でろんと身体を丸めるこいつに、私はもはや蔑視だけを注ぐ。
骨の存在すら感じられないほどに曲折している男は、「とーぶんとーぶんとーぶんとーぶん」と飽きもせずに唱えていた。

『なんなの?ケンカ売ってるの?売ってるんだ』

開いた問題集にシャーペンを投げつける。
カランと小さな音を立てて、ペンは惜しくも本には乗りきらなかった。
銀時のチラリという覗き見には気づかずに、私は口を尖らせる。


同じ志望校を目指すと意気込んでくれたときは、涙を浮かべて喜んだというのに・・・数週間経てばコレだ。
自分の勉強時間を削ってまで叩き込んだ公式は、全て“糖分”に変換されてこのバカの口から抜けていく。

涙を返せこの野郎!
こちとら安く売ってないんだよ!!

『もういい、やる気なくした。帰る』

受験期に彼氏なんて邪魔なだけだと銀時を嗤われて少しムカついた私は、その友人に啖呵を切ったのだけど。
貴女のいう通りでした。奴はやはりバカです。たぶん、この天然パーマのカールに頭の養分全て使われてるんだと思います。

伸ばした膝でガタンと椅子を後ろに押し込む。

『やっぱり、銀時には無理だよ。別に私、大学違っても別れる気なんて無“かった”から、今からでも志望校変えればいいと思う!』

「・・・は・・・?ちょ、待っ、」

『銀時なんて知らない!せいぜい浪人してろクソパーマ!!!!』

荷物を適当にバッグに詰め込み、駆け足で二人きりだった談話室から飛び出す。

目を合わせる勇気すらないくせにまた啖呵を切る私も、随分とバカなのだろう。
私の隣に居られるなら、自分がスタンド化することになってまでも頑張ると言った言葉を信じた私は、もっとバカで、情けなくて、どうしようもなく彼が好きなんだろう。

こいつがいい加減男だってことは知ってたのに。
時折見せてくれる真剣さは、文字どおり時折でしか無かったというのに。

これは、自惚れていたということだろうか。


私のことを追っかけてきてくれない奴だとは、・・・・・・信じて、なかったのに。
自分の足音しか耳に入らないこの現状は、・・・終焉を知らせているのだろうか。


『ど、して・・・こんな時期に・・・っ』

一番自分に勝たなきゃいけないこの時期。
一番自分を信じなきゃいけないこの時期。
一番、彼が必要なはずのこの時期に。

『どうして、糖分なんかに負けちゃ・・・っ、』

余りにも惨めすぎる言葉の最後は、私の口から音もなく滑り落ちる。

あふれでる涙は、下駄箱の前に立ち屈む私の上履きへ一直線。
ろくに洗わない上履きはうっすらと黒くなっていて、そこに染み込めば楕円を描いて黒さを増した。
不甲斐なさと受験生という名の重石が余計に涙に対する重力に滑車をかける。

それでも毎日、机に向かってきた。
自分でも褒めたくなるほどに、赤本を開いては捲ってきた。
銀時が隣にいるときは、疲労すら忘れてペンを走らせた。


本当は、良くない。
銀時と違う大学に行くなんて、全然許容範囲じゃない。

「俺もそこにするわ」

その言葉を聞く前なら堪えられたはずが、美味しさを知った心はそう優しくない。

別々の大学に行ったら、嫉妬心と心配で生きていけないかもしれない。

『やだよ・・・銀時・・・』

いつの間にか着いていた自宅で膝を抱える。
家族の居ないこの時間帯は続行の集中時なのに勿体ない───頭の片隅でそんなことすら考えてしまう受験生の自分が心底嫌になる。

相手のことを考えられていないのは、私も同じだ。
結局は、自分の勉強時間と不安と欲望のままに動いて、銀時を突き放した。
自分が一番可愛いと思うのは、きっと誰だって一律してある感情なのに。

『ただの八つ当たりじゃんか、こんなの』



顔を深く膝の間に埋めたとき、インターホンが鳴った。
誰だかは予想出来てしまう。

「・・・名前、」

仏頂面で俯きながら開いたドア一枚の距離感を保ちながら、銀時は手を伸ばした。
手袋の生地である革が、この一瞬で冷えた私の頬を包む。

「・・・俺が悪かったよ」

『・・・・・・っ、』

「バカな銀さんは、やっぱお前がいねぇと集中出来なくてよ」

私が飛び出した後の図書室でペンを持ち直しても、銀時は一点の黒い染みを作れなかった。

「だから、隣に居てくれ」

『っ・・・あぁもうっ!!』

勉強を頑張ると言われたわけでも、糖分よりも大切だと言われたわけでもない。
それなのに、こんな甘い言葉で許してしまえる。
怒りなんかぶっ飛んでしまう。

どうしようもなく、抱きしめたくなる。

飛び込んだ先の温もりにすがりながら、その身体を引き込んだ。

『・・・やっぱ、銀時と一緒の大学がいい』

「ん」

『だから、もっと頑張って』

「ん」

『・・・好き。好きなの』

「・・・ん、知ってる。・・・名前」

抱きしめられた力から、銀時の「好き」が聞こえる。
私を喚呼ぶ甘い甘い声に、酔いそうになる。

『もっともっと、銀時と一緒にいたいの』

「・・・・・・な、なんか、名前ちゃん今日は自棄に率直デスネ」

顔を赤くする銀時の胸に、額を押し付ける。

『バカな銀時に分かりやすく言ってるの!』

こんな風に隠しても、たぶん私の顔の赤みも鼓動の早さも銀時と同じだということはばれちゃうだろう。
変なところに聡い人だから。

「あんまし可愛いこと言うと、最高の甘味に食い付きたくなるんだけどぅぉぶっっ!!!!」

『さ。勉強の続きしようか!』

「ハイ。」

右拳の力を抜いて、その手で腹を押さえる彼の手を引き自室へ誘う。
玄関の扉を閉めるときに、外の足元に置かれた紙袋を指差した。

『ねぇ、あれ銀時の?』

「あ?・・・あぁ、忘れてた」

がしがしと頭を掻きながら持ち上げたものを、銀時はそのまま私に差し出した。

淡い林檎の香りにそそられて覗くと、緑の葉が見上げていた。
茎につけられた紹介文を読み上げる。

『んーっと・・・カモミール、花言葉は──「名前」──んっ・・・』

私の言葉を直接飲み込んだ銀時は、ニヤリと笑った。

「あと少し、頑張るぞ。んで、一緒に合格するから」








苦難の中で、苦難に耐えて。








(それ、育てて)
(はっ?)
(白い花が咲くらしい、・・・4月辺りに。それもってあの大学の門潜るぞ)



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