「あげは、」
曇り空の下、一人の男が少女の名前を呼んだ。先程倒したのであろう天人の上に腰かけていた彼女は徐に振り返る。
『あ、辰馬』
あげはは坂本の名を口にすると、お疲れー、と言って間の抜けるような笑みを浮かべた。
「随分派手にやったのう」
坂本はあげはに応えるよう笑った。
それが気に入らなかったのか、あげはは少し顔を顰めて口を尖らせる。
『いやいや、アンタだって人のこと言えないでしょ』
「アッハッハッハ!尤もぜよ!」
お互い容赦などしないのだ。自分たちが生き残るためには。
穏やかな会話をを繰り広げる彼女たちの羽織や刀には、今の雰囲気には似つかわしくない血が付着していた。
「ちゅーかあげははこがな所で何しとるがか?」
『んー…?空見てた』
暗に帰らないのか、と言いたいのだろう。坂本の意図に気付いたあげははそう答えた。
別に、空を見ていたわけではないのだけれど。
坂本は少し考えた素振りを見せると、ニッと笑って彼女の顔を覗き込んだ。
『………え、何』
「あげは…おんし、怪我しとるじゃろ」
『………』
坂本の疑問ではない、確信を持った問いにあげはは気まずそうに顔を逸らした。
ほら、やっぱり。
「無理はいかんぜよ」
『…なんでわかったの』
「あげははわかりやすいからのう!」
アハハハハと笑う坂本の頭を思わず叩いたのは悪くないだろう。
「アハハハ!冗談ぜよ!…まあ、あげはがわかりやすいんは否定せんが」
『おい』
「これでもおんしらのことは一番わかっているつもりじゃ」
おんしら、ということはあげはと彼女の幼馴染たちのことを言っているのだろう。
なるほど、確かに。この場所で彼女たちと一番関わりを持っているのは坂本だった。そしてこの男はただ笑っているだけのようにみえて、意外と周りを見ていた。
『…銀時たちには言わないでよ』
観念したようにあげはが言った。
「そんなら帰ったらわしが手当てしちゃるきに」
『え、やだよ!辰馬に手当て任せるとか不安しかないじゃん!』
「アッハッハッハッハ!相変わらずひどいのう!」
『てゆーか、このくらいの怪我なんてどうってことないし』
アイツらには心配かけたくないんだよ。
あげははポツリと呟いた。
自分が気付いたくらいだから、彼女ともっと付き合いの長い彼らなら気付くのではないだろうか。坂本は即時にそう考えたが、敢えて言おうとは思わなかった。
「おんしらしょうまっこと仲がええのう」
まるで他人事といった様に感嘆の声を漏らす坂本を、あげはは呆れたように見上げた。
『……言っとくけどアンタにも言うつもりなかったからね、怪我したこと』
その言葉に坂本は面食らったような顔を見せる。
それは、つまり…。
『あたし、結構銀時たちと同じくらいアンタにも気ィ許してるつもりなんだけど』
あげはの中で自分はかなり信頼されているらしい。
その事実に自然と笑みが零れた。
『…さてと、そろそろ帰るかー』
あげははようやく立ち上がると、坂本の隣に並んだ。
「おぶっちゃろーか?」
『いらん』
そう言ってあげはは笑った。
手を伸ばせば届く距離にいて辰馬と少し歩けば、そこには銀時、小太郎、晋助が立っていた。向こうもこちらに気付いたようで、小太郎があたしたちに声をかける。
「遅かったな。何かあったのか?」
『いや、特に何もない』
「どーせバカ同士で何かしてたんだろ」
『辰馬と一緒にしないでくれる!?』
晋助の言葉に冗談じゃないと言い返せば、隣の辰馬が本日二回目、ひどいのうと笑った。
「……で、実際は何があったよ」
銀時の問いに答えたのはあたしではなく辰馬だった。
「ああ、あげはが怪我したぜよ」
『辰馬ァァァアアアア!!』
早々にばらされた。
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