虹の代理戦争がようやく終わりを迎え、あたしたちは少しずつ日常へと戻って行った。
――だから、その日もいつもと変わらず平和でいて、騒がしい一日を過ごす……はずだった。


***


『…………やばい。寝そう』

「寝てもいいよ。……永眠することになるだろうけど」

『ごめんなさい』


あたしは生徒が登校するより早く学校に来て、応接室でヒバリの手伝いをしている。これはあたしがヒバリと出会ってからの日課だった。
ただ今朝は夢見が悪く、起床予定の時間より二時間早く起きてしまった挙句、ベッドから落ちるという始末。最悪だ。今日の星座占いは最下位だったに違いない。見てないけど。

あたしは襲ってくる睡魔に抵抗しながらも、書類にペンを走らせる。
睡魔に負けようものなら、ヒバリに一生起きることのない眠りにつかされてしまう。


「そういえば今日、沢田綱吉のクラスに教育実習生が来るらしいね」

『ツナのクラスに?知らなかった』

「これだからあげはは」

『違うクラスなんだからしょうがなくね?』


呆れたとでも言いたげにため息を吐くヒバリ。
……まあ、コイツの暴言なんか一年の時から聞いてるから大分耐性がついてきたけどね。全く嬉しくないけど。


『…っと、そろそろ行くわ』

「じゃあ残りは昼休みね」

『あ、ヒバリがやっておいてくれるとかじゃないんだ』

「甘えるな」

『ひどい』


ヒバリはあたしがこの時間で終わらなかった仕事を手伝ってくれる気はないらしい。
どうせ授業に出ないんだからこのくらいやってくれてもいいのに。…なんて、トンファーが飛んでくるのが目に見えてるから敢えて言わないけれど。


『じゃあ、行って来るー』

「はいはい」


この時のあたしはヒバリの言っていた教育実習生のことなんてすっかり頭から抜け落ちていたのだ。


***


『京子ー』

「あ、あげはちゃん!」


二時間目が終わった後の休み時間、あたしはA組を訪れていた。
二時間目の数学の教科書を忘れたため、京子に借りたのだ。それを返しに来たあたしはA組のクラスへと入っていく。


『これ、ありがとね。助かった』

「ううん!いいの、どういたしまして!」

『天使か』

「何言ってんだお前」


京子の花が咲いたような笑顔に癒されていれば、呆れかえったような第三者の声があたしの耳に届いた。
あたしは声のした方を振り返る。


『……おはよ、獄寺。あとツナと山本』

「あ、うん。おはよ(普通に挨拶してきた!)」

「はよ、紅藤!」

「つーか10代目をついでみてぇに扱うんじゃねーよ!!」

『突っかかるのはそこかよ』


イスに座るツナとその周りに集まる獄寺と山本。相変わらず仲良いな。
そんなことを考えて、ふと今朝ヒバリが言っていたことを思い出す。


『そーいえばこのクラスに実習生が来たんだって?男?女?』

「男の人だよ。優しそうな」

「そうっスか?俺は胡散臭く感じました」

『……よくわからん』

「次の時間その人の授業だし、ギリギリまでここにいれば見れるんじゃねーか?」

『おお、山本。ナイスアイデア!』


そんなわけであたしは授業が始まる直前までA組にいることに決めた。
ずっと立っているのも疲れるので、ツナの机に腰かける。その際に獄寺に10代目の机に座るんじゃねぇ!と怒られた。もちろん無視だ。


「…そろそろ来るんじゃないかな?」


ツナが時計を見てそう言った直後、教室の扉が開かれた。反射的にそちらの方を見る。
視界に入ったのは色素の薄い灰色がかった長髪。あの頃と何も変わっていない穏やかな、優しげな表情。

――ドクン
心臓が脈を打った。


『―――っ!』

「あげは…?」

「何か顔色悪ぃぜ?大丈夫か?」


ガタンッと音を響かせて立ち上がったあたしを心配そうに見るツナたち。生憎と彼らを気にする余裕なんて今のあたしにはなかった。
派手に音を立てたため、教室に入って来た彼の人はあたしの方を見た。目が、合う。


せんせい


ヒュッと自分の喉が情けない音を出したのがわかった。嗚呼…上手く、息ができない。
やばい、やばいやばいやばいやばい。
突然の出来事に脳が追い付かなくて。彼の人があたしに向かって何かを言おうと口を動かしていたのに、耐えきれなくなってA組の教室から飛び出した。
背後から呼ばれる自分の名前に反応することなんてできなかった。


***


走って走って走って。
思考が鈍った状態で辿り着いたのは応接室だった。中にいるであろう人物には一切気を遣うことはなく、あたしは室内に入ると思い切りドアを閉めた。


『、』


ズルズルと扉に寄りかかったまま座り込む。そんなあたしの様子にヒバリが眉を顰めた。


「君、授業は?風紀委員のくせにサボるなんて咬み殺されたいの」

『…………うん、ごめん』

「………あげは?」

『…うん、』


膝を抱えたまま顔を埋めるあたしにヒバリが近づいて来る。あたしはそれに気づかない。
普段ならヒバリの動いた気配で気付くが、今回に限ってはちょっと無理だ。今のあたしを支配するのは、自己嫌悪。


『(………やっちゃった。てか、逃げちゃった。あの人から逃げちゃった。咄嗟とはいえ、何てことしてんだあたし。あんなことしたら次に会った時気まずいわ。気まずすぎるわ。もう顔会わせられねーよあたしのバカヤロー!)』

「……ねえ、」

『(どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう)』

「……………」


直後、頭を鈍い痛みが襲った。


『!?』

「僕を無視するなんていい度胸だね」

『!?』


目の前にいたのは手にはトンファーを、背後には般若を従えた委員長様でした。
さっきとは違う意味で思考が追い付かない。
………え、何。あたし今殴られた?傷心中のあたしをコイツは容赦なく殴っちゃった?
最恐で最凶な風紀委員長はあたしに降りかかった現実よりも理不尽だった。


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