視線を下に落とし、決してこちらとは合わせないようにしながら口を開ける。その隙間にクッキーを押し込み、しかし歯を放さないまま唇を重ねた。びくりと馬超の肩が跳ねたがやはり気づかないふりをした。舌で馬超の口内へしっかりと入れてやると離れる時にぺろりと唇を舐めるサービスもつけてやる。 「美味しかったか?」 「覚えてろよこの野郎」 さっさと噛み砕いて飲み込んだ馬超が殺人眼光を向けてくるが、残念ながらそこまで恐ろしくない。 さらりと馬超の唇を指でなぞりながら、また食べさせてさし上げましょうか?と丁寧な言葉とともに笑ってみせたら、危うく本の角で殴り殺されそうになった。 ドーナツ 何の変哲もない休日。その昼下がりに訪ねてくる者がいた。 「あの、これどうぞ」 「え?星彩が作ったのか。私がもらってもいいのか?」 「はい。どうぞ」 初めに来たのは星彩だった。日頃の感謝を、と美味しそうな手作りドーナツを貰った。唐突であったが、日頃の感謝と言われて嬉しくないはずがなく素直に受け取った。今日のおやつだ。 そのあと星彩はすぐに帰っていった。渡すためにわざわざ来てくれたらしい。にわかに明るくなった気分で紅茶の準備をしていると再びインターホンが来客を告げる。 次に訪れたのは関興だ。彼の手には先ほど星彩がくれたものとは形が違うものの、ドーナツ。やはり日頃の感謝にと趙雲にくれた。一緒に作ったのだろうか。珍しい組み合わせのような気もするが、そこまではまあ、いい。 あれ、と思ったのはそこからで、関平、張苞、関索、劉禅、関銀屏と次々現れてはドーナツを置いていく。種類はいろいろあるがどれもドーナツだ。 そして姜維がやってきたところで、趙雲は思わず引き止めて今回のことを詳しく訊いたのだった。 「ああ、やっぱりみんなで一緒に作ったのか」 「一度に揚げてしまったほうがいいと思いまして。日頃お世話になっている方、私は丞相にしましたがみなさんはご両親のようですね。その方にささやかなプレゼントということで」 なるほど。つまりは親に日頃の感謝をというわけらしい。父の日でも母の日でもないが、こういうのはいつじゃないといけないというわけでもないのでいいと趙雲は思う。思うのだが。 「で、親に感謝を伝えるというのはわかった。しかしなんで私?」 「あ、もしかしてドーナツ苦手だったり…」 「いや、気持ちはとても嬉しいんだが…。皆がドーナツを持ってくるものだから何事かと思った」 「あ、皆さん趙雲さんに持ってきたんですね。親みたいな人にあげるのだとみんな言ってましたよ」 「……そうか。ありがとう」 その親とは第二の父親か第二の母親か。訊いてはいけないような気がするのは気のせいではあるまい。 「いえ、こちらこそいつもありがとうございます!では私もこれで」 笑みを浮かべて帰っていく姜維をこちらも笑顔で送り出すとリビングに戻ってきた。テーブルにはドーナツ。 親みたいな人はともかく、これは日頃の感謝を形にしたものであるらしい。 今日はおやつでお腹が膨れてしまいそうだな、と趙雲は苦笑した。 ショートケーキ 食後のデザートはショートケーキであった。美味しいと評判のケーキ屋で売っている定番である。 端から少しずつ食べていた趙雲であったが、馬超があまりにもじっとこちらの手元を見るものだから、思わず自分でも手元をじっと見てしまった。 見たけれども別段変わったことはない。フォークを持つ自分の手、食べかけのショートケーキ、皿の端によけてあるいちご。特に気になることはない。 「馬超、どうかしたのか?」 「いや、いちご食わないのか」 「食べるけども」 「よけてあるだろう」 「最後に食べる」 どうやらいちごを見ていたらしい。趙雲が馬超の皿を見やると、同じく食べかけのショートケーキ。いちごはすでに彼の腹の中である。 そこで思い至ることがあってああ、と趙雲は声を上げた。 「馬超は先にいちごを食べるのか」 「普通そうじゃないのか?」 やはりそうだった。質問に対して、至極当然というような口調で返されてしまったので、彼の従兄弟はどうなのかと訊いてみるとやはり同じような口調で先に食べると言う。趙雲の周りには最後にとっておく者が多いのでそっちの方が珍しいと思う。 「私の周りだと最後に食べる人のほうが多いからなぁ。劉備殿は後だと言うし諸葛さんのところはどちらも残していたな」 「訊いたのか」 「いや、一緒にケーキ食べた時そうだったことを思い出した」 止めていた手を再び動かしながら考えてみる。そういえば劉備の息子である劉禅もそうだったのではないだろうか。楽しみは後にとっておくタイプなのか。 「馬超はなんで先に食べるんだ?」 ふと思いつきで尋ねてみると、馬超はフォークを咥えたまま考えていたがすぐにニヤリと笑ってみせた。こういう顔をしている時の馬超が良いことを考えていた試しがない。ぎくりとして身構えるが、馬超は再びケーキを食べただけだった。 あれ、と思いつつもまあいいかと自分もケーキを口に運ぶ。 その時だった。 馬超が手にしたフォークを伸ばすと、趙雲の皿の端によけてあったいちごをぶすりと刺してさらっていく。ああっ!と声を上げたが、そのままいちごは彼の口の中に入ってしまった。 「こうやってとられると困るだろう?だから先に食べる」 「私の…!」 「ははっ残念だったな」 なんて奴だ。人のものをとった挙句、得意げに笑うとは。 じわじわとこみ上げてきた悔しさをぶつけるように飛びかかって押し倒してやったが、やはりおかしそうに笑うだけであった。 どうやら食べ物の恨みは恐ろしいということを教えてやらなければならないようである。 シフォンケーキ リビングで馬超がしているゲームを眺めながら、ちゃかちゃかと趙雲は泡立て器を動かしていた。音のことを馬超に何か言われるかな、と思ったが、少しボリュームを上げただけで特に何も言われなかった。やっているゲームがアクションだったからだろう。趙雲がたてている音は無視しようと思えばできるようである。 趙雲が抱いているボウルの中身は生クリームであった。はじめは液体であったそれも、今はもったりとした状態に変化している。そろそろ頃合いだろう。 と、同時にオーブンが甲高い声で趙雲を呼んだ。 「何作ったんだ?」 「シフォン。冷めたら食べよう」 「ん」 画面に釘付けの馬超に長ったらしく説明したところで無駄だろう。簡潔に告げると素っ気ない返事が投げかけられた。 それも予想できていたので特に気にすることなく趙雲はキッチンへと移動する。先に持っていたボウルを冷蔵庫にしまうと、ミトンをはめてオーブンを開ける。ふわっと紅茶の香りが鼻をくすぐった。あとは焼きあがったシフォンケーキを逆さまにして冷ますだけだ。 ふっくらとしたシフォンケーキを取り出すと逆さまに置いて趙雲はリビングに戻っていった。 そろそろ冷めたんじゃないのか、と画面内の敵をなぎ倒している馬超に言われ、趙雲はシフォンケーキのことを思い出した。画面から視線を離すと立ち上がる。するとポーズ画面にした馬超も後からついてきた。 「手伝う」 「ありがとう」 皿とフォークを頼んで自分はシフォンケーキを型から剥がす作業に入ることにする。が、 「!?」 「どうした趙雲、あー…」 驚いたのは一瞬ですぐに状況を理解した。ふっくらとしたケーキは少しばかりぺちゃんと萎んでしまっていた。見た感じでは中が空洞になるところまではいっていないだろう。多分下の方にみっしりと詰まってしまっている。 今度こそ型から剥がしながらため息をついた。 「萎んだのか」 「今まで作ってきたけど失敗したのは初めてだ。メレンゲか卵黄のところか……」 かぽ、と底を持ち上げて見てみるとやはり上が少し潰れていた。オーブンから取り出した時の姿を見ているだけにショックである。丁寧に底も剥がしてまな板の上に乗せて切ると、やっぱり趙雲が予想した通り中身が少し詰まっている。 「味は問題ないとは思うけども……残念だな」 「まあ、失敗したものは仕方ない。さっさと切ってしまえ」 肩を落とす趙雲と比べると馬超はそこまで気にしていないようであった。顔にはわかりやすく早く食べたいと書いてある。まるで餌を待ちきれない犬のようだ。 その表情を見ると失敗したことも気にならなくなるから、自分も思ったより単純であるようだ。 「はいはい。コーヒーと麦茶どっちだ?」 「麦茶」 お前は、と訊かれてコーヒーと答えると俺がやるといって準備を始める馬超。その尻に尻尾が見えるのは気のせいなのかどうなのか。 シフォンケーキを切り分けながら次こそは成功させると心に誓ったのであった。 ゼリー 馬超は何でもかんでも冷凍庫に突っ込む癖がある。今回突っ込まれたのはどうやら小さなゼリーたちのようで、趙雲が冷凍庫を開けるとみっしりと色鮮やかなゼリーが詰め込まれていた。お徳用3袋ぐらいは突っ込まれているだろうか。困ったものだ。買ってきたアイスを入れることもできない。 ゼリーの一部を冷凍庫から取り出してスペースを作ると、箱のなかのアイスを冷凍庫にぶちまける。しっかりと閉めたところで、リビングでゴロゴロしているであろう犯人の元へ移動した。 「馬超、また冷凍庫に入れたな。なんでもかんでも入れるのはやめろとあれほど、」 「ああ、そういえば入れていたな。今の季節なら美味いぞ」 案の定ソファに寝そべっていた馬超から呑気な返事。同じ部屋で勉強していた姜維が二人の会話に目を輝かせた。 「え、冷凍ゼリーあるんですか」 「大量にある。姜維も食え」 「だから人の話を……ああもう」 結局は言っても無駄であることはわかっていたが。趙雲はため息を吐くと持ってきたゼリーをどちゃっとテーブルの上に置いた。一部といえど結構な量である。 「こんなに凍らせてどうするんだ」 「全部食うに決まってるだろ」 呆れている趙雲をよそに早速、と姜維が手を伸ばしてフタを剥がす。馬超もさっさと食べ始めた。 「これうまく剥けないんですよね」 「ああ、フタの部分が分解するやつな」 薄く膜が残ってしまったらしい姜維が一生懸命爪で剥がしている間に馬超は早くもふたつめを口に放り込む。 そんな姿を眺めながらまあいいか、と趙雲はキッチンに引っ込んだ。なんだかんだで二人がきっちり腹に収めてくれるだろう。そして自分は冷凍庫の中のアイスを取り出すと食べ始めた。 このあとすぐ、しっかり二人に見つかって盛大なブーイングを受けることになる。 ジュース寒天 趙雲の部屋のソファの上。夏になるとそこは馬超の墓場となる。 腕をだらりと垂らして突っ伏している馬超の姿は、趙雲にとって夏の風物詩になりつつあった。 暑さに弱いわけではない。どうやら冷房に弱いらしい。職場の冷房が特に強烈のようで、結果が今の馬超である。ちなみにわざわざ趙雲のところまで来てバテているのは、彼のところよりもここは風通しが良いからだそうだ。 「大丈夫か?」 「これが大丈夫にみえるのか……」 窓をすべて開け、扇風機を回しているため涼しいことには涼しいのだが。 覇気のない声にすまんと返し、はたはたと手にした団扇で仰いでやった。 「なんであんなクーラー付けなきゃならん…。節電しろ」 「そんなに酷いのか」 「岱から助言を受けて会社にひざ掛けを常備するようになった」 「うわぁ……」 「クーラーガンガンのくせにクールビズだと煩いからずっと半袖だしな。殺す気か」 それはさぞかし辛かろう。趙雲のところでは冷房が壊れてしまい、窓を開けても地獄の暑さである。足して2で割れば丁度良くなるだろうか。 「馬超、昼は」 「いらん」 「なんでもいいから食べたほうがいい。ジュース寒天あるけどもそれ食べるか?」 「ゼリーじゃないのか」 「家にあったのが寒天だったんだ」 どうする?と重ねて問うとぐったりとしたままかすかに頷く気配。じゃあ昼に出すといいながらも団扇であおぐ手は止めない。するとぐったりとした馬超が緩慢な動きで体をこちらの方に向けた。ん?と首を傾げてみせると何でもないと呟いてうとうとし始める。 おやすみ、と囁くと穏やかな寝息が聞こえてきた。 ラング・ド・シャ 彼に会ったのはたまたまだった。自分は趙雲と共にいることが多いし、目の前の彼は背の低い童顔の青年や彼が師と仰いでいる彼の人といることが多い。 相手もどうやら同じようなことを考えたらしく、一人ですか?と首を傾げてみせた。 「今は一人だ。待ち人から遅れるとメールがきた」 普段は時間に驚くほど正確な趙雲だが、今日は突然用事をねじ込まれたらしい。30分ほど遅れると先ほどメールを受け取ったばかりだ。そっちは、と視線をやると敏い姜維はそれだけで言いたいことを理解したらしかった。 「人待ちですけどおそらくまた遅刻でしょう。時間通りに来ることのほうが稀ですからね」 「あいつと正反対だな」 「趙雲さんはもう少しルーズでもいいと思います」 くだらない言葉の応酬を続けていた馬超だが、これからどう時間を潰そうかと頭を悩ませる。30分となると中途半端だ。どうしたものか。 「あ、もし暇ならうちで時間つぶしていきますか?そこのアパートなんです。コーヒーしかありませんが出しますよ」 「いいのか?」 内心でため息をついた時、タイミングよく姜維が助け舟を出した。思わず聞き返すと自分にとってもいい暇つぶしだと返ってくる。ならばと馬超は歩き出した姜維についていった。 「適当に座っててください」 そう言い残して姜維はキッチンに入ってきた。先に電気ケトルに水を入れてから棚を漁る。あまりお菓子の類を買い込まないから予想通り何もない。仕方なくマグをふたつ取り出すと沸いたお湯で手早く作って馬超のいる部屋に戻ってきた。特に何をするでもなくぼんやりと部屋を眺めている。 「どうぞ。熱いので気をつけてくださいね」 一言添えて渡すとさんきゅ、と素っ気なく返ってくる。彼がいつもそんなふうであることは姜維も知っていたので気にすることもなく座ってマグに口をつけた。 それからぽつぽつととりとめのない話をしながらコーヒーを飲んでいた姜維だったが、ふと馬超のマグを見て内心で首を傾げた。まだ湯気がたつマグにはなみなみとコーヒーが入っている。全く減っていない。何か気になることでもあったのだろうか。 そのことを尋ねようとしたところで馬超がマグを持った。ゆっくりと口元に運んでおそるおそるとでも言うかのようにマグを傾け、 びくりと肩を跳ねさせて口から離した。 それを見て姜維はああ、と馬超がマグに口を付けなかった理由を即座に理解した。それと同時にあることを思い出して立ち上がる。 「姜維?」 「ちょっと待っててください。先輩見てたらお菓子あったの思い出して……」 そう言って向かった先は玄関である。昨日貰って帰ってきたのだが、しまうのを忘れてそのままにしていたのだ。あまり大きくない箱の包装を剥がしてフタを開けるとそこにはラング・ド・シャ。美味しいところのお菓子だとこれから会う約束をしている友人が渡してくれた。 「ああ、ここのラング・ド・シャはうまいと岱が言っていたな。で、なんで俺を見て思い出したんだ?」 早速手を伸ばしながら尋ねてくる馬超に姜維はくすりと笑う。 「ラング・ド・シャとはフランス語で猫の舌という意味ですよ」 猫舌だったんですね、と付け加えると馬超はふい、と顔を逸らしてお菓子を食べる。 それにまた笑うと姜維も箱のなかのお菓子に手を伸ばした。 羊羹 「何だそれは」 「ん?ああ、孔明さんから差し入れだ。食べるか?」 「食べるも何も、だからなんだそれは」 「知らないか玉羊羹。こうして爪楊枝を刺すと」プチッ 「!おおっ」 「ゴム風船みたいなやつの中に羊羹が入っているんだ。美味しいぞ」 「俺も食べる」 「どうぞ。はい、爪楊枝」モグモグ プチッ「…………」 「ああー…たまにあるらしいな弾けないやつ。私は初めて見たけども」 プチッ「おっ」 「あ、ちょ、こっち食べてからにしろ」 「お前にやる。うまいなこれ」モグモグ 「まったく…」グリュグリュ 「……絞りだすのか」 「多分これ以上刺しても開けられないんじゃないかこれ。剥いても手がべたべたになるだろうしな」 「ふーん」プチップチップチッ 「勿論全部食べるんだろうな?そんなにいっぺんに刺して」 「お前に2こやろう」 「自分で食べなさい」 かき氷 体の奥に響くような大きな爆発音。 始まったか、と趙雲が思うのと、「始まったぞ」と馬超が声をかけてくるのは同時だった。 今日は近くの河川敷で花火大会がある。屋台も多く出るそのイベントはわりと大きなもので、人も多く集まる。 そこで馬超はその花火を見ることができる趙雲の部屋のベランダで見ようと、一日のうち一番暑い時間から押しかけていた。 ちなみに何故そんな早い時間から押しかけて来ていたかと言えば答えは単純、夕食では屋台で売られているようなものが食べたかったからだという。おかげで趙雲の夕食になるはずだった冷やし中華は延期たった。 「おい、まだ見つからないのか」 「んー、多分この辺に……」 待ちきれずに台所へ覗きこみに来た馬超に生返事をしながら上の棚を趙雲は漁る。 ここにはあまり頻繁に使わないものがしまい込まれている。はかりだとかフードプロセッサーだとかそのような類のものだ。 「あ、あったあった」 それらをかき分け、目的の箱を引っ張りだすと脚立から下りた。 置きっぱなしだったまな板をどけて置いたその箱の中身は、夏に大活躍かき氷を作るあれである。 「馬超、氷出してくれないか」 「ほら」 箱から中身を取り出しながら頼むと、予想以上に早い返事。横に顔を向けると氷を持った馬超がスタンバイしている。そわそわと落ち着かない馬超に苦笑してお礼を述べると、氷をしっかりとセットした。そこに馬超がすかさず器を滑らせる。 くるくるとハンドルを回すと、削られた氷が器に積もってゆく。それは季節外れの雪のようで、涼しげな雰囲気を運んできてくれる。 「これくらいでいいか?」 「ん」 半分ほど削り、適度な山になったそれを馬超に押しやると、彼は早速冷蔵庫から赤いシロップを取り出して上から垂らす。ごりごりと再び氷を削る趙雲の目の前で馬超はさらに上から練乳を絞る。 のだが、 「かけすぎじゃ、ないかそれ……」 「そうか?」 赤が隠れて白くなったそれを前に首を傾げて見せる馬超が趙雲には理解できない。想像するだけで甘ったるそうなそれから視線を引き剥がすと趙雲も赤いシロップを少し垂らした。 じわりとゆっくりと染めてゆくそれは綺麗だ。スプーンを馬超に手渡すと彼は部屋の電気を消した。 「よし、じゃあ見ようか」 馬超が頷くと大きな音がひとつ響き、数瞬遅れて咲いた花の花弁が暗い部屋にかすかに入ってきた。 7月中にやった文章練習 2013/7 |