「子龍、いい加減に諦めろ」
「……なら孟起だったら諦めがつくのか?」
「俺は勝ったから知らん」
「…………」
 趙雲が住むアパートの部屋。そのベッドの上に膝を抱えて座っている趙雲の背中に楽しんでいるような声が投げかけられる。それに対して発した言葉は、言った本人である趙雲の耳にも拗ねたように聞こえたのだ。馬超の耳にはもっと明確にそれが感じられたに違いない。現に馬超からの返事には若干の笑みが含まれている。
 その声から馬超の浮かべている表情は容易に想像できたので、趙雲は頑なに背を向け続けていた。


 一体何があったのか。
 ありのままを説明するのならば、「趙雲が馬超にじゃんけんで負けた」である。
 あいこにもならなかったので一秒で決着の着いた勝負だった。
はたから見れば「何だそんなことか」と呆れ返ることだろう。しかし二人にとっては「そんなこと」ではなく、待ったなしの真剣勝負だったのである。

 これを説明するには馬超との関係を説明せねばなるまい。
趙雲と馬超は世間一般で言う幼馴染であった。であった、と表現したのは趙雲も馬超もそのことをつい最近まで綺麗さっぱり忘れていたからである。
 幼い頃は一緒に遊ぶ機会もあったのだが、趙雲が親の都合で引っ越してしまったのだった。それから大学で偶然の再会を果たすまで音信不通だったならば、記憶の底に埋もれてしまうのも仕方ない。
 更に言うのならば、馬超曰く彼の記憶の中の趙雲と今ここにいる趙雲が一致しなかったらしい。どうやら馬超は幼い趙雲を女だと思っていたようだった。たしかにあの頃の子どもならば男女間違えても仕方ないのかもしれないが、言われた方としてはあまりいい気がしない。言われた時思わずグーが出てしまったほどだ。あのあとはしばらく険悪な空気が続いた。
 ともかく大学で二度目のはじめましての後に幼馴染であったと気づき、その後紆余曲折を経て恋人同士と呼べる間柄となって今に至る。

 まだ恋人ではなく友人としての付き合いだった時はお互いの部屋を行き来はしていたものの、関係が変わってからは自然とお互いがそれを避けていた。ふたりきりになれるような空間に入ってしまえば、抑えていた諸々が我慢できなくなってしまうとわかっていたからだ。だからお互いそのことについてあえて指摘していなかった。
 しかし今回とうとう趙雲が馬超を自分の部屋に呼んだ。一緒に飲まないか、なんて口実だ。しかし馬超は余計なことは何も言わず、久しぶりにと笑って頷いた。
 飲み始めは気まずい無言に満たされた空気も、時間が経てば今までのような心地良いものへと変化してゆく。完全に緊張がほぐれ、買い込んだ酒もすべて空になって、無言になったところで空気が変わる。ようやく、と心臓が早鐘を打ったのだが。

 しかしいざというところで問題が起きたのだった。
 直前になってどちらも自分が上になると当然のように考えていたことが判明したのである。もちろん話し合いなどで解決するわけがない。いくら好いた相手であろうと譲れぬことはある。
 譲る気もなければ話し合いで解決するようなことでもない。だからこそのじゃんけんだったのだ。結果は冒頭のとおりである。





「ともかく勝ったのは俺だ」
 永遠に続くと思われた、時が止まったかのような空白を再び動かしたのは馬超だ。
 きしり、とベッドが軋む音と趙雲の傍でベッドが沈む感覚を同時に感じて焦って振り向こうとしたが、後ろから覆いかぶさってきた馬超に遮られた。
 じわりと伝わる熱がおかしな方向に趙雲を煽り、余裕を残らず食いつぶす。
「待ったストップ!まだ心の準備が…!」
「ここまできてできていない準備なんぞいらん」
 さらに言葉を重ねようとするが、馬超の手が頬に添えられぐいっと彼の方を向かされるとそのまま強引に口を塞がれた。
 無理な状態での口づけのせいで苦しい。空気を求めて口を開けば、そこに入ってきたのは求めていたものではなくぬるりとしたもの。馬超の舌だ。
「ふぅ、んんっ!んぅん!」
 ますます追い詰められ舌を追いだそうと抵抗を試みるも、それがかえって馬超を煽ることとなってしまったようだ。趙雲の口内を荒らす馬超の舌はますます動きを大胆なものへと変えてゆく。直接内側に響くような水音がいたたまれない。
 酸欠で次第にぼんやりとしていく意識の中でいつのまにか頬から後頭部に移動していた馬超の手に、限界を訴えるように緩く爪を立てるとようやく解放された。
 荒い息のままぐったりと馬超に寄りかかると、趙雲の体をしっかりと閉じ込めた彼が片手で器用にシャツのボタンを弾いていく。慌ててその手を握って阻止しようとするも、もう片方の手がその手を拘束した。
「ちょっ、」
「負けたのはお前だ」
 直接耳に言葉を流し込まれて息を呑む。それをしっかりと感じ取ったらしい馬超はそのまま耳朶に歯を立てた。先ほどよりもはっきりとした刺激に、引き攣ったような声が勝手に喉から漏れる。
 そして趙雲が怯んでいるスキに馬超はさっさとシャツを引剥がしてしまった。そのままその手で自身のシャツもガバリと脱ぎ捨てる。
 再び抱きかかえられると先程まで布地を通して感じていた、よく知った体温が直に伝わってきた。趙雲よりも少し高い、何よりも安心する温度。それはどんな状況でも変わらないらしい。趙雲は無意識に強張っていた力を抜いて息を吐いていた。それに馬超が苦笑する。
「そろそろ諦めてもらわないと、俺も我慢が利かない」
 この場の雰囲気にそぐわないほどの柔らかい声は、不思議なほどすっと趙雲の中に沁みこんだ。あれほどまでに諦め悪く趙雲の中に居座っていた感情が霧散していくのを感じる。あとに残ったものは、この先の行為に対する期待とほんの少しの緊張感。次の時はこっちが上になってやる、と密かに心に決めた。
 自由な手で馬超の後頭部をとらえると首をひねってくちづける。それを合図に趙雲は馬超に押し倒された。







 いくら抱かれる覚悟を決めたからといって、それが体に反映されるかと言ったらそうでもない。

「子龍、あまり固くなるな」
 うごかしづらい、と熱く湿っぽい声で続けられるが、趙雲からすれば返事どころではない。きつく口唇を閉じて首を横に振った。
 散々あちこち弄りまわされ、自分も知らない泣き所を引きずり出された。声を抑えようと手を口元に持ってこようとすれば、趙雲の陰茎を緩く上下していたその手でシーツに縫い止められる。今口を開けたら漏れるのは聞くに堪えない声だと容易に想像できた。できたからこそ馬超の行為が憎たらしい。
 馬超の唇が耳から首筋、鎖骨まで降りてきてきつく吸い上げる。
「は…っ、っ、ひっ」
 ちりっとした痛みに気が逸れた瞬間、ズッと潤滑剤を纏った二本の指が更に深く入り込んでくる。
 宥めるように、ゆっくりと探るように、ゆるりと中の壁をなぞる指が生み出すそれは快感からは遠い。違和感に苛まれながらも息だけは止めないように意識して吐き出した。
「痛いか」
 肌にあたる吐息さえも敏感に拾って反応してしまう。
 趙雲はゆるゆると首を振って大丈夫だと伝える。そして後孔からは意識をずらして、強張った体から何とか力を抜こうと上からの刺激に集中しようとしたのだが。
「っ、…ぅ、ぁああっ!?」
「ここか?」
 吸った息を吐こうとしたまさにそのタイミングで中の指が一点をとらえる。
 止める間もなく自分でもはっきりと分かるほど艶のある声をこぼした。そのまま2度、3度と押し上げられ、背中が撓る。強い刺激に腰は逃げを打つが、縫い付けられていた手が解放される代わりに骨盤のあたりをしっかりととらえられた。
 今までの違和感などあっさりと呑み込んでしまうほどの、剥き出しの神経に流し込まれるような恐ろしいまでの刺激。陰茎を擦られるのとは種類の違うそれは、瞬く間に趙雲を快楽へと突き堕とした。
「や、め、アぁっ、―――っ」
 二本の指に絶え間なく神経を嬲られ視界が滲む。咄嗟に馬超の背中に腕を回して背中に指を立てると、馬超の熱が太腿の内側に擦り付けられてゾクリと背中を何かが走る。奥歯を食いしばり堪えるように息を詰めると、腰を掴んでいた手が降りてきて指が陰茎に絡みついた。
 溢れる先走りを塗りこむように先端を指がなぞると、後孔からの快楽と混ざり合って意識が白く灼ける。そのまま鈴口に爪をたてられれば堪えることなどできるはずもなく、解けた唇から掠れた高い声を漏らして白濁を吐き出した。
 馬超の背中に回していた腕がずり落ち、シーツを打つ。片腕で目を隠し、喘ぐように息を吸った。

 しかし勿論それで終わりではないのである。
 シーツにぐったりと身を沈める趙雲の後ろからずるりと指が抜けていくと、間を置かずに足が肩にかけられてひたりと熱が押し付けられる。ひくり、と体は反応するが、射精後では力が入らず体が強張ることはない。
「入れるぞ」
 確認というよりは宣言だ。
 趙雲が頷くよりも早く馬超の熱が押し入ってきた。指よりもはるかに質量のあるそれはゆっくりと、しかし動きを止めることなく奥へと押し進んでいく。
「ァ、…っ、ん、ん、ふ…、ぅ、…っ、」
 息が詰まりそうになる。しかし馬超が漏らす荒い息が、なんとか趙雲に息をすることを促していた。
 あつい、あつい。
 趙雲の頭にはそれしかない。焼き切れて意識がはじけ飛んでしましそうだ。
 やがて太腿の付け根のあたりにざらりとした感触と湿った肌同士がぴったりと重なる感触。滴がひとつ、顔に降ってきた。
 更に馬超の顔も降ってきて噛み付くように唇が合わせられる。趙雲も再び馬超背中に腕を回すと、それに応えるように舌を伸ばした。合間に漏れる喘ぎと息がまるで獣のようだ、と頭の端っこに浮かんだがすぐに押しつぶされる。
 散々に舌を吸い上げられ噛み付かれ噛み付いて擦り合わせて。離れた唇同士を銀糸が繋ぐ。
 ぷつりと切れたそれが合図になった。
 ず、と一気にぎりぎりまで抜かれ喪失感で背筋が粟立つ。きつく目を瞑って堪えるが、出て行った時と同じように一気に突き上げてきた熱は正確に中のしこりを擦り上げた。
「あァっ……―――…っ!」
「は、」
 目の前で火花が散った。肩にかけられている足が空を切る。跳ね上がる腰はガッチリと押さえつけられ、更に抜き差しを繰り返される。
「あ、あっ、やっ、や、待っ、はぁアっ…!」
「待た、ない…っ!」
 馬超の熱は狙いすましたように中の神経を擦り上げていく。声を抑えることができるような刺激ではなく、趙雲は押し出されるように欲にまみれた声を吐き出した。
 更に、馬超が荒い息の合間に絞り出した声は、耳から入って趙雲の腰を叩く。中の熱を締め付けてしまうのが自分でもわかってしまった。
 一瞬息を詰まらせた馬超が趙雲の陰茎をとらえると、射精を促すように擦り上げる。中の神経を嬲るだけでは快楽に天井が見えなかったが、前への刺激でようやく限界が見える。
 堪えるように強張る趙雲の足で、馬超も限界を感じ取ったらしい。中から抜くように動かした熱がひときわ深く押しこまれ、同時に馬超の指が強く趙雲の先端を抉った。
「ぁ、―――――〜〜…っ!」
「ぅ、あ、」
 電流を流されたように仰け反り、声も出せずに達すると数瞬遅れて馬超がかすかに声を漏らす。中に叩きつけられた白濁すらも刺激になりひくんと腰が跳ねた。

 荒い二人分の息だけが耳に入っていたが、やがてある程度息が整ったところで馬超が萎えた陰茎をひきずり出した。出ていく動きと、中に出された液体が流れる感触に息を呑んで堪える。しかしすぐに趙雲はじとりと馬超を睨みつけた。
「…中に、出したなお前……」
「安心しろ掻き出してやる」
「丁重にお断りする」
 馬超の提案を即座に切り捨てると重い体を叱咤して起き上がり、床に足をつく。本気で実行される前に自分で処理してしまったほうが安全だ。雰囲気もへったくれもないと言われようが知ったことか。
 しかし足腰は趙雲の思い通りとはいかないようで。立ち上がろうとするものの、そのままぺたんと床にへたり込んでしまった。
 完全に足腰が立たなくなってしまっていた。目を瞠る趙雲に馬超が吹き出す。
「本当に断るのか?」
「…………」
 キッと睨みつけるとニヤニヤ嫌な笑みを浮かべる馬超がこちらを眺めている。
 絶対に嫌だ。頼みたくない。しかし馬超に頼まないと移動すら儘ならない。趙雲に残された道はひとつ。
 次のじゃんけんは必ず勝っていじめ倒す、と心のなかで誓うと、恥を忍んで馬超に手を貸してくれと頼むのだった。
 






基本的にどっちがどっちって明確に決まってないよという関係っていいね、と思って。馬超が勝ちっぱなしでなく趙雲の逆襲も絶対あるよねこれ。

2013/6/25