幸せなんて、私がそんなものを手に入れることが出来るなんて思っていなかった。私みたいな殺人者が人の幸せを奪っておいて、自分だけ幸せになるなんて不公平だし。
だから、こんなぬるま湯に浸かってるような日常が、どうしても現実だと思えなかった。
朝起きればおはようと言ってくれる人がいて、人を殺しただけなのに誉めてくれる。慰めてくれる、喜んでくれる、笑いかけてくれる。そんな当たり前の日常。
出来るなら……、叶うことなら。ずっとこんな日常の中で笑っていたかった。



「何処に行くんだぁ?」



夜中の二時を回った頃だ。
寝ていたベッドからなるべく物音をたてないようにして起き上がったとき、不意に腕を捕まれた。
見れば、今まで私の隣で寝ていた筈のスクアーロが私をしっかり捉えていた。
そんなスクアーロに困ったようにはにかんで、終わりを告げる。



「ゲームオーバーだよ」



そう、もうゲームオーバーなの。



「テメェのファミリーんとこに帰んのかぁ?」



腕から手を放し、身体を起こすスクアーロに知っていたんだと言う。
それに皮肉るように口の端を吊り上げて、応えた。



「テメェがスパイだってことなら知ってたがな」
「酷いひと」



笑みが自然と零れてしまう。
もう一度酷いひとと繰り返して、私は今度こそベッドから降りた。
もう仲間じゃない私を止める人はいない。
屋敷を出るための準備をしている私に何を言うでもなく、ただ視線を向けていているスクアーロの目が痛い。
元々あまりなかった着替え等を適当な鞄に詰め込みながら、何故かと問う。
何で私に優しくしたの?



「スクアーロたちのせいだよ。『幸せ』というものを知ってしまった。私も『幸せ』になれるんだって気付いた。初めて恋を覚えた。……スクアーロと離れたくないって、思った」



泣きそうだった。ツンと鼻の奥が刺激されて、涙を堪えるために眉間に力をいれる。
きっと今、おかしな顔をしているのだろう。スクアーロの私の最後の記憶がそんな顔なんて嫌で、小さなプライドが振り向くことを許さない。
パンパンに膨らんだ鞄の中には、溢れそうな程のヴァリアーでの思い出が詰まっている。
私も未練がましいと自虐的に笑った。こんな最悪な結果を招いたのは、まだまだ甘ちゃんな自分だと言うのに。



「じゃあね、スクアーロ。元気で」



ドアノブに手を回して、聞こえるか聞こえないかの声で別れを告げる。
今の私の声はみっともなく震えていて、聞いて欲しくないと思ったから。
ガチャッと軽い金属音がして、扉を開こうとした。



「待てよ」



横から伸びた、義手。
その手が開きかけた扉を素早く閉じる。
急な展開に着いていけなくて呆然としている間に、鍵までしめられてしまった。



「『私はスパイで今から自分のファミリーに帰ります』なんて言われて、素直に『はい、そうですか』って帰すわけねぇだろ」



そりゃそうだ。
自分が敵だと暴露した人間を簡単に逃がすほどヴァリアーも御人好しじゃない。
殺されるならスクアーロがいいなと思っていたから、私は面倒な抵抗はせず、全てを受け入れるつもりだった。
なのに、私が覚悟した鉄はいつまで待っても私の身体を貫かない。
代わりに降ってきたのは、甘くて酷な、言葉。



「何処にも行くんじゃねぇ」



ぎゅうっと私を抱き締めながらそんなことを言われたら、突き放すことが出来なくなってしまう。
私だって、スクアーロのことが好きなんだから。
そっと遠慮がちに背中に手を回す。絶対に何処にも行かないと呟いて、さあどうしようかと考える。
ボスに敵を好きになったからファミリーを抜けます、なんて説明できるわけがない。それじゃあ、このままヴァリアーで下らない日々を過ごせばいいやと考えて、面倒な思考は全て投げだした。





 
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