labyrinth








「青峰っち…。本当に行くんスか…?」

「たりめぇだろ。昔からの夢だったんだ」


不安げな表情の黄瀬を見ることなく、青峰は目の前の光景を見据えて言い切った。

「お前も行くだろ?」

「…青峰っちが行くなら、オレはどこまでもついていくっスよ」


黄瀬は振り返った青峰に不敵に微笑んだ。黄瀬は青峰に一生ついて回ると誓った。どんなに嫌がってももう絶対離したりしないと。

男に二言はない。

黄瀬もそれくらいはわきまえている。青峰の行く道はつまり己の行く道だ。黄瀬は一歩手前を行く青峰の背中を見つめ柔らかく微笑むと目の前の暗闇へと足を動かした。



「ぎゃ〜〜〜〜っっ!!!」

「う、おおおっっ!! て、てめぇっ、耳元で叫ぶんじゃねぇっ!!」

辺りに響くのは不穏なBGMと黄瀬の盛大な叫び声、そして青峰の怒号。

「だだ、だって! 今足元なんかがすって! すって通ったんスよぉ!」

黄瀬は涙ながらに先ほど起きた出来事を語る。

そう、此処はリアルな恐怖を味わえるという都内でも有名なお化け屋敷だ。なんでもあまりの恐怖とクエストの難解さからこのテーマパークに新設されて以来1年経っても最後まで到達した人はいないとか。

全行程を歩くだけで早くても40分はかかるこのお化け屋敷はいくつものルートに分かれており、いくつものトラップが仕掛けてあるそうだ。

たまたまこのテーマパークのペアチケットを黄瀬が手に入れたことから、黄瀬と青峰で遊びに来ていたのだ。そして手当たり次第絶叫系の乗り物を回った後、日も暮れたころにちょうどいい感じだなと、青峰はわくわくした顔でこのお化け屋敷に挑むぞと黄瀬を連れてきた。


黄瀬はオカルト系や幽霊を信じているわけではない。けれど、本人いわく、現実じゃ起こりえないってわかっていても怖いものは怖いのだと。

何度か青峰に無理やりホラー映画やスプラッタ映像を見させられたが、青峰にしがみついてびくびくしながらまともに見ることなどできなかった。


そんな黄瀬のことだから、お化け屋敷も苦手なのだろうと、青峰の嫌がらせが発動しての今回のこの選択。果たして、青峰の喜ぶ結果と相成ったようだ。




青峰のシャツを握りしめて黄瀬は前を見ないように足元を見つめて歩く。できるだけ視界を狭めようという作戦だ。

とはいえ、辺りは最低限の明かりしかないし、あちこちに窪みや角があるので、いつどこから何が襲ってくるかわかったものじゃない。

しかも突然水が垂れてきたり、足元を何かが掠めたり、顔に冷気がかかったりと一瞬も気が抜けないトラップもいくつか仕込まれていて、青峰でさえもたまに声を上げるくらいだ。黄瀬など今にも気絶しそうだ。




「黄瀬、てめぇ歩き辛ぇから少し離れろよ」

「いやっスよ! もしなんかあった時どうすんスか!?」

「んなの全速力で走るに決まってんだろ」

「うわっ、さいてーだろ。お化け怖がってる可愛い恋人置き去りにして一人で逃げる気スか!?」


そんなのあんまりだ、ときゃんきゃん喚いている黄瀬を白けた目で見ながらも青峰は歩を止めない。

自分で可愛いとかいうか? しかも男のくせに。なんかむかつく。でも否定できないくらい黄瀬を可愛いと思ってしまっている自分自身もマジうぜぇ。

黄瀬は黄瀬でそういう計算も含めての発言なんだろうけど。だからさらにむかつく。マジあざとすぎるだろ。

「お前よく恥ずかしげもなく言えるよな…って、……分かれ道だ」

青峰は心の中で愚痴を言いながら先ほどからずっとしゃべり続けている黄瀬を小突く。すると前方に此処にきて初めての分かれ道が出現した。


「へ? あ、ほんとだ」


「どうっすかな〜」


「オ、オレ一人で行くとか無理っスからね!」


どちらに進もうか悩んでいる青峰に対して牽制するかのように黄瀬は必死に訴えかける。

このお化け屋敷は廃病院や洞窟、墓地などホラー映画に出てきそうないろいろな場所を模したものが複合されているのだが、今二人が進んでいるのは廃学校をモチーフにした箇所らしく、薄暗い教室や廊下が広がっている。


基本的に一本道だった道は二手に分かれたというのは、教室の隣に階段が現れ、上に行けるようになっているものと、そのまま廊下が続いているものだ。



「オレは階段の方がいいっス」

「ん〜、いや、廊下の方だろ」

「あんた、あれ見えてるんスよね。あのプレート!」


黄瀬が指差す教室には理科室と表記されたプレートが今にも取れかかりそうにかけられてあった。


「ああ。だからこっちに行くんだろ」

「正気かよ…。だって理科室と言ったら人体模型が動いたり、なんかの目玉が瓶詰にされてあったりいろいろやばいじゃないっスか!!」

「それに謎の化学反応で突然爆発が起きたりするかもしれませんよ」

「そうそう! だからあそこは……って…へ?」


「…どうした?」


あれだけ文句を言っていた黄瀬が突然口を噤んだことに、不振に思った青峰は振り返った。するとそこには蒼白な顔をした黄瀬。



「は? お、おい、大丈夫か!?」


「あ、おみねっち。…ぃ、いま、な、んか言った……?」

「あ? な、なんかってなんだよ…」


まるで見えない何者かに怯えている様子の黄瀬に青峰もさすがに不安になってきた。

ここはいろいろなルートがあって客同士が接触しないような仕組みになっている。だから、自分たち以外には誰もいるはずがないのだ。

しかし、黄瀬はおそらく何者かの声を聞いたのだろう。


なんやかんや言っても所詮は遊園地のお化け屋敷だ。大した仕掛けはないだろう。そう高をくくっていたのに黄瀬が微かに震えているくらいの何かが起こったのだろう。しかも自分の知らぬ間に。

青峰は自分を鼓舞するように、そして黄瀬を安心させるように声を張り上げる。

「し、しっかりしろって。なんもいねぇよっ。ただのBGMだろ!?」

「そ、そうっスよね…」


「あの」


「……〜〜っ!!!!!?」



励まそうとしてくれた青峰を見上げた瞬間、黄瀬は声にならない叫びをあげた。



そして。



逃走した。





「は? ちょ、ちょっと待て! なななななんだよ……っ」



一人おいてけぼりにされた青峰は尋常じゃない黄瀬の動揺っぷりに冷や汗が流れるのにも気づかない。

そして、確かに自分にも何か、というか肉声が聞こえた。しかも背後から。

「……あの」


そう。この言葉が。

「……。う、ぅうおおおおおおおおおぅっっ!!!!」








「おい、さっきからすごい勢いで客が走っていくんだけど。お前なんかしてんの」

青峰と黄瀬がマッハで駆けて行った後には銅像に扮した火神が驚かすタイミングを見失い呆気にとられていた。

そして叫び声が上がった方向には相棒の姿。


「ただ声をかけただけなんですけどね」

不愛想にそういう相棒は若干不機嫌な様子だ。といってもその表情は半分しかわからない。


「……まあ、その恰好じゃなぁ。俺もお前じゃなかったらと思うと……」


火神は人体模型に扮した黒子を見て顔を引き攣らせた。









〜後日談〜


「はあ!? なんスかそれ! あれほんとに黒子っちだったんスか!?」


ストバス後のマジバにて、先日の話題で盛り上がる4人。

「テツ、てめぇ才能あんじゃね? 将来あそこで働けよ」


「馬鹿にしてるんですか。君たちの空っぽの頭にイグナイトしますよ」

真顔で言う黒子に戦慄を覚える二人を見ながら、火神は目の前に展開された大量のバーガーをリスのように頬を膨らませどんどん平らげていく。


「つか、お前らビビりすぎだろ。元チームメイトなのに」

ごくりと飲み込んで火神は馬鹿にしたように向かいに座る二人を見遣る。

「そうですよ。僕は別に脅かそうとしたわけじゃないんですけど」

黒子は非難するような目で黄瀬と青峰を見る。そして当の本人たちは気まずそうに互いに目を合わせる。

「だってさ〜…ねぇ」

「ああ。テツの顔した人体模型だぜ?内臓飛び出てるし。顔の半分皮剥げてるし。おまけに突然現れるし」

青峰は言いながらその時のことを思い出したのか肩を震わせた。

「てか、二人してナニしてたんスか? 怪しいっスよ〜?」

「バイトに決まってんだろ…」


何をあほらしいことを期待しているのだと火神は答える。

誠凛高校バスケ部の恒例行事となりつつある夏休みの資金集めに駆り出された黒子と火神は偶然にも丁度青峰と黄瀬が来ている頃にお化け役としてスタンバイしていたのだ。

それに気づいた黒子は声をかけようとするが、結果は知っての通り、なかなか認識されず、この有様だ。




「でも、オレも大変だったんスよ〜? あのあと、めっちゃ青峰っちにキレられて……」

「置いて逃げるやつ最低だとか言っておきながらてめぇで逃げるんだもんな、黄瀬クンはよぉ」

「だ、だって怖かったんだも〜ん」

「だもんじゃねぇよ!」

「で、でも! そのあとトイレ連れ込んでズコバコやりすぎだろ!!」

「てめぇがヤったくださいって顔してんのが悪ぃんだよ」

「はぁ!? だれがいつそんな顔したんだよ! この性欲魔人!!」


「んだと、この……「ぐほぉっ……!」」


「公共の場ではしたないこと言わないでください」

「「すみませんでした……っ」」


終わりなき口論を続けようとする二人の腹にイグナイトすると、黒子は火神を促して席を立った。


「結局、よろしくやったんじゃないですか。羨ましいです」


「なんか言ったか?」


「いえ、何も」


黒子は火神に微笑むと、もう少しだけバスケ付き合ってくれませんかと尋ねた。




「青峰っち」

「なんだ」

「青峰っちのお家、行ってもいい?」

「……ああ。つか、最初からそのつもり」

「うん」




怖かったけど、青峰っち置いてっちゃったけど、目の前の背中はとても大きくて力強くて本当は言うほど怖くなかったりして。

それに、追いかけてきてくれた青峰っちの心配そうな顔も見れたし、ぎゅっと抱きしめてくれたし。黒子っちにはちょっとだけ感謝してる。




だから、今度はオレに手伝わせてよ。



 



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