親愛なる相棒様へ






「なんか、すんませんっス。お家にまでお邪魔しちゃって…」

「いーのいーの! なんか食う?」

「いや、遠慮しとくっス」

「そ?」




午後8時。高尾宅にて。




勝手に押しかけて家にまで招いてもらってさすがに引け目に感じたのか、黄瀬は高尾の部屋で体育座りしながら縮こまっていた。

そんな黄瀬の前に高尾はホットコーヒーを差し出す。

「寒いっしょ」

「わ、ありがとうっス」


白い湯気を漂わせているマグカップを傾け、黒い液体を口に含むと苦味が広がる。とともに温かい液体が冷え切った身体を包み込んでいった。


「んで? 青峰っちがどうしたの?」

「ぅえ!? な、なんで青峰っちが出てくるんスか!」

違うの?とにやにやしながら聞いてくる高尾は始めからわかっていたようだ。それもそのはず、黄瀬と話すときの6割が青峰の話なのだ。後の3割は黒子、1割はその他諸々といったところか。

そしてこんな時間に態々やってくるということは恐らく青峰のこと。下校時には一緒に居た緑間はそれを悟ったのか早々に帰宅してしまったのだが。


最近ではなぜか黄瀬の相談役は基本的には高尾の役目となっていた。趣味や思考で似通ったところがあるからだろうか。



黄瀬は顔を赤くして俯きがちにぼそぼそ話し始めた。


「特に、何かあったってわけじゃないんス」

「うん」

高尾は相槌を打ちながら時々コーヒーをすすり、黄瀬の話に耳を傾けた。

「WC、知ってると思うッスけど青峰っちは黒子っちたちに負けた」

「うん」

あの試合は高尾にとっては、いや、その場にいた誰もが衝撃を受けた試合だったと思う。無敵を誇っていたあの青峰をついに負かしたのだ。本当に誠凛はすごいと思った。自分たちも一度は負けて一度は引き分けとなった相手だ。だが、まさか青峰を止められるなんて正直思っても見なかった。

「結果的にはよかったと思うんス。ていうか、もしかしたら黒子っちなら、…火神っちっていう新しい光を見つけた黒子っちなら青峰っちに勝てるんじゃないかって、心のどっかでは思ってたのかもしれない。……オレさ、多分黒子っちに嫉妬してる」


黄瀬は少しだけ苦しそうに眉をひそめた。




ああ。


そうだ。


なんとなく。


なんとなく、分かった気がする。




「あの人の周りには光が溢れてる。あの人が意図せずともあの人には光が寄り集まってくるんスよ。羨ましくてちょっと嫌になるときも、あって…て。ははっ、オレ、ほんと、サイテー……」



同族嫌悪。黒子と相対した時感じた言葉。でも決定的に違うのはオレにあるのはたった一つの光だけだということ。それに関しちゃ何も文句はない。寧ろ緑間以外の光なんていらねぇし。


ブラックホールは光さえも吸収してしまう。緑間もまた、黒子に獲られてしまうのではないか、そんな錯覚に陥ってしまうようだ。

けど、黒子にみすみす奪われるのだけはごめんだった。




「ちょっとだけ、気持ちわかるわ。時々、さ。真ちゃん、…緑間もやっぱどこか黒子の影を探しているような気がしちゃうんだよな」

「高尾っち……」

「ま、黒子はすげぇってこと!」


柄にもなく泣き言の様な事を言ってしまって恥ずかしくなったのか高尾は誤魔化すように笑う。


しかし、そんな高尾に黄瀬はふわりと微笑んだ。

「でも、緑間っちを変えたのは紛れもなく高尾っちっスよ」



「え…」


どくん、と心臓が脈打った。



「なんスか、その顔。まさかあれだけ変わった緑間っち見せられて自分の力じゃないとでも言うんスかー」

高尾っち変なとこで謙虚っスね。

苦笑する黄瀬に高尾は何も言えなくなる。


正直、黄瀬の言葉は嬉しかった。

あの天才へオレが与えられる影響なんかたかが知れている。けど、前よりもいろんな緑間を見られるようになったとも感じていた。

それは緑間自身の意志でもあるし、勿論秀徳のメンバーの影響もある。そしてやはり黒子のおかげというののもどうしても切り離すことはできない。



しかし、高尾和成という存在が緑間にとってなにかしらの意味があったというのなら、それはオレにとって何事にも代えがたい成果だ。

だからそうだったなら本当に嬉しいのだ。

けど、ひとつ欲を言うならば。

中学時代最後の試合で見た背中を思い出す。


「でもさオレ、本当は涼ちゃんと青峰みたいな関係になりたかったんだよ、真ちゃんと」

「へ? そうなんスか? てか、オレらみたいな関係って?」

「ライバル同士」


ああ。と黄瀬は小さく頷いた。


「およ? なんだか納得してない感じ?」

「ん〜。ライバル、なんすかね、オレたち。少なくともオレは、青峰っちに追いつきたくて必死であの人の背中追っかけてたけど。あの人にとってオレはきっとそんなんじゃなくて…」

「でも! 多分今青峰と1on1やって勝てる…かいい勝負できるのは火神か涼ちゃんくらいなもんだぜ? 真ちゃんはそういうの向いてないし。少なくとも、涼ちゃんが引け目に感じることはないと思うけどな」


「そう言ってもらえるのは光栄っス」


でも。

黄瀬は長い睫毛を伏せた。白く滑らかな肌には長い睫毛の影が落ちた。

そんな黄瀬の表情に高尾は溜息を吐くしかない。やはりモデルなのだと自覚させられる。


「でもきっと追いつくことはできない気がする。…ずっと。…ってか、なーんか、楽しいんすよねぇ。青峰っち追いかけてるの。たまにすっげぇ苦しいときもあるけど、あの人、オレが本当に辛いときは待っててくれるんスよ」

それがどうしようもなく嬉しくて。

黄瀬は笑う。

心から幸せそうな笑顔で。先ほどまで何に悩んでいたのかわからないくらいに。同じ青峰のことなのに。こんなに黄瀬を一喜一憂させることができるのは青峰くらいなものだろう。

「すっげぇ幸せそう、涼ちゃん」

「えっ! そうっスか?」

「うん! オレも、真ちゃんと他校だったらなー。今頃……」




本気で闘って負けて。海常対桐皇戦で崩れ落ちた黄瀬と自分が重なる。そして目の前で見下ろしてくる緑間。



ああ、すっげー違和感。


緑間の瞳が冷たい。


それもそうか。オレは緑間が倒してきたたくさんのやつらの一人にすぎないのだから。

うわっ、なにこれ。辛すぎ…。

そんなの真ちゃんじゃない。オレが知ってる緑間は、もっと本当は表情豊かでツンデレの変人だけどもっと仲間を頼ってて……。

そんな孤独を見るような瞳なんてしてない。



「今頃、緑間っちはどうなってるんスかね。いいチームメイトに出会ってればいいんスけど。そうじゃなかったらきっと、寂しい瞳のままっスよ」

「……。うん。…だな。やっぱ真ちゃんにはオレがいないとな!」

「そうっスよ、高尾っち!!」




中学時代の雪辱を忘れたわけではないし緑間に勝ちたいという気持ちがなくなったわけでもない。けれど、それよりももっと強く思ってしまったのだ。

もっと緑間のシュートを見たい。

もっといろんな緑間を見たい。

もっと緑間の傍に居たい、と。







結局言うだけ言ってすっきりしたのか、笑顔で帰って行った黄瀬を見送って高尾は自室に戻り、携帯電話を手に取った。



――これからもよろしく、エース様!





大切な相棒へ

才能なんてもん、持っちゃいないけど

あんたにとっちゃちっぽけな存在かもだけど

どうか

これからも貴方を支えさせてください。

できれば貴方の隣で。






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