雪がチラチラと視界を霞める。
吐いた息は白く、そのまま空の雲に溶け込んだ。

灰色の空を覆う天上は、何だか親近感が沸く。
ドクドクと朝から嫌な立てて流れ続けていた血液が、少しブレーキをかけた。



『っ・・・、大丈夫。絶対大丈夫』

ギュッと握りしめた御守り。
中に入ってるものは神様なんて大層なものじゃなく、B4のルーズリーフを12等分した二つ折りの紙切れ。
それがクシャリと一層小さくなった音がしたけれど、大したことはない。
そんな脆い支えじゃないんだ。

だから、まだ開けてはいけない。





立ち止まっていた重い右足を、漸く持ち上げた。
周りを見渡せば、同じようにコートに身を包んだ人がうようよいる。
きっと向かう先は変わらない。
そしてこの緊張と不安も、共通しているはず。

何分か歩いて目的地を目の前に捉えると、怯む気持ちはより強く押し上げてくる。
そんなのは私だけじゃなくて、他の人も一緒で。

だから何人かは、私の数歩離れた横一線上に並ぶ。

躊躇うわけではない。
ただ、ここに入ってしまったら今までの努力の結果が全部反映されない理不尽な世界に誘われてしまうから、それが恐いだけ。





みんなの心の拠り所が何処にあるのかは分からないけど。
私にとってのそれがこの御守りと家庭教師にあるってことは、ちょっぴり自慢だ。


だってほら、

「なーに立ち止まっちゃってんの、名前ちゃん」

当事者の背中を押すために生徒より早く来ている家庭教師なんて、この人だけだと思うから。



『なん、で・・・』

私だって予想だにしないから、幻聴かと思ってしまう声に心臓を捕まれて面をあげる。

ゆっくり歩み寄ってきた彼は、目の前で上から優しい笑みを落とした。
チラチラと舞い降りる雪が、空を埋める雲と同じ色に溶け込む。


「不安なのか?」

ふるふると力無く頭を横に振ることすらできない私に、家庭教師は薄く笑った。

「大丈夫だ。名前がどんだけ頑張ったのかなんて、銀さんが全部知ってんだよ」

『っ・・・』

「お前の努力が実を結べねぇなら、俺が実をくっ付けてやる」

『ふふ、なにそれ。どうやって?』

「おま、ボンドの威力ナメちゃいけねーよ」

『・・・あのさ、そこはボンドよりアロンアルファが良かったよ』

現実味のない冗談に表情が緩む。
彼と話すだけで今までの不安要素全部吹き飛ぶんだから、私も大概単純で扱いやすい。



「ここ入って出てきちまえば、あとは銀さんとの極甘キャンパスライフ待つだけだ。楽なもんだろ?」

『入って出てくるまでが楽じゃないんだけど』

「・・・気持ちで負けたら勝負に勝てるわけねぇんだよコノヤロー」

『はぐらかすな。』

わしゃわしゃと後頭部を掻く銀時。
必死に私のために言葉を探してくれてるんだろうか。

やがて、その手をポンっと私の頭に乗せた。

「お前が分からない問題は、他の奴らもわかんねぇに決まってんだろ。だからよ、胸張って行ってこい」

『・・・うん』

横に並んでる人数は、顔ぶれが違うだけで減ってはいなかった。
ここで私も一抜けさしてもらおうか。

「御守り、どーしても不安だったら中身見ろよ」

その声を背中で拾って、脹ら脛に力をいれた。






試験開場について、気になって開いた御守りの中身。
筆圧の無い薄い、【暖愛飽愛】の四文字に俄然やる気が沸いてきた。








私と貴方の辞書で考えよう。




▼暖愛飽愛
 意味:“愛があれば不自由のない満ち足りた生活になる”




(もうちょっと受験に関係ある言葉が欲しかったなんて、)
(愛を語れたら言えないよ)











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