深夜のテンションは危険 ある夜の新選組屯所。いつもの騒がしさはなく、シンと静まり返っていた。 そんな静寂の中、響く声。 『…まあ、それがあたしたちなんだけども』 「いきなりどうしたよお前」 『いや、静かだなーって』 縁側に座って夜空を仰ぐあたし。隣の銀時がそうだな、と頷いた。 この屯所に残っているのはあたしたち異世界組と千鶴のみ(多分)。他の人たちは今夜攘夷志士に奇襲をかけると言って、出て行ってしまった。 つまりあたしたちは留守番ということだ。 あたしと銀時はともかく、小太郎と晋助はこちらの世界のではないにせよ、攘夷志士なので土方さんたちの判断は妥当なのだろう。 「……つーか土方たちは俺たちを信頼しすぎじゃねェのか?空の屯所にわざわざ攘夷志士を残していくなんざ」 『そんなこと言いつつ何もする気ないくせに』 「うるせェよバカあげは」 小さく呟いたと思ったのに晋助には聞こえていたらしい。思いっきり睨まれた。 「皆さん、お茶が入りましたよ」 『あ、千鶴』 「すまないな、雪村殿。言ってくれれば手伝ったというのに…」 「いえ、私が好きでやっているので気にしないでください」 『天使か』 小太郎の言葉に千鶴はニコリと笑う。ああ、もう可愛いなー…。 千鶴が持ってきてくれたお茶とお菓子を受け取り、彼女に隣に座るよう促す。千鶴は少し照れたようにあたしの隣に腰を下ろした。 「…………」 『…………』 「…………」 『……土方さんたちが心配?』 「え…?」 座ってから黙ってしまった千鶴の顔を覗き込む。千鶴はあたしと目が合った瞬間、瞳を揺らした。 ああ、やっぱり心配なんだ。当然だ、彼らは人を斬りに行ったのだから。 「…心配です。でも、彼らが強いことを私は知っているので大丈夫です」 それに、あげはさんたちもいてくれますし。 そう言って微笑んだ千鶴を抱きしめたあたしは悪くない。 「あげはさん…?」 『ああああああもう何この子かわいいかわいいかわいいかわいい』 「はいあげは逮捕ー」 『ちょっと銀時それどーいう意味』 「そのまんまの意味」 千鶴から離れて銀時を睨むと、フイッと顔を逸らされた。 『…ま、あたしもあの人たちなら大丈夫だと思うけどね』 「はい!」 そこからしばらくはあたしたちの雑談で時間が過ぎていった。 *** 『…なーんか嫌な感じ』 「お前も気付いたか」 『まあね』 ふと感じた塀の向こう側の殺気に愚痴を零す。そんなあたしの言葉に反応したのは小太郎だった。 銀時と晋助も何も言わないが、おそらく気付いていたのだろう。銀時はめんどくさそうにため息を零し、晋助は愉しそうに口角を上げた。 そして一言。 「来るぞ」 晋助が言い放ったと同時に攘夷志士と思われる男たちが数十人屯所に押し入って来た。 『うわー…もしかしてこれ、今夜土方さんたちが奇襲かけようとしてた奴ら?』 「じゃねーの?裏をかかれたんだろ」 「ククッ、まあいいじゃねェか。ちょうど退屈してたところだ」 「おい、無駄口を叩いているなよ。集中しろ」 『「「はーいママ」」』 「ママじゃない桂だ。……二手に別れるぞ」 小太郎のその言葉を合図にあたしは千鶴の手を引いて走り出す。あたしの後ろからついてきたのは銀時だった。 「…っあげはさん、」 『大丈夫大丈夫。なんとかなるって。ねえ、銀時』 「そーそー。あんま難しく考えんなよ、お嬢ちゃん」 銀時が千鶴の頭を撫でる。そんな銀時の対応に千鶴の顔がいくらか安堵の表情に変わった。 「…あの数の攘夷志士をあげはさんたちだけで倒すんですよね?」 『あー…まあ、そうなるね』 「それなら私も手助けします!」 千鶴の顔には先程の不安は見られなかった。代わりに今見せているのは覚悟を決めた顔。 そんな彼女をあたしは素直にかっこいいと思った。 あたしと銀時は一瞬顔を見合わせて、再度千鶴の方を向く。 『「よしきた!」』 そしていつものような悪戯な笑みを浮かべて言った。 攘夷志士たちはもうあたしたちの近くまで来ていた。 *** 『…よっ、と』 斬りかかって来た志士の一人の刃を避けて、脇腹を木刀で殴る。体を傾けた男が地面に崩れ落ちるのを確認してから周りを見渡せば、立っていたのはあたしと銀時、そして千鶴だった。 『千鶴ーお疲れ』 「あげはさんと銀さんも!お怪我は?」 『平気ー』 「同じく、っと向こうも終わったみてぇだな」 銀時が視線を送る先は晋助と小太郎が戦っていたはずの方向だ。 先程までの喧噪が嘘のように静まり返っているから、おそらく向こうも終わったのだろう。 そんなことを考えていたら、案の定晋助と小太郎がこちらへ来たのが目に入る。そして小太郎があたしたちの足元に転がっている志士たちを一瞥して、口を開いた。 「そっちも終わっていたか」 「まあな。……どうだった」 「あの程度の数、たいしたことはねェよ」 晋助が拍子抜けだとでも言いたげに笑った。 「…一つ気になったことがあんだけど、」 『ん?』 「いや、なーんか、な」 銀時が倒れている志士たちに視線をやった。 「コイツらの戦いを見てる限りそんなに賢いとは思えねーんだよなー」 『ああ、確かにね。攻撃も単調だったし』 「そ。なのにあの土方がコイツらの奇襲に気付かねーことってあんのか?」 銀時の言葉にあたしたちは顔を見合わせる。 銀時の言う通りだ。土方さんを始め、新選組の実力は相当。しかも前の奇襲(第六、七訓参照)とは違って、前もって情報はあったはず。それにも関わらずこうも易々と奇襲をかけられるのはなんか腑に落ちない。 「あ、終わったんだね」 『「「「「!!」」」」』 聞こえてきたのは今、屯所にはいるはずのない声。 「お、沖田さん!?」 「やっほー」 一番最初に驚きの声を上げた千鶴に、(何故かここにいる)総司はにこやかに手を振った。 「コイツら全員あげはたちだけで倒したのかよ!すげーな!!」 「土方さんの見込んだ通りだったな」 「あげは、千鶴、怪我はないか?」 総司の後ろから顔を覗かせたのは平助、永倉さん、左之さんだった。 ちなみに四人とも斬り合いに行ったはずなのに怪我どころか汚れ一つない。そこから出される結論はただ一つ。 『………銀時、アンタが言いたかったのってこーいうこと?』 「おー…」 「つまり俺らはまんまと土方の策略に乗せられたってわけか」 やってくれるじゃねェか、と晋助が呟いた。 「そーいうこと。でもこの短時間で全員伸しちゃうなんて、さすがあげはちゃんたちだね」 「なんとなく違和感があったが、俺たちだけを残したのにはそういった意図があったのか」 未だににこにこと楽しそうな総司に、小太郎がため息を零した。 つまりはこういうことだ。今夜攘夷志士たちが新選組に奇襲をかけるという情報が入った。そこで土方さんが提案したのは、自分たちが攘夷志士に奇襲をかけると見せかけて屯所を出て行き、残ったあたしたちに攘夷志士たちの相手をさせる。 確かに手っ取り早くあたしたちの実力を測れるが、いくらなんでも強引すぎやしないだろうか…。 「まあ、それだけ土方さんがあげはちゃんたちを信頼してるってことじゃない?」 『総司……今結構適当に言った?』 「うん」 その綺麗な笑顔をちょっと殴りたくなった。 あたしたちのそんな雰囲気を察したのだろう。左之さんがあるものをあたしたちに見せて、フォローに入った。 「まあまあ。お詫びってことで、今夜はこれで勘弁してくれ」 そう、あるものとは、 『「「酒!!」」』 高そうなラベルが貼られている酒瓶だった。 唯一目を輝かせなかった小太郎が、現金な奴らだな、と千鶴と共に苦笑を浮かべていた。 翌日、二日酔いでまともに動けなかったのは言うまでもない。 (土方さん、一発殴らせて) (断る) [back]
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