外はだんだん墨を溢したような色になってきて、耳障りだった部活動の声が小さくなっていく。
私は窓際の誰のか解らない机に座って、牛乳パックのストローをくわえてちゅうちゅう吸っていた。
足下でゲームと睨めっこしている王子様に、ねーえーと声をかける。
返ってきたのは返事じゃなくて、ピロロンと何とも間抜けな音楽だった。
くそっと小さく悪態をついて、私の声なんか全く聞こえていないっぽい。
もう一度ねーえーと言えば、黒板に落書きしていた蛙が振り返った。



「さっきから何なんですかー?五月蝿いですよー」
「先輩たち遅いねって、ただそれだけ」



言ってから、ちゅうと大きく吸う。蛙君のチョークの音と、ゲームの効果音。
三つ揃った音で、世辞でも綺麗とは言えない音が奏でられる。
友達と世間話でもしながら帰り支度を始めている部活動生が、少し羨ましかった。
たった三年しかない高校生活を満喫しているという、あの楽しそうな顔。見てよ、私たちとは大違い。
空になった牛乳を、それでも吸った。ずずーと下品な音が響く。
五月蝿い、と足下から声が挙がった。それに、ごめんなさいと大して心を込めずに謝る。
ぶらぶらと足を揺らしながら、パックを潰していく。



「良いなぁ、皆楽しそうにしちゃって。青春を満喫しちゃってる感じ?」
「何、羨ましいの」



わざわざ手を止めて私を見上げる王子様に、うーんと曖昧な返事を返す。
三年生卒業間近のため云々と書かれたプリントが、紙飛行機になって飛んできた。それは見事頭に突撃して、あいたっと間抜けな声が出た。



「何やってんだテメェ。馬鹿か」
「先輩」



見れば、呆れた顔をした先輩が前の方の扉にいた。
その後ろには、私の恋人様が面倒臭そうな顔をして立っている。



「今、紙飛行機投げたの先輩?」
「いやザンザスだぁ」



床に落ちていた紙飛行機を拾って、丁寧に皺を伸ばしてから扉に近寄る。
親切に先輩が横にずれてくれたお陰で、恋人様の全身が見えた。
出来るだけ修復したプリントを差し出せば、明らかに渋々という表情をして受け取った。



「ダメですよ、ザンザスさん。大切なプリントなんだから。紙飛行機なんかにしちゃったら、大変なことになっちゃいます」
「大変なことって何だよ」
「え……、えっと」



答えに困ってどもった私の髪をぐしゃぐしゃにして、恋人様は教室の外に出てしまった。
それを見て慌てて教室に入り、鞄を手にとる。殆ど起き勉しているため、びっくりするくらい軽い。
ゲームを鞄の中に直している王子様と、落書きだらけの黒板をぼーと眺めている蛙に、早く!と促す。
苦笑している先輩の横を通り過ぎて、先に行ってますと言い残してから、恋人様を追うために駆けていく。
階段を降りたところで恋人様を見つけて、体当たりをするかのようにして胸の中に飛び込んだ。



「置いていくなんて酷いです」
「モタモタしてるテメェが悪い」
「むむー」



逞しい腕に、私の頼りない腕を絡める。
もう残っている生徒が少ないため、校舎の中はシンと静まり返っていた。



「ザンザスさんも進学するんですよね。スクアーロ先輩から聞きました」
「……どうしたんだ急に」
「急なんかじゃありませんよ。私ずっと考えてたんですから。どうやったらザンザスさんを留年させることができるのかなって」
「……」



途端黙り込んでしまって、難しい顔をする恋人様に笑みをこぼす。
冗談ですと言えば、眉間の皺がほんの少しだけ薄くなった気がした。本当だけどと心中で付け足す。



「ザンザスさんが卒業しちゃうなら、私の青春も終わっちゃうなあ。ザンザスさんがいない学校なんて、楽しくないし」



辞めようかなぁと本気で考えていれば、不意に恋人様の足が止まった。自然と私も止まって、不思議に思いながら顔を見上げる。
そこにあったのは神妙な面で、実に言いにくそうにダメだと告げた。
意外な言葉にキョトンとして、それからうっすらと笑った。
大丈夫ですよ。ザンザスさんに会えなくなるなんて憂鬱で、ちょっとネガティブなこと考えちゃっただけですから。
言いながら、さあ、早く行きましょうと止めていた足をもう一度動かす。
暫くしないうちに騒々しい声が聞こえて、すぐに先輩達だと解った。
三人で何かをもめている様子で、おーいと手を振る。
友達と世間話でもしながら学校をでて、素敵な恋人様に家まで送ってもらう。
もしかして、これが青春というやつなのだろうかとふと思った。
別れ際、私もザンザスさんと同じ大学に行くと言えば、一度パチクリと瞬きをして、私の髪をぐしゃぐしゃにして撫でた。





 
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