穏やかで暖かな春の空気は人に睡魔を運んでくる。特に昼下がりは1日のうちでいちばん暖かく、睡魔にたやすく支配される時間帯である。それは趙雲も例外ではなかったようで、日差し柔らかな昼下がり、寝台の上でうとうとと夢と現の間をさまよっていた。
 普段の趙雲ならば、いくら休日だといえども昼間から寝台に横になる、などはまずしない。しかし今日は暑くもなく寒くもなく、時折優しい風が開けた窓から入ってくる、そんな穏やかな日だ。
 誘惑に負けてしまうのも仕方ないのではないか。
 そう自分に言い訳するように言い聞かせて寝台に身を横たえた、というわけであった。

 すでに意識は半分以上が夢へと沈んでいるが、完全に眠ってしまっているわけではない。瞼を押し上げることはできないが、沈みきったわけではない、ふわふわとした曖昧な状態が心地よい。
 趙雲は緩慢な動きで寝返りをうつと部屋の入口の方に背を向けた。じんわりと趙雲を温める温度が更に深いところへと沈めてゆき、本格的に眠って、

(……?)
 しまいそうになったところで、誰かが部屋に近づいてきた気配を感じて若干意識が浮上した。
 誰か、と言っても趙雲の了承をとらずに邸の奥にあるここ、趙雲の自室まで入ってくることができる者は一人しかいない。趙雲、と開け放していた扉を叩きながら呼ぶ声は、まさしく趙雲の予想通りの人物であった。
 侵入者はしばらく入口で立ち止まっていたが、いつまで経っても反応を示さない趙雲にしびれを切らしたらしい。
「おい趙雲!」
 先程よりも少し大きな声で趙雲を呼び、ずかずかと部屋に入ってくる。が、あいにく睡魔は返事することさえ許さぬほどに趙雲を支配している。かろうじて口から漏れたのはううん、と唸るような声だけだ。
 放っておけば飽きて出て行くだろう、と霞がかった頭で勝手に結論付ける。というより何かを考えられるほど頭が動いていなかったから結論を投げただけだ。しかしそんな結論は勿論外れるのだった。

 控えめな足音が寝台に近づいてきて、背を向けている趙雲のちょうど腰の辺りに腰掛ける気配。顔の正面辺りに手をついたらしいと思えば、頬に少しかかっていた髪がすくい上げられ丁寧に後ろへと流される。
 馬超は趙雲の髪を弄るのが好きらしい。特に趙雲が髪をおろしていると、必ず手を伸ばしては好き勝手に弄り倒す。けれど別に髪を触られることが嫌いなわけではないので、特に何か言ったりはせずに好きにさせている。
 趙雲の髪を扱う馬超の手はやわらかな雰囲気で満たされており、趙雲にこの上ない安心を与える。普段の力強さからは想像もできないほど優しいそれは、少し浮き上がってきていた意識を再び夢へと沈めていく。
 趙雲よりも温度の高いその手は、その後も趙雲の髪をゆっくりと数度梳いてから頬に移動して指で輪郭をつくる骨をなぞった。まるで確かめるように、同じ所を何度も行き来する指は、顎に到達するとくすぐるように動く。ごろごろ喉を鳴らす猫の気持ちがわかったような気がした。
 しばらく顎のあたりをくすぐって満足したらしい指は再び輪郭をなぞるように頬に戻っていく。すこしこそばゆい、情事の最中にされれば快楽につながる仕草も、今はただ心地良い。
 趙雲は無意識のうちにその手へとそっと擦り寄っていた。
 少しかさついた、自分と同じかたくなった手。それが何よりも心地良い。

「…子龍」
 そっと、耳へ直接流し込まれた声が全身に染みわたる。
 馬超に声を返したかったが、体の隅々まで睡魔がゆき渡った状態では吐く息に溶けるようなかすかな声で精一杯だ。
 と、先程まで輪郭をなぞっていた指がぴたりと止まった。
 耳をくすぐっていた吐息はゆっくりとおりてゆき、耳のすぐ下の首筋で止まるとやわらかな感触が押し当てられる。
「、んぅ……」
 唇か、と鈍い頭が判断するときには、まるでむずがるような声がこぼれていた。
 しかし馬超はそれにかまわず、押し当てたまま唇の隙間からぬるりとしたもので首筋をなぞる。舌だ。ぞわりと背筋を何かが走る。鼻にかかったようなかすかな声が漏れた。
 ねっとりと首筋を往復し耳を食む唇に少しずつ趙雲の呼吸は乱れ、溢れる声は徐々に増えてゆく。先程までの穏やかな空気は、いつのまにか息苦しいほどに凄艶で濃厚な空気に変わっていた。
 趙雲の思考もすっかり現に引っ張りあげられていたが、体はまだ夢に浸ってしまっているようで全くいうことを聞いてくれない。時折ぴくりと指先が反応を示すが、あくまでそれは反射的なものだ。趙雲の意思ではない。
「子龍……、し、りゅう…」
「あ……、ん、……や…っ……」
 抑えようとしても意に反してするすると溢れていく声に、いよいよ趙雲が焦燥を覚えたその時、ぐいと馬超の手によって顔を天井へ向かされた。そして間髪をいれずに喰らいつかれる。
 緩く閉じていた趙雲の唇をいともたやすく割り開いた馬超の舌は、入ってきた勢いのまま趙雲の舌を絡めとる。吸い付き、やわく歯をたて、そして口内を蹂躙するそれに濡れた声を漏らしていたが、ざらりと上顎を撫でられとうとうびくんと背中を撓らせた。
 それと同時にようやく体は趙雲の支配下に戻り、早速仰向けになって馬超の肩を押しのける。
 案外素直に馬超は引いてくれた。
「な、にするんだ…!!」
 息も絶え絶えでなんとか抗議するが、そうしている間にも馬超は趙雲の顔の両わきに肘を折ってつき、逃げ道を断つ。まだ思うように動かない体では馬超から逃げることはとてもではないが不可能だ。
「お前が悪いのだぞ子龍。どこからどう見ても手を出してくれと言っているようなものだった」
「目を病んでいるのか?」
 にやりとこちらに嫌な予感を抱かせる笑みに、鋭く言葉と視線を突き刺してみるもあっさりと無視される。
 これはまずい。大変まずい。
 とにかくどけろと口にするも黙殺された。それどころか顔を喉元までおろして喉仏に歯をたてられる。びりり、とつま先まで走る何かにひっと息を呑むと、それに気を良くしたらしい馬超がさらに同じところを甘咬みする。
 微弱な刺激が断続的に趙雲を遅い、じわじわと少しずつ追い詰めてゆく。
「この昼間から…!!何を、考えているんだっ!」
 体が意思に反して跳ね上がり喉の奥から吐息のような声が押し出される。
 流されたくなどないのに馬超が唇を落とし、舌を這わせるたびに過敏に反応する体が憎らしい。しかもいつもよりも感覚が研ぎ澄まされているような気がしてならない。
「昼間だからまだまだ時間はたっぷりあるな」
「こ、この…っ!!」
 変態と罵ろうとしたところで着物の合わせからするりと手が入り込んできていよいよ危ない。このままではあっさりと身ぐるみ剥がされて抵抗する暇も与えられず事に及ばれてしまう。そうなるくらいなら、と趙雲は腹を括った。

「ひ、るはやめろっ!!」
「それは今夜の誘いだと受け取るが?」
「そう、聞こえなかったか?」
 まるで肉食獣のような視線が趙雲を刺す。まっすぐとその目を見つめ返す己は果たして彼の目にどのように映っているか。
 どう転んでも食われるくらいならば、夜に食われたほうがずっとましである。
 しばらく至近距離で見つめ合っていたが、やがて馬超がすっとその身を趙雲の上からどかした。無言の承諾である。
 なんとか危機を脱した趙雲は安堵の溜息をついたが、そこに馬超がすかさず釘を刺す。
「今は馬岱がいない。夜に俺の邸に来い」
 はいはい、と諦めの混じった投げやりな返事をしながら起き上がり服を整える。そんな趙雲にそうそう、と馬超が続けた。
「今日早く眠りたかったら頑張るのだな。少なくとも俺は寝かせるつもりはない」
「んなっ!私は明日朝から執務です!」
「俺もだ安心しろ。それにお前次第ではちゃんと睡眠もとれる」
 続いた言葉はとんでもないものだった。こっちが自ら食われに行くというのに骨までしゃぶる気でいるらしい。鬼だ。鬼畜の極みだ。
 射殺せそうなほどに睨んでやると、にやりと笑って今すぐ食われたいのかと返され言葉に詰まる。圧倒的に不利だ。主導権はすでに欠片も趙雲に残っていない。
「まあ今夜は楽しみにしている」
 獰猛な笑みでしっかりととどめを刺した馬超はそのまま上機嫌で趙雲の部屋を後にした。
 残されたのは場違いなほど暖かな日差しを相変わらず浴びている趙雲である。
 いやだ、行きたくない。しかし一度自分から言ったことは取り消せない。 趙雲は起こした身を再び倒すと目を閉じた。今のうちに寝ておこうなどという悪あがきである。しかし先程までとは違って何時まで経っても睡魔は訪れないのであった。

 その日、しっかりと睡眠をとれたかどうかは当事者のみが知ることである。



そのまま昼からするのかとひやひやしたけど回避。趙雲頑張れ

2013/6/7