まだ夜が明けきらない時間帯に趙雲は目を覚ました。
 今日は午後からなので二度寝できるのだが、頭のほうがすっかりと目覚めてしまったらしくもう一眠り出来そうもない。睡眠は早々に諦めると趙雲は緩慢な動きで起き上がる。
 体にかかっていた掛布が持ち上がり、こちらに背を向けていた馬超がもぞもぞ動き出した。剥き出しの背中を晒せば寒かろう。上半身を晒している趙雲だって肌寒い。
 馬超はしばらくもぞもぞ動き掛布を体に巻きつけようと奮闘していたが、趙雲が奪われることを阻止すれば渋々起き上がった。
「はだざむい…」
「奪われたら私もさむい。服を着ればいいだろう」
 まだ眠さの残る声で文句を言いつつ掛布をなおも奪おうとする馬超に趙雲も負けじと鷲掴む。先に諦めたのは馬超の方でぐぐっと伸びをした。
「まだ早い時間ではないか。今日は午後からだったはずだが」
「目が覚めてしまったんだ」
 くあ、とあくびをひとつこぼせば本格的に活動しようと意識が切り替わる。馬超も文句を言いつつも二度寝する気はないようで、髪をくしゃくしゃとかき回していた。
 が、唐突に馬超がこちらに手を伸ばしてきた。彼の指は首の方から肩をすすす、と滑る。ぴりりと滲みるような痛みを肩に感じた趙雲はさっと顔色を変えた。
「あっまさか…!」
「まあ、最中は血が出ていたしな。がっつりついているぞ、歯形」
 ぎりぎり隠れるから大丈夫だとのたまう馬超にしっかりと拳で鉄槌を下すと、趙雲は散らばった服を拾うために寝台を下りた。ふと目に入った己の太腿にも痛々しい痕が残っていて気が遠くなる。しかし、彼に文句を言ったところで反省するとは思えない。
 服に手を伸ばした腕、他よりも白く皮膚の薄い二の腕の内側にもしっかりと歯形がついていた。こうもあちこちにつけられるとさすがにいらいらして馬超を睨む。
「にしても痛そうだなそれ」
「自分でつけておいてよくそんな言葉が吐けるな。だったら手加減しろ」
「無理だな。噛んだときに上がる声とその後見る歪んだ表情にはくるものがある」
「一回死んできたらどうだこの悪趣味が」
 思わず趙雲は拾ったばかりの服を馬超の顔めがけて投げつけた。





 本当に馬超には困ったものである。
 いつも以上にきっちりと身なりを整えた趙雲は、筆を動かしながら眉間にしわを寄せる。歩いたり動いたりするたびに服が歯形にこすれてひりひりするのだ。もし服に血でもついていたらぶん殴ってやりたい。
 特に手酷く噛まれた肩を気にしつつさくさくと書簡の山を崩していく。
 あと少し、というところで控えめに扉が叩かれた。入るよう促すと入ってきたのは姜維だ。
「お疲れさまです。あ、やっぱり残り少ないですね」
「やあ姜維。何か用事があったのか?」
 一度筆を置いて彼に向き直るが、そのままでも大丈夫ですよと言われ、お言葉に甘えて再び筆を持つ。
「出来上がった書簡を回収しに来ただけなので」
 よいせ、と束を一気に持ち上げた姜維に趙雲はピタリと手を止める。普段から趙雲は自分で持って行っている。回収しに来たことなど今までないのだが。
 それに姜維だって暇な身ではないだろう。なにせあの諸葛亮の弟子である。諸葛亮が忙殺されていれば、彼ほどではなくとも死ぬほど忙しくなるはずだ。
「後から自分で持って行こうと思ってたのだが……。それに姜維だって暇じゃないだろう」
「私の方は息抜きにもなりますから。それに体の調子が悪いのでしょう?無理はいけませんよ」
 己の言葉にすかさず返ってきたあまりにも予想外な答えに趙雲はビシリと固まった。
 確かに調子が悪いといえば悪いのかもしれない。どこぞの誰かが手加減なしに噛み付いてくれるためあちこち傷跡だらけだ。しかし時々戦場で負ってくる傷と比べれば怪我にも入らない程度であることは間違いなかった。小さな傷だからこそ気になってしまうものではあるのだが。
 そして念の為に言っておけば昨日のことを知っているのは勿論当事者だけである。つまり趙雲と馬超だけだ。
 一体彼はどこまで知っているのか。背中を冷たいものが伝う。
「…どうして私の調子が悪いと思ったんだ?」
 手元に視線を落としたまま、精一杯いつも通りを装って尋ねてみる。尋ねるだけでも冷や汗ものだ。
 幸い姜維はこちらには気づいておらず、意識は書簡を数える方向に向いていたようだった。
「体のあちこちを気になさっていたようなので。怪我でもなさったのですか?」
 姜維の核心を突いた質問に心臓がひとつ跳ねる。
「いや、怪我とかではないんだ。心配するようなことは何もないから大丈夫だ。すまないな、わざわざ」
「そうですか?ならばいいのですが。あ、しかしこれはついでに持っていきますね」
「助かる。ありがとう姜維」
 意識し過ぎて逆に平淡になりすぎてやしないだろうか。書簡に向かっているのに手は全く動かない。
 だが姜維はそのまま失礼しました、と部屋から出て行った。静かに扉が閉められて気配が遠ざかっていく。
 趙雲は筆を放り出すと机に覆いかぶさるように脱力した。寿命がいくらか縮まったような気がする。
 やはり一発殴っておこう、と趙雲は心に決めたのだった。






 その後数日経ち、再び馬超とともに寝台に入ったのは馬超がつけた噛み痕が目立たなくなった頃だった。
 身につけていたものはお互いすっかり脱ぎ捨て、馬超は仰向けになった趙雲の足の間に陣取っている。
 右手は趙雲の中を解し、左手は反応し始めた陰茎をゆるゆると上下に擦る。焦れったい刺激に少しでも身動ぐと、馬超の顔が下りてきて太腿の内側に歯を立てる。それに趙雲が呻き声を殺して堪えると更に歯は食い込み、堪えきれずに濁った声を上げると満足するのか離れていく。そして離れた後も脈打つような痛みに顔をゆがめる趙雲をうっとりと眺めるのである。本当に悪趣味だ。
 繰り返し与えられる快楽と苦痛ですっかり息があがり、ぐったりと横たわることしか出来ない趙雲に馬超はニヤリと嫌な笑みを浮かべると刺激を流しこんでいた両手を止めた。
 そして左手を趙雲の左太腿に添えると、舌で太腿の内側にくっきりとついてしまった歯形を抉る。
「っ!」
 ぴりりとした痛みが走り、ビクリと足が反応する。だが同時に背中を駆けぬけてゆくかすかな刺激に趙雲は歯を食いしばった。
 何、だ、今のは。
 微弱だが無視することができる類のものではない。今まで感じたことがない感覚だった。
 現在の状況をつかの間忘れ、思わず考えこむ。が、
「いいのか、気を逸らしていて」
 ただ中に入っていただけだった指が不意に折り曲げられ、的確に中の神経を押し込まれた。
「っあ!」
 自分でも嫌になるような高い声が飛び出るが、それくらいでは馬超の手は止まらない。散々に嬲りながら、さらに趙雲の顔を上から眺めてくる。腕で顔を隠せば太腿から離れた手が引き剥がす。そして掴んだ腕に容赦なく歯を立てられる。
 息の詰まったような苦しげな声で苦痛を訴えると更に力が込められた。またしても背筋を刺激が走る。びくっと掴まれた手が強張ったが馬超には幸い気づかれていないようだった。
 しかしそれに安堵している余裕はない。音が鳴りそうなほど歯を食いしばると、上から見下ろしている馬超がそれを宥めるように口をふさぐ。そして歯列をなぞって力を緩めるように促され、趙雲は口を開くと馬超の舌を絡めとった。鼻から抜けていく声が恥ずかしい。馬超が角度を変えて食らいついてくるのを享受すると緩く舌を食まれた。刺激が背筋を走る。
 放ったらかしにされている陰茎は痛いくらいに張り詰めていた。
 ようやく唇を離すと馬超の手は更に趙雲を追い詰める。
「う、あ、あ、あっ」
 ゆっくりと、しかし確かな力で神経を擦り上げられ腰を浮かせて仰け反る。
 と、その瞬間、前回一番手酷く噛まれたその場所に激痛が弾けた。
「あぁアッ―――――!!」

 中を嬲っていた指がぴたりと止まる。すぐに歯を離した馬超は目を見開いて趙雲を見下ろしていた。
 趙雲が漏らした声は中の神経を弄られるよりもずっと甘さが乗った高い声だった。
「ふ、ぅ、は……っ…」
 ひくひくと余韻に体が小さく勝手に跳ねる。ぼんやりと馬超を眺めていると、彼の視線がすい、と下半身の方に流れた。
「お前…、」
「……?」
「果てたのか?今ので?」
 そう言うと馬超は掴んだままだった腕を放し、趙雲の腹をなぞる。ぬるりと指が滑る感覚が伝わり、彼が言うことが真実だと伝えていた。
「何だ、痛い痛いと言っておいて感じていたのか?」
「違っ」
「じゃあこれは何だ?」
 ぼんやりとした感覚は一瞬で吹き飛び反射的に否定の言葉を吐くが、にんまりとした馬超が再びぬるりと指を腹に滑らせる。趙雲が顔をそらすと、馬超は中に飲み込ませたままだった指をもったいぶるようゆっくりと引き抜いた。ひくりと腰が小さく反応したが、馬超はそれを気にも留めず、噛みやすいよう晒される形となっていた先ほどの噛み痕に舌を押し付ける。
「ん、んっ…!」
 ちりちりとした痛みが微弱な刺激となり、背筋を走って下半身に溜まる。やはりあの感覚は気のせいではなく、体が変に過敏になってしまったようだった。
 再び芯を持ち始めたそれに気づいた馬超はにやりとして趙雲の体をひっくり返す。趙雲はそれに逆らわず、おとなしく膝を立たせた。
 いよいよか、と意識して深く呼吸すると散々に解されたそこに熱が押し付けられた。
 そして吐くのと同時にゆっくりと押し入ってくる。この圧迫感にはやはり慣れない。顔を伏せて耐えていたが、不意にずるっと一度に熱が進みのけぞった。しかし馬超は片手で肩を寝台に押さえつけることで動きを封じる。

 そして項にかかる熱い息。
 ハッとして制止をかけようとしてももう遅い。
「い゛っ、――――――ッ!!やっあッ!は、っ、やめ、や、―――〜〜〜〜〜」
 馬超の歯が容赦なく項に食い込んだ。それは涙がにじむほどの強さだったが、痛みはすべて快楽に変換される。先ほどの刺激をさらに上回る快楽に趙雲は涙を滲ませて声にならない嬌声をあげた。そしてそちらに意識を取られていると馬超が腰をゆすり始め、上と下から与えられる刺激に悶える。
 体を仰け反らせようとしても馬超の体が邪魔になってそれも叶わず、逃がすことのできない刺激に高い声を惜しみなくこぼす。すると中にある馬超の熱が圧迫するように質量を増し、趙雲は自分でも何を言っているのかわからない、意味のない言葉を喚いた。
 しかしそれも馬超が容赦なく律動することであっさりと掠れた嬌声に変わる。
 いつか何処かで聞いた猫のようだ、と頭の片隅にかろうじて残った冷静な部分が囁く。
 逃さないとでも言うかのように項に噛みつき、とどめを刺すように穿つ。
 しかしそんな囁きもすぐに馬超が与える刺激に押し流されてしまった。




「おい」
「…………」
「おい趙雲」
「…………」
 朝、背後から己を呼ぶ声が聞こえるが、背を向け寝たふりを続ける。見え透いたものであるのは百も承知だ。
 あの後どろどろになり趙雲が気を飛ばすまで続けられたおかげで腰のだるさは過去最高である。また、噛み痕の多さもこれまでと比べて桁外れだった。勿論趙雲の意識が沈むまで攻められたこともこれが初めてである。
 と、馬超が緩く項に歯をたてた。びくりと肩が跳ね、短く高い、しかし掠れた声が漏れる。
 喉まで潰されている。背後で馬超がくつくつと笑う声がきこえてきた。
「ばっ…!この…っ!」
 朝から一発やらかす気はない。というより体のほうが限界だ。馬超から身を離してから向き直り睨みつけるがまるで効果が無い。
「またくっきりついたな」
 伸びてきた馬超の指にすす、と腕についた歯形をなぞる。ぞくりと感じてしまった自分が心底恨めしい。明らかに体が順応してしまっていた。
「しかしこれにも感じるとはお前いよいよ、」
「うるさいッ」
にやにやしながら言う彼の言葉に短く怒声を叩きつけ遮る。
 お前のせいだ、とは喜ばせるだけだとわかっていたのでかろうじて飲み込んだ。



なんか変態くさくてすみませぬ。ああいう状況だと痛みも快楽も一緒くたになるけどもさすがに趙雲は……被虐嗜好…?うん、すみません出来心です。
というか項噛んだら見えちゃうよ馬超殿。しばらく趙雲は髪を結えないんじゃないだろうか

2013/9/17