EDまでの第一歩



いつものような大暴れが始まったここは、そうフィオーレではいろいろな意味で有名な妖精の尻尾。

何が原因なのかもはやわからず、というか誰も気にせず、ギルドのあちこちで乱闘が繰り広げられている。

乱闘と言っても喧嘩というより、むしろ彼らにとっては遊びの部類に入るような戦いだ。基本は殴る蹴るの横行だが、嬉々としてそれに加わるもの、周りで囃し立てるもの、意に介さないものなど様々だ。

それが日常であるが故なのだが。


そこに一人、乱闘に参加している裸の男に熱い視線を向けるものがいた。


「今日こそ、グレイ様を我が物に……っ!」

柱の陰に隠れてガッツポーズをとるは水を操る魔導士ジュビアだった。グレイに一目ぼれしてからというもの、ひたすらアタックし続けても相手にされないのは何故か。

そして考えた結果。



「グレイ様に纏わりつく、ナツとルーシィさえいなければ……っ」


ジュビアは懐から一丁の拳銃を取りだし、乱闘に加わっているナツにその照準を当てた。

ナツには悪いが、グレイへの爛れたその想いをこの手で葬り去ってやろう。

そんな決意の元放たれた弾丸は虚空を貫き、真っ直ぐとナツの元へと吸い込まれるように飛んで行った。はずだったのだが、喧騒に混じって聞こえてきたのは愛しのグレイの呻き声。

まさか…。

ジュビアは最悪の事態を想像してもともと白い肌をさらに蒼白にさせた。


「グ、グレイ様〜っ!」

人の垣根を分け、倒れているグレイのもとに駆けていくと、玉の汗を浮き上がらせ熱っぽく呻くグレイを支えているナツがいた。

「おいっ、グレイ!! どうしたんだよ急に!?」


目を瞑って浅く息をしているグレイはかなり辛そうだ。


「グレイ様…、そんな、私…っ、そんなつもりじゃ……っ!」

ジュビアは口元を手で覆い、倒れているグレイを見て呆然と立ち尽くす。

「おい、今のどういう意味だ、ジュビア! てめぇがグレイになんかしたのか……!?」


ナツは蒼白な顔をしているジュビアを睨みあげる。その凄みたるや本物のドラゴンと言って差し支えない。そう誰もが思うくらいにナツの怒りは凄まじかった。




ナツの勢いに気圧されるように崩れ落ちたジュビアは許しを乞うように涙を流す。

「ご、ごめんなさい…、グレイ様…。うっ、…グ、グレイ様が、玉無しにぃ〜……」











「は……?」


ナツはいや、周りにいた誰もが、倒れているグレイと泣きわめくジュビアを交互に見やった。


玉無し……?



「ジュ、ジュビア…。どういうことだ?」


恐る恐る尋ねたナツにジュビアは事の真相を話した。

グレイと仲良くするためにはナツが邪魔だったこと、そのために画策して、ある薬を手に入れたこと、その薬の効能が、世の男にとって大切な袋をなくしてしまうこと。

ジュビアは玉を失くしたナツは男としてのプライドを砕かれ、グレイにも愛想尽かされるのではと考えたのだそうだ。


周りで聞いていた男衆はみな一様に股間を押さえている。なんて恐ろしいことを考えるのだ。しばらくジュビアに近づく男はいないだろう。


そして、その被害者になったグレイに憐みの視線が方々から注がれる。



「マジかよ……。」

ナツもそれしか言葉が出なかった。






とりあえず、未だ熱で魘されているグレイを抱えてナツは自宅へと連れ帰った。

ギルドの医務室でもよかったのだが、目が覚めたら辛い事実を話さねばならない。ギルドにいれば好奇心剥き出しにした野次馬たちが這いよってくるかもしれない。

せめてもの情けにナツは静かなところへとグレイを運んだのだ。




ベッドに寝かせて水で濡らしたタオルで汗をぬぐう。そして未だ呻き続けるグレイに、ナツは不謹慎ながらも胸を高鳴らせた。

これは、あれだ。

汗かいたままじゃ風邪ひくからな。

そうだ。不可抗力ってやつだ。なにも下心なんて・・…。


ナツは心に言い聞かせて、グレイの服を脱がしていく。

普段は自分から勝手に脱いでいるから見慣れているとはいえ、こちらから脱がせることなんてそうそうない。そういった背徳感も相まって、ナツの心臓は早鐘のように脈打っている。


何度、この身体に触れたいと思っただろう。


ナツはごくりと喉を鳴らした。


何度も好きだと言っては適当にあしらわれ、ナツの想いは一向に受け止められることはない。それでもナツの中のグレイへの想いはどんどん膨れていくばかりで、もうどうしようもなくなっていった。

目の前には気を失っているグレイ。既成事実を作ろうと思えば容易いことだ。けれど、グレイが嫌がることはするつもりはない。


しかし、そんななか必死に理性と戦ってズボンも脱がせて後は下着のみとなったところで、ナツははたと手を止める。

本当に玉はなくなってしまったのだろうか。

この発熱は身体の変調によるものなのか。


こうなってはナツを止めるものはない。性欲と好奇心の波に囚われてナツはグレイの下着に手をかけた。








「んん……っ、あ、れ……?」

「うぅうおおおおおおぉぉう……、お、起きたかーグレイ……」

「ナ、ツ……」


ギリギリのところで踏みとどまれたことにナツはほっと胸を撫で下ろすとともに、少しだけ落胆の色に染まる。

おれ、どうしたんだろ。

そう呟いたグレイにナツは何とも言えない顔になる。

どうしたんだろという言葉は決して下着姿になっていることに対してではない。無論グレイのことだ。そんなこと気にするはずがない。おそらくきっと乱闘からの記憶がないことへの疑念だ。

うん。きっとそうだ。

ナツは先ほどまでの自分の行動を棚に上げ、都合のいいように解釈をする。そして、とても申し訳なさそうにグレイに悲しいお知らせを告げる。


「グレイ、すっげぇ言いにくいんだけどよ……。お前の、…お前のさ」


「おい、待て」


「へ?」


「ない……」

「ないって…あ〜…、そうかもう分かって「ないんだよおれの……くっ」


上体を起こしたグレイはおれの、と呟いて腹に手を当てた。悲しげに眇められたその瞳は悲劇を物語っているようだ。

「グレイ、そう落ち込むなよ」

「これが落ち込まずにいられるかよ! おれの、…おれの……ギャランドゥがなくなったんだぞ!?」









「は……?」


ナツは本日何度目かの間抜けな声を発した。


なんだこのデジャヴ。いやそれより、こいつはなんて言った?

ギャランドゥ? ギャランドゥだと?ってあれか?へそ毛、だっけ?

いや、にしても意味わかんねーよ。へそ毛なくなったくらいでどうしてそこまで悲しむ。そもそもこいつにへそ毛なんかあったっけか?



「ま、まあ、グレイさんよぉ、とりあえず落ち着こうぜ。なっ」

「せっかく生えてきてたのに……」

へそのあたりを摩りながらグレイは落胆している。

「いや、なくなって正解だと思うぜ? つか、そもそもお前へそ毛なんて……」

「てめぇ、男の勲章をバカにすんのかよ。ギルダーツやラクサスにだってあるんだぜ!? だからおれも生えたらあいつらみたいに大人の男になれっかもしれねぇのに…! くそっ、やっと少しだけ生えてきたところだったってのに……っ」


そう力説するグレイにナツは呆然と立ち尽くす。

俯いて黙りこくってしまったグレイに、ナツはなんて声をかけようか考えあぐねる。

そんなにショックだったのか。

いや、オレにとっちゃグレイにギャランドゥがあったってことの方がショックだぜ? 衝撃だぜ? グレイには悪いが、そんなむさくるしいものないほうがいいに決まっている。

ギャランドゥなんかで男らしさが決まってたまるか。

「あ、あのな、グレイ。オレはお前の「なーんてな」

!?


ナツは再度固まる。


「ばーか。冗談だよ。へそ毛なんてもともと生えてねぇし。お前ホント騙されやすいな」

でも名演技だったろ。

そうドヤ顔で言ってくるグレイにナツは大きく溜息を吐く。


「…ったく、馬鹿とはなんだ。てめぇの言葉だから信じるんだろうが。他の奴だったらこんなあほみたいなこと信じるかよ」

「って…!」

騙したお返しだとグレイにデコピンを食らわせるとナツは枕もとに腰を下ろした。

「つか、まだ少し熱あんだろ。おとなしく寝てろ」

「もう大丈夫だっつの…」

まだ少し顔の赤みはとれていないので熱は下がり切ってはいないだろうが、グレイは見栄を張る。

「あ、そういや、結局玉はあんのか……?」

ナツは言いにくそうにグレイに尋ねた。結局、グレイは意識朦朧としながらもジュビアの話は聞こえていたらしく、玉が失われたということも分かっているらしい。

「ナツ、……見てみるか?」

「え、いいのか?」

「見る覚悟があんならな」

「…どういう意味だよ?」

「玉がなくなったってことは精子はもう作られねぇってこと。つまりほんとに男としての機能を失った。ま、オレの子供ができねぇってだけだけど」

グレイは神妙な顔をして淡々と述べていく。淡泊そうに言っているが、言っている内容はグレイの今後の人生にもかかわってくることだ。そんな簡単なことではない。

しかし、グレイに帰ってきたのは非常なナツの言葉。


「オレにとっちゃその方が好都合だけどな」

「……はぁ? てめぇ何言ってるか分かってんのかよ!?」

グレイが怒るのも無理はない。こちとら自分の子供も孫も顔を見られないというのに。

子供が欲しいだなんて思ったことはなかったけれど、いつかはそうなるのだろうと適当に思ってはいた。それが今やただの妄想となってしまったのだ。


グレイは表情の見えないナツのマフラーを掴んで睨みつける。


「他人事だと思いやがって……! 幻滅したぜ」

「…ああ。オレはサイテーな奴だよ。グレイと他の誰かの子供なんて見たくねぇからな」


ナツは静かに言葉を紡いだ。その表情はどこか辛そうな雰囲気を纏っている。


グレイはナツの言葉に目を瞠った。


「てめぇが他の誰かと子を成すくらいなら、てめぇの生殖機能なんてない方がましだ」

ま、生殖機能なんてなくても身体繋ぐことはできるけどな。

そう言ってナツは悔しそうに頭を垂れた。



どうしてそんな顔をする。グレイはナツの言った言葉の意味を頭の中で反芻した。いや、反芻するまでもない。その意味などとっくの昔に知っていた。けれど向き合おうとしなかった。否、逃げることしかグレイには選択肢がなかった。

誰かを好きになるということがグレイにはよくわからなかった。恋愛と親愛と友愛の違いは?問われても答えることができない。

好きになるってどういうこと?



ナツに好きだと言われてグレイはどうすることもできなかった。しかもナツは男だ。ことさらよくわからなかった。

生物の本能的には子孫を残すためにそういう感情は異性に抱くものなのではないか。ならば、ナツは友愛と恋愛をはき違えているのではないだろうか。

グレイはそう結論付けるしかなかった。


しかしどんなに否定してもナツはグレイのことを好きだと言う。



そしてグレイは……。




「ナツ、おれ玉無しだぞ」

「……? おう。それがどうした」

「それでもいいのか」

「いいって言ってんだろ」

「おれが、……婿に行けなかったらお前が貰ってくれんのか…」

シーツを握りしめ、俯いて小さく呟かれたその言葉はナツの耳にはしっかりと届いていた。


「もとよりそのつもりだっつの。つか、婿に行こうとする前にオレが娶ってやるからそんな心配必要ねぇよ」


横暴なその言葉に以前のグレイならば調子に乗るなと言っていただろうが、今はどうしたことか頬が紅潮していくばかりで、憎まれ口の一つも出てこない。



「ああ〜、もういやだ……」

「なにがだよ?」


馬鹿なところも、絶対本人には言ってやらないけど強いところも偶にかっこいいところも、なんだかんだ優しいところも、本当は全部嫌いじゃなかった。

ただ認めたくなかった。いつからか芽生え始めた感情に蓋をして見て見ぬふりをしていた。

だけど、もう無理みたいだ。

ナツはどんなに重い蓋をしても平気な顔をして持ち上げてくる。グレイにはもうそれを防ぐ術がない。

何故なら、グレイ自身が蓋を開けるのを手伝ってしまったからだ。

だけど、これでよかったんだよな。これでずっと圧し掛かっていた重圧が消えたような気がした。


そしてグレイは勢いよく顔を上げると、震える口でつぶやいた。





―――――もらわれてやる……っ







グレイに向けられたのは太陽のような笑顔だった。


end









あとがき

すみません、あとがきで言い訳というかなんというか…。
まず大変お待たせいたしました。
そして下ネタ…ですかね、いや、ですよねこれ。ああ、ごめんなさいっ。こんなはずでは…。
そしてどうでもいい裏話ですが、グレイさんの玉は無事です。
いつものようにジュビアちゃんのお薬作戦はどちらにせよ失敗に終わります。
それが言いたかったのでめずらしくあとがきを。
本文に入れろっちゅう話ですよね。文才がなくて…。

というわけで(←無理矢理)、読んでいただきありがとうございました。そしてリクエストしてくださったうーさ様、ありがとうございました!



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