犯人の名がわかった。そう電話がかかって来たのは桂との電話の二日後。最悪のタイミングでだった。


『あーもう!なんでもっと早く犯人突き止めないかなァ!!』

<仕方ねーだろ!こっちだって結構頑張ったっつーの!!>

『…チッ、わかってる。とりあえず一回切るわ』

<ああ、気ィつけろよ>


銀時との会話を終えたあげはは走る、走る、走る。太陽が沈みかけた今、彼女が一人でいるのは危険すぎる。
見失ってしまった桐島を見つけるため、あげはは屋根の上に飛び乗った。

こんな事態になったのは今から十数分ほど前のことだった。


***


「……今日、いないですね」

『そうだねェ…(ここんとこ毎日だったくせに不気味だわー…)』


あげはと桐島は二人。桐島の仕事帰りをあげはが迎えに行く。これも彼女に課せられた役目の一つだった。
いつも桐島の仕事帰りには後をつけてくる人物が今日はいない。これで終わってしまえばいいのだが、あげはにはそうは思えなかった。桐島を不安にさせないために敢えて口には出さないが。


「あっ!」

『おお!?ど、どーした?』


一人考え込んでいたあげはは突然声を上げた桐島に思わず肩を揺らした。


「ないの…」

『へ、』

「高校の友達からもらったストラップ…カバンに付けてたはずなのに……」

『…駅であたしと会った時にはあったな、そのストラップ』

「じゃあ帰り道で落としたのかも…。私探して来ます!」

『え、はあ!?……って速っ!!』


今までに見たことのないスピードで走って行く桐島。しばらく呆然と立っていたあげはは我に返り、徐に走り出した。
やばい、やらかした。依頼人見失った。やばいやばいやばい。

そこにかかってきたのが銀時からの電話。犯人の名前を伝えられたが正直それどころではない。
あげはは半ばやけに銀時の電話に応えていた。事情を聞いた銀時は高杉がそっちに向かっていると。


『あーもう!なんでもっと早く犯人突き止めないかなァ!!』


そして現在に戻る。


***


「ひっ…」


首筋に当たる鋭いものに小さく悲鳴を上げる。冷たい感触…それは紛れもない刃物だった。


「最近は邪魔な女が隣にいたけど、一人になってくれてよかったよ」


少し高めの男の声。それはあの日、桐島が見た殺人犯の声に間違いなかった。
歪んだ笑みが怖い、気持ち悪い。誰もいない薄暗い公園まで連れて来られた桐島は恐怖で体を震わせる。


「警察には言ってないようで安心したよ。これで君を殺せば目撃者はいなくなるわけだしね」


一層笑みを深くした男が持っていたナイフを振り上げたのと閑静な公園にバイクのエンジン音が轟いたのは同時。一瞬で辺りが明るくなるとバイクが一台公園の中まで突っ込んできた。


『ちょ、晋助ェェ!?危ないだろーが!!』

「ああ?うっせぇな。テメェが依頼人から目ェ離すのが悪ィんだろーが」


バイクから降りたのは二人の男女。その人物たちを見た桐島が目に涙を浮かべて女の方に抱きついた。


「…っあげはさ、」

『うん、もう大丈夫。ごめんね?怖い思いさせて』


あげははそう言って桐島を自分の背中に隠す。


「ククッ…よお、ストーカーさんよ。…いや、今井拓矢だったなァ。この二カ月で三件の殺人事件を起こし、加えて今回のストーカー事件の犯人。…そうだろ?」

『まあ、殺人事件の方はあたしたちには何ら関係ないんだけどねー。…でも桐島さんの依頼はあたしたちが請け負った。だからアンタにはここで捕まってもらうよ?』

「………チッ、邪魔しやがって」


キラリとナイフが光る。今井がナイフを構えたのだ。


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