「あの、趙雲さん…」 「………」 今日も1日しっかりと働きました、とそんな満足感とともに趙雲は自分の住むアパートへと帰ってきたはずだった。先程までは心地よい疲労感を抱え、これから風呂でその疲れを溶かし、柔らかい布団でさっさと寝ようと考えていた。 しかしそんな趙雲の目の先、自宅のドアの前には人影が2つ。片方は困り切った表情、もう片方は暢気にあくびをかましている。 その暢気な彼の肩には小さな子ども。 先程までの心地良い疲労感が一瞬でどろりと重たい疲労に変わったような気がして、趙雲は思わず大きなため息をついてしまった。 この世には見えるものと見えないものがある。 それは趙雲にとって物心ついた頃からの常識であった。その見えないものとは、具体的にはいわゆる幽霊だったり妖怪だったり神様だったりとさまざまである。そして彼ら、特に妖怪や神様は人間以上に気まぐれだ。 幼い頃から現在までの(不本意ながらも)長い付き合いなので、彼らへの対処法もしっかりと身についている。手っ取り早い話、相手にしなければいい。見えない聞こえない感じないを態度で示せばいいのだ。神様や敏感な妖怪は別として、幽霊相手ならばこれで十分凌ぐことができる。趙雲はそうして見えないものたちをできる限り避けて生きてきた。 しかしそれも彼、馬超と知り合うまでである。 ここまで憑かれやすい人物というのを趙雲は今まで生きてきてお目にかかったことはない。 一言で言えば磁石である。これで全く視えないというのだからにわかには信じられない。趙雲の経験上で言うならば、しっかり視えていてもおかしくない分類に入る人物である。 そして一番困るのは磁石のくせに自ら砂鉄の中に飛び込むような真似をすることなのだ。毎回神経をすり減らすのは従兄弟の馬岱と、ご近所さんの趙雲であることを果たして彼はわかっているのか。 とりあえず趙雲が馬超に言いたいことは「自分は払い師ではない」ということだ。 ひたすら謝り倒す馬岱を何とかなだめてから2人を部屋に入れるとお茶を淹れる、が途中で馬岱に急須をひったくられてしまった。 せめてこれくらい、と彼は言うが気にすべき人は間違いなく彼ではない。 馬岱が丁寧にお茶を淹れている間に、趙雲は馬超の正面の席に腰を掛けると彼を、正しくは彼の肩にいる子どもを見つめた。 男の子で年の頃は両手からはみ出るか収まるか、不安げな表情で馬超にしがみついている。こうもこの類のことに鈍感な人なのに、なぜここまで懐かれているのか甚だ疑問である。 と、その子と目があった。 そのまま見つめ合うこと1、2、3。 『お兄ちゃんぼくがみえるの?』 「趙雲、」 馬超の声に隠れてか細い声が届く。馬超には申し訳ないが彼は後回しだ。 趙雲はその子と目を合わせると穏やかに笑って頷いた。 「視えているし聞こえているよ」 再び無言で見つめ合う。馬超は空気を読んだらしくただ黙って座っている。 ことり、と目の前に急須が置かれるのと、伸び上がって馬超の前に湯のみを置く馬岱の頭部をその子が通過するのは同時だった。 『お兄ちゃん!』 「うわっ!」 「えあっ!?」 ぎゅううううっと全力で首にしがみつかれる。何かが通過する感覚を感じたらしい馬岱が今まさに手を離そうとした湯のみをひっくり返した。馬超の目には驚いてのけぞった趙雲と、いきなり何かに驚いて湯のみをひっくり返した馬岱という奇妙な光景が映っていただろう。 さてどうすべきか、と慌てて布巾でテーブルを拭く馬岱を眺めながら趙雲は考える。しかしとりあえず馬超からこの子を離すという当初の目的は達成しただろう。(触れないので)頭のあたりに手をやって動かし、その子をよしよしとなだめる。子どもの相手自体はそれが仕事だから慣れたものだ。 「あ、やっぱり今の若から離れた霊だった?」 「うん、今日はこの子だけみたいで。まあ2人に初めて会った時に比べたら…」 「もういいのか?」 「あっ若それ趙雲さんのだって!」 趙雲の前に置いてあったお茶を馬超は当たり前のように飲んで言う。馬岱は咎めるが趙雲の方は慣れたものだ。 苦笑しながら頷いた趙雲であったが不意にその笑みの質を変えた。 「…で?今度は何をしたんですか?廃病院に肝試し?街外れの山の奥にでも?こっくりさんをやったんですか?ああいう半端なものほど寄って来やすいからむやみにやらないようにと忠告してあるはずなんですが。あ、それともどこか噂の心霊スポットに行ったとか?」 心霊スポット、のところでぎくりとした馬超に趙雲の笑みは深くなる。趙雲が挙げたのはすべて過去にあったことだ。ちなみに街外れの山は、昔から人ではない類のものたちがひっそりと過ごしていることで有名である。もちろん噂ではないことを趙雲はよく知っている。 はあ、と趙雲はため息をひとつこぼした。今優先すべきはこちらではないし、馬超のことは馬岱に任せておけば大丈夫だろう。 「とりあえずこの子の話を聞いてくるから…あ、馬岱君馬超のことよろしくね。こってり絞ってやって。好きなだけここにいていいから」 「まかせてください」 馬岱からとても頼りになる一言を貰ったところで、趙雲は子どもを首にぶら下げたまま立ち上がった。 助けを期待するような馬超からの視線には笑顔を返してやる。 「では、私はこの子の話を聞いてくるので馬超は馬岱君の話をしっかり聞いてくださいね」 もちろんそんな馬超の願いをばっさりと切り捨てると趙雲は子どもと隣の部屋に引っ込んだのだった。 どのジャンルでも一度はやりたくなる視えちゃうパロ。しかし馬超は視えないと思うんだ…。 馬岱は視えないけど気配とかで分かるくらい。他の人達も出したいなぁ… 2013/3/19 |