息を潜めて、周囲に視線を巡らせる。
奴に気付かれてはダメだ。気配を殺せ。身を隠せ。

…………なんて、少しカッコよく言ってみたのだけれど、他人から見てもあたしから見ても実際はとてもくだらないことだ。多分。
そもそも随分とこんなことを続けているが、最初に言い出した奴は誰だっけ?


『あ、茉銀だ』

「ぎゃあああああああああ!!」

『うわあああああああああ!?』

『「…って、シィー!」』


背後からいきなり現れたあげはに思わず声を上げてしまった(それに驚いた彼女も叫んでいた)が、今の状況をすぐさま思いだしあたしたちはお互いに牽制し合う。


「…で、どうしたの?あげは。アンタ銀兄と一緒じゃなかったっけ?」

『はぐれた。そーいう茉銀こそ晋助と一緒に逃げたんじゃなかったの?』

「…………こっちもはぐれた」

『何その間』


そこについては問わないでいただきたい。

さて、ここでまずあたしたちが何をしているのか、だが。決して攘夷戦争だとかそんな大層なモノじゃない。
さっきも言った通りくだらないことなのだ。


『あ、そーいえばさっき小太郎が蹴ったよ』

「マジでか。辰馬も大変だね」


「金時見ーっけ!」

「銀だっつってんだろーがァァァアア!!」


『「……………」』

「銀兄が捕まった…!」


そう、あたしたちは今"缶蹴り"の真っ最中なのだ。
参加メンバーはいつもの六人。あたし、あげは、銀兄、高杉、ヅラ、辰馬。ちなみに言い出しっぺは誰だったか忘れた(多分銀兄か高杉あたりだろう)
さっき聞こえてきた声の通り、鬼はじゃんけんで負けた辰馬。

そして今、我が双子の兄、銀時が辰馬に捕まってしまった。


『………どうする?』

「えー…銀兄だし放っておいてよくない?そんなことよりこれいつまで続けるの?」

『そーだね…もう一時間くらいやってるね』


あたしたちは木の陰に隠れながら、コソコソと話す。
もちろん、もうやめようと言ってしまえばいいのだが、それはあたしたちのプライドが許さないのだ。というか辰馬に負けるのは何か嫌だ。


「こんなところに居ったか二人とも」

「ヅラ!高杉!」

「ヅラじゃない桂だ。…お前たち、銀時が捕まったのを知っているか?」

『うん。さっき声が聞こえたからね』


あげはの言葉にあたしも頷く。ヅラはそうか、と呟いた後、高杉と二人で何かを話しているようだった。
あたしたちは顔を見合わせて、首を傾げる。経験上、コイツらの考えることは碌でもないことばかりだ。今回もそこまで期待しない方がいいだろう。


「…いいか、よく聞け。茉銀、あげは」


高杉が神妙な面持ちであたしたちを見る。その真剣な眼差しに思わずゴクリと唾を飲みこんだ。


「今から俺たちはある作戦を決行する。名付けて"バカ本をぶん殴ったついでに銀時も救出しちゃおうぜ作戦"だ!」

『作戦名そのまんますぎるだろ。てか、銀時はついでなんだ』

「それ以前に辰馬に何か恨みでもあんの?」

「アイツ俺の饅頭食いやがった…!」

「ああ、そう…」


完全に私怨じゃねーか。
てゆーかそれ確か一週間くらい前のことだったよね……。まだ根に持ってたのかよコイツ。
隣であげはがバカだろコイツら、と零した言葉に同意せざるを得なかった。


『……まあ、いいや。作戦はそれで行こう』

「……あげはさあ…もう面倒になってるでしょ」

『うん、若干』


高杉のわかりやすすぎる作戦を早々に実行しようとするあげははもう缶蹴りに飽きているのだろう。
かく言うあたしも早く終わらせたい。そんで糖分摂取したい。
ヅラと高杉のことをバカだとは思ったけれど、作戦を実行することに異論はないのだ。あげはも、あたしも。


「……では行くぞ。健闘を祈る」


(缶蹴り如きに大袈裟な)ヅラの合図を皮切りにあたしたちは動き出したのだった。


***


「あー…もう疲れた」


あたしは部屋の畳に寝転がる。

あの後、ヅラの作戦通りに動いたあたしたち。銀兄を救出し、高杉は本当に辰馬を殴っていた。
しかし辰馬が仕返しにと高杉を蹴り飛ばし二人の喧嘩が勃発。最初に近くにいた銀兄が巻き込まれ、止めようとしたヅラを巻き込み、最終的には傍観していたあげはやあたしまで加わる始末。
結局全員を巻き込んだ取っ組み合いは他の志士たち数人がかりで終結させられたのだった。

そんなわけで今呟いた通り疲れたのだ、あたしは。


「あそこでテメェまで加わるからだろ」

「うるさい」


寝転がるあたしの隣に腰を下ろした高杉。その隣では銀兄とあげはが座り、何か楽しげに話している。
相変わらず仲良いな、あの二人。(以前、実際にあげはにそう言ったら、茉銀と晋助も同じようなもんでしょ、と言われた。勘弁してほしい)
ヅラと辰馬も部屋に入って来て、同じように座る。
なんだか自分だけ寝ているのは気が引けて、あたしはのろのろと起き上がった。


『ねえ、ちょっと聞いてよ茉銀』

「?何?」


両手を高く上げて伸びをするあたしにあげはが話しかけてくる。その顔は少し不機嫌そうだ。
さっきまで銀兄と話していたのに、どうしたのだろうか。


『銀時がさー餡子はこしあんが一番っていうんだけど、やっぱりつぶあんの方がよくない?』

「え、アンタらさっきからそんな話してたの?でも強いて言うならあたしはこしあん派」

『チッ…さすが双子』

「よく言った茉銀!お兄ちゃん感激!!」

『滅びろ!』


あげはが銀兄を蹴った。うわあ…痛そう。
銀兄を一蹴りで沈めた彼女は今ので満足したのか、どこかすっきりした様な表情でヅラの隣に座った。銀兄がよろけながらもあげはの隣に戻ってくる。
喧嘩するほど仲がいいってこういうことなんだろうな。


「……で、アンタはさっきから何なのよ……高杉」


あたしは背後から抱きついて来る高杉の方に振り返った。当の本人は何のことだとでも言うように首を傾げる。
男がそんなことしても可愛くないんだけど。


「別に構わねェだろ、こんくらい」

「構うわ。滅茶苦茶構うわ。暑苦しいのよ!」

「アッハッハッハ!おんしらはまっこと仲がいいのう!」

「珍しく的を射たこと言うじゃねェか坂本」

「え、どこがそう見えるの?目ェ腐ってんの?眼科行った方がいいんじゃない?」

「茉銀は相変わらず辛辣ぜよ!」


呑気に笑っている辰馬を睨む。けれど彼は大して気にしていないようで、相変わらず笑顔のままだった。


『………なんか眠くなってきた』

「お前って結構自由人だよな」

『何を今更』


大きな欠伸を零すあげは。銀兄の言葉に反応を示すも、すでに瞼が半分ほど下がっている。


『…それに最近戦ばっかりでこんなに騒いだの久しぶりだし。なんか気ィ抜けた』

「あー…まあ、な」


銀兄が少し笑ってあげはの頭を軽く撫でると、彼女はそのままさっきのあたしのように寝転んで目を閉じてしまった。どうやら本気で寝るつもりらしい。
銀兄もあげはに倣って彼女の隣に寝転んだ。数秒後、二人分の寝息が聞こえてくる。


「寝るの早いわねコイツら」

「何を言うちょる茉銀。おまんの後ろの奴も疾うに夢の中じゃき」

「道理でさっきから重いわけだよ!」


辰馬に言われて気づいた。
高杉の奴、あたしに抱きついたまま寝てやがる。何てことだ。


「……あれ、そーいえばヅラは?」


さっきから姿が見えないヅラ。いつの間にこの部屋から出て行ったのだろうか。
あたしは再度辰馬を振り返るが、奴は既に畳に転がっていた。………もう一度言おう。寝るの早いわねコイツら。


「何だ、茉銀。もう起きているのはお前だけなのか」

「あ、ヅラ」

「ヅラじゃない桂だ。念のため持ってきて正解だったな」


そう言ったヅラの手には六枚の毛布。なるほど、ヅラがいなかったのは毛布を取りに行っていたからだったのか。
彼は寝てしまった四人それぞれにその薄手の毛布を掛けていく。その姿はまるで母親だ。


「ほら、お前も寝るのだろう?」

「え、あ、うん。ありがと…」


残った毛布の一枚はあたしに、もう一枚はヅラ自身が手に持って。
ヅラはあたしが毛布を受け取ると、辰馬の隣に寝転んだ。


「結局全員寝るのね…」


…それに最近戦ばっかりでこんなに騒いだの久しぶりだし。なんか気ィ抜けた

さっきあげはが言った言葉が頭の中に響く。


「……まあ、いっか」


あたしは未だに抱きついている高杉を剥がして畳に寝かせ(転がしたと言ってもいいかもしれない)、自分もその場に寝転んで瞼を閉じた。

あたしの頬が自然と緩んでいたのはコイツらも、そしてあたしでさえも知り得ないことだった。





(いつでも触れられるこの距離が)
(心地よくて仕方がない)


title:たとえば僕が




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