苦い、
結構長い間つるんできたとはいえ、ここまで純情な奴だとは思っていなかった。むしろ常識などに囚われず己の本能に付従う。それがナツ・ドラグニルだと認識していた。しかし、それはどうも違っていたようだ。
ここ最近仕事が終わるとナツとロキはグレイの家に入り浸るようになった。もちろんハッピーも。特に何をするでもなく3人と1匹で家主のグレイの手料理を食べてくだらない話をしてそれぞれ帰るというのがいつものスタンスだ。しかし今日は大きな仕事を一段落させたことから打ち上げも兼ねて小さな宴の様な催しが開かれた。と言ってもいつものメンバーでグレイの手料理が豪華になり酒が加わっただけだが。
妖精の尻尾の男子寮を卒業して一人暮らしになり自炊をするようになったグレイの料理は日に日に腕が上がっていく。それも最近は振る舞う相手ができたことでそのレパートリーも徐々に増えつつある。本人も誰か作る相手がいるほうがやりがいがあると言って喜んで作っている。
グレイたちは仕事先で手に入れた地酒を煽りながら話に花を咲かせた。
「ねえグレイ、今日泊まって行ってもいいかな」
「へ? …ああ、もうこんな時間か」
グレイが時計に目をやると針は午前1時を指そうとしていた。もうこんな時間だし今から帰れというのも何なのでグレイは勿論承諾しようと口を開いた、がナツの鋭い声にそれは防がれた。
「だめだ!」
元来酒には強くないナツの眼は今起きているのが不思議なくらい血走って先ほどまで船をこいでいた様子からもうすぐにでも眠りに落ちても不思議はないのだが。ロキの言葉により覚醒したのかギラギラとにらみを利かせている。
「ロキ、てめえの魂胆なんか見え見えなんだよっ」
「魂胆って何のこと? 僕にはよくわからないんだけど」
「おれは別に構わねえぜ」
「グレイ! だめだっつってんだろ!」
ナツの必死の主張にグレイは首を傾げる。何をそうまでして阻止しようとするのか。
「一人暮らしのグレイの家におとこが、ロキなんかが泊まるなんて、そんな…、そんなのぉだめだろが…っ」
「…はぁ……」
「恋人でもない奴を、家に泊めるなんて、ぐれい、てめぇはいつからそんなふしだらになったんだぁ…っ」
「ふしだらって、おまえな…」
呂律が妖しくなってきたナツにグレイは溜息を吐きながらロキと目を合わせる。
「こいつはおれを女とでも思ってんのか」
「まあ、ナツの言い分も強ち間違ってはいないけど」
「…えっ……!?」
「…ふふ、冗談だよ」
「お、おお…」
ロキの言葉は嘘か真かわからないことがよくあるが、グレイは冗談だという言葉を信じようとする。
机に突っ伏しながらも未だ「だめだ…、ぐれいぃ……」などとぶつぶつ言っているナツを見ながらグレイはそのピンク色の髪を弄る。
見た目からしてつんつんしてそうなその髪質は見た目通りごわごわしているが、不思議とずっと触っていたくなってしまう。
「で? どうするよ、ロキさん。こいつはこんなこと言ってっけどおれは構わねえよ。つか、こいつもこれじゃ帰れないだろうし」
「そうだね。僕もナツを一人暮らしのグレイの家に置いて帰るなんて危ないことできないから1日泊まらせてもらおうかな」
「だからなんなんだよ、それ…」
よくある男同士のお泊り会みたいなものじゃないのか。女子の家に男が泊まるというのは確かに危ないかもしれないが、グレイはれっきとした男だ。どんな危険があるというのか理解に苦しむ。グレイは苦笑いしながらもナツの為にブランケットを取りに行った。
目覚めた瞬間、ナツの鼻を擽ったのはグレイの香り。枕にしていたのはグレイの太腿でどうしてこうなったのかよく覚えていないナツの頭には大量の疑問符が浮かんだ。
ロキが泊まりたいと言っていたことまでは覚えているのだが、いやだいやだ言ってその後の記憶がないことから眠ってしまったのだろう。
ナツは今の状況を顧みた。筋肉ばかりで無駄な脂肪などほとんどないであろうグレイの太腿はお世辞にも気持ち良いとは言えないが、如何せんグレイである。ただそれだけでナツにとっては何よりも意味がある。
そして肩からずり落ちかけたブランケットからもグレイの匂いがして二日酔いの頭痛はひどくとも目覚めは最高であった。
しかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。身体を起こして未だ眠っているグレイを見ながら昨日のことを思いだしていると、背後からロキの声がした。
「おはよう、ナツ」
「…んだよ、まだいたのか」
眉間にしわを寄せながらそういい放つとロキは肩を竦めおどけたように言う。
「グレイが眠っている間に君が何か悪さしないよう見張ってたんだけどね」
「ああ? 誰がんなことするかよ、てめぇじゃあるまいし」
「ひどい言い草だね。僕だってグレイが嫌がることなんてするつもりないけど」
「どーだか」
グレイを起こさないようにという配慮の元静かに繰り広げられる言葉のバトルは両者一歩も引かず平行線をたどるかに見えた。しかし、小さく嘆息したロキは急に立ち上がった。
「ま、お互い今のままが一番居心地がいいのは分かってるからね。…僕はもう帰るよ。一応言っておくけど、抜け駆けは許さないからね」
「……」
そう言ってロキの姿はふっと視界から消えた。恐らく星霊界に帰ったのだろう。
よく考えてみればロキはその場で帰ることができるのだ。夜遅くなったとか関係ない。グレイはそういうこともきちんと考えて相手の真意をもっとちゃんと探るべきだ。ナツはしかめっ面で口を半開きにしたまま寝ているグレイを見降ろした。
ナツはグレイの漆黒の髪を優しく梳く。昨夜風呂に入っていないから多少べたついてはいるが、それでもさらりと指の間から抜けていく髪の束。
「てめぇのその無防備なとこが一番ヤなんだよ」
自然と3人で夕飯を食べるようになったと、どうせグレイは思っているのだろう。しかしそうではない。3人で食べるようになって一度でもナツかロキかと二人きりになったことがあったか?何故必ず3人だったのかグレイはまったく考えもしないだろう。
「グレイ、」
好きだ
声にならないその想いはライバルとの言葉にならない約束と、何より今の関係の崩落への恐怖心という鎖に絡め取られる。
今のままがお互い居心地がいい
ロキのその言葉にナツは頷くしかなかった。それが身を護る術だと知っているから。
明日も明後日もこの奇妙な関係は続いていくのだろう。もし崩れ去るとしたらきっとグレイが変わる時だ。
ナツか、ロキの気持を受け取るか、はたまた別の可愛い女の子に心許すのか。それはグレイにしかわからない。
けれど、どんな結果になろうと、きっと笑顔でグレイの背を押してやれる。そう言い聞かせてきたから。
だからそのいつか、までどうか傍にいることをオレたちに許してはくれないだろうか。