今日は任務もなくて、談話室で紅茶を飲んでいたときだ。何の前触れもなく、後ろから誰かに肩を叩かれた。それに肩がビクンッと跳ね、慌てて振り返る。そこにいたのは目を大きく見開いているスクアーロで、片手には何かの書類と思われる紙束が握られている。


「うおっ……、驚かせちまったみたいでわりぃな」


申し訳なさそうに言うスクアーロに大丈夫だと言おうと口を開き、しかしすぐに閉じる。代わりに首を横に振って、気にしないでと口パクで伝える。それが伝わったのか、安心したように目を細めた。


「しっかし、お前も大変だよなぁ。ザンザス以外の男と話すな、なんて無茶な命令されてよ」


次の任務の為らしい書類を渡されながら言われた言葉に苦笑をこぼす。仕方がないよと心中で返した。それだけ、私が愛されているということなのだから。寧ろ誇らしささえある。
その後一方的にだけど少し話して、スクアーロは任務があるからと談話室を後にした。温くなった紅茶を胃に流し込んで、立ち上がる。そろそろ部屋に戻ろうと、ティーカップを片付ける為に手を伸ばした。


「!? く、はあっ!」


横腹に衝撃が走り、さっき飲んだ紅茶が口の中から溢れた。テーブルの上に倒れこみ、ティーカップが派手な音をたてて落ちる。目の前が白くなるのを感じていると、髪の毛を掴まれ無理矢理顔をあげさせられる。そのせいで、手放すはずだった意識が覚醒した。目の前にある紅い瞳に、知らずのうちに畏縮する。


「何やってんだテメェ」
「……何で、私約束破ってない。スクアーロと、話してない、よ」
「そんなこと言ってんじゃねえよ」
「かはっ!」


またお腹に衝撃。前のめりになるように身を縮めるが、お構いなしにまた殴られた。


「テメェは俺のもんなんだから、俺の許可なしにチョロチョロ動き回ってんじゃねえよ」
「ぐっ!はあ……、あ、ごめ……なさい。ザンザス……ごめん、ごめんなさい」


こういうときは、ザンザスの気が済むまで殴られる。一度他の皆が止めに入ったが、そのとき私以上に手酷くやられた。全治五ヶ月。そんなに長い間休むわけにはいかないから、任務に行っていたせいで更に治るまで時間がかかった。もちろんザンザスの強制。それからは誰も助けてくれなくなった。だから私はひたすら謝って、暴力が終わるのを待つしかない。
涙を溜めながら謝っていると、不意に攻撃の手がとまった。ようやく終わったかと見上げれば、呆然と私を見下ろしている。数秒見つめあった後、逞しい腕が私を抱き締めた。すまないとか細く小さな声で謝るザンザスに、薄く笑ってみせる。


「大丈夫、大丈夫よザンザス。私はあなたのものだから。あなたに与えられた痛みだって、私の宝物なの。だから痛くないわ。ねえ、ほら。顔をあげて。あなたの顔がよく見えないわ」


自分に言い聞かせるように、そう言う。私は彼のことを愛しているから、何ひとつ辛くない。そうしてまた、私の心は傷付くの。





 
- ナノ -