料理は愛情があれば何とかなる


「ちょ、高杉さん!右!もっと右!!」

「うわっ!大根飛んだ!」

「待てよ高杉さん!一旦落ち着け!」


ふと台所の前を横切ったら平助、永倉さん、左之さんの焦った声が聞こえてきた。
というか晋助もいるのか。何やってるんだアイツらは。そう思ったあたしはこっそり中を覗いてみた。
多分、好奇心は身を滅ぼすというのはこういうことを言うのだろう。この後、後悔することをあたしは知らない。


『………う、うわー』

「あ、あげは!ちょうどいいところに!」

『…………』

「無言で帰ろうとするのやめろよ!」


中を覗いたあたしは平助と目が合い、そのまま他の三人のいるところまで引っ張られた。


『はあ…アンタらマジで何やってんの』


特に晋助、と包丁を握りしめ、まな板の上の大根を睨みつける晋助に向かってビシッと指をさす。返ってきたのは、あ?というガラの悪いものだった。
ちょ、包丁をこっちに向けるのはやめて。


『だってアンタって料理の腕は壊滅的じゃん』

「だから練習してんだろうが」

『ええ…』


この歳になってなんでまたそんなことを考えたのだろうか。チラッと一番まともな答えだ返ってきそうな左之さんに目線を投げかけた。


「あー…いや、さっきまで俺らで料理の話してたんだよ。何なら作れる的な」

「んで、高杉さんは器用そうだよなってことになって、」

「なんやかんや台所に来たらこの通り…」


左之さんの言葉を引き継いで永倉さん、平助が答える。
確かに晋助は器用なところはあるが、料理に至っては壊滅的なのだ。それはもう昔に身をもって知った。


『…晋助、アンタに料理は無理だって』

「うるせェよあげは。俺は最後までやり遂げる男だ」

『何それ無駄にカッコイイなオイ』


晋助はそのまま包丁を大根に向かって振り下ろした。
ドスッ


『「「「「…………」」」」』


その包丁は大根ではなく、平助の頬の真横を通って壁に突き刺さった。


「ぎゃあああああ!!何やってんだよ高杉さん!!」

「あ、悪ィ」

「全然誠意の込められてない謝罪をされても!!」

『…ほら、言ったじゃん。晋助に料理は無理だって』

「「ああ、そうだな…」」


喚く平助をよそに、左之さんと永倉さんが同時に頷いた。
これは台所が半壊になる前に晋助を止めた方がいいんじゃないか?どうやら他の皆(晋助除く)も同じことを考えたらしく、代表して永倉さんが口を開いた。


「なあ、高杉さ「あれ?こんなとこで何やってんの?」…え、」


突然聞こえた声に後ろを振り返ると、先程のあたしと同じように台所を覗き込んでいる総司がいた。
まためんどくさくなりそうな奴が来やがった…!


『総司…』

「い、いいいいや、なんでもねぇよ!な!?」

「そ、そうそう!」

「も、もうここから出るつもりだったしな!」

「…………」


どもりすぎだろお前ら。特に平助。あと晋助はいい加減包丁を手放せ。
そしてそんなあたしたちの様子を見た総司は楽しそうにニッコリと笑うと、そのまま台所に足を踏み入れた。


「もしかして僕、ぐっどたいみんぐってヤツ?」

『どこで覚えたその言葉』

「銀さんが前に使ってた。使い方合ってる?」

『全然。むしろバッドタイミングだよ!』


総司が加わったことで絶対よくない方向に事が進んでいるのは気のせいではないだろう。あたしは一刻も早くこの場所から立ち去りたくて仕方がないんだが。
総司は包丁を持って未だに大根とにらめっこをする晋助を目に留めた。


「高杉さんって料理できるの?」

「ああ」

『おいそこ、堂々と嘘つくのはやめようか』


あたしがそう言えば、舌打ちが聞こえてきた。


「何作るの?」

「煮物?」

「高杉さん、何作るかも定かじゃないのか…」


左之さんの言い分は最もだよ。
総司の登場でさらに顔色を悪くする平助と永倉さんはほぼ無言になっている。彼らのライフはもう0か。


「じゃあ僕は里芋でも切ろうかな」

『「え゛」』


総司は片手に包丁、もう一方の手には里芋(どこから持ってきた)をすでに握っていて、晋助の隣で切り始めた。晋助よりは手際が良さそうだ。


『…だめだ左之さん。あたしもう逃げたい』

「奇遇だなあげは。俺も逃げたい」


絶対あたしたちの顔は引きつっていることだろう。
そんな時に左之さんが少し屈んであたしに耳打ちしてくる。


「……あげは、アイツらが大根と里芋に夢中になっている間に、固まっちまってるあの二人連れて逃げようぜ」

『いや、むしろあの二人犠牲にして逃げようぜ』

「おい」


あたしと左之さんは顔を寄せてこそこそと話し合う。そして出された結論は四人で逃げる、だった。
そうと決まれば即行動。あたしは平助を、左之さんは永倉さんを引っ張って台所から脱出を試みた。


「あげは!?」

『しっ!気付かれないようにこっそりと逃げるんだよ!』

「お、おう…」


さっきまで呆然としていた平助が焦るようにあたしの名前を呼ぶが、それを制止してあたしたちは台所の入り口までたどり着いた。
あと一歩で出られる。そう息を吐いた時だった。


「何してるのあげはちゃん?」

『ぎゃああああああ!!』


ポンと肩を叩かれた。そしてじわじわと力を入れてくる手。
やだこれ振り向けない。
そしてそんなあたしを見て、他の三人は逃げようとしていたので咄嗟に一番手前にいた左之さんの腕を掴む。


「は、離せあげは!」

『アンタも道連れだコノヤロー!そんで逃げた二人は後でシバく!!』


そんなわけであたしと左之さんは台所へと逆戻り。総司はとても楽しそうな笑みを浮かべていた。
ボンッ
あたしたちがぎゃあぎゃあと騒いでいると、聞こえてきた爆発音。これには総司も驚いたようで、珍しく目を丸くしていた。


「あ、爆発した」


音源はもちろん晋助。
なんでアンタはそんなに冷静なの?つーかなんで爆発したし。


「え…え?高杉さん何したの?」

「鍋が無残な姿になってるぞ…」

『……こうなる感じは薄々してた』


はあ、とため息が零れる。
しかし晋助から返ってきた言葉は予想外なものだった。


「できたぜ」

『「「は?」」』


煮物、と見せられたものは綺麗に皿に盛りつけられた大根と里芋の煮物。そう、まさしく(見た目は)正真正銘の煮物。


『…ゴメン、展開についていけないや』

「何がどうしてこうなった」

「うわー…普通においしそうなんだけどこれ」


あたしたちは晋助に差し出されたものをまじまじと見つめる。
やっぱりどこから見てもおいしそうな大根と里芋の煮物だった。


「あげは、お前さん食ってみろよ」

『え゛、やだよ何か怖い!』

「あ?ふざけんな。この俺が作ったんだぞ」

『アンタが作ったからだよ!』


晋助が箸で大根を掴みあたしに差し出してくる。あたしはそれを必死に押し返す。
そんな攻防を見かねた左之さんがじゃあ全員で食ってみようぜ、と提案した。そしてそれに反対する者はいなかった。
結局、あたしも左之さんも総司も、得体のしれないものへの恐怖よりどんな味がするのかという好奇心が勝ってしまったのだ。


『「「「…いただきます」」」』


四人一斉に煮物を口の中へ運ぶ。そして口から出た感想は、


『「「「マズイ」」」』


その一言だった。
そしてあたしたちは晋助にはもう料理をさせないと誓ったのだった。




(この残りどうしようか?)
(勿体ないし、平助と永倉さんに全部食わせる)
(いいなそれ。協力するぜ)
(じゃあ僕も)


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