ベルちゃん!大変なの見て見て!


【例題1】


それはクソ暑い真夏の日のことだ。邸の中は冷房が効いているから涼しいが、一歩外に出れば容赦なく陽に照らされる。そのせいで好きなはずの任務もあまり楽しめないでいて、部屋でぐったりしているときになまえはやってきた。何故かバスタオルを巻いているだけで、他には何も纏っていない。それだけで危ない格好なのに、更にバスタオルをはずして背中を俺に向けた。傷だらけの肌は同情を誘うものではなく、寧ろ欲情を煽るものだ。


「き、急に何だよ姉ちゃん」


声が不自然な程裏返った。だが、それに気付くことなく眉を八の字にしたままなまえは言う。


「最近かなり暑かったせいなのかな。汗疹が出来ちゃったの。ねぇ、目立つ!?」


そう言われてよくよく見てみれば、確かにそれらしきものがある。それは本当によく見ないと気付かない程度で、大丈夫だと言おうとして気付いた。バスタオルで胸を隠しているが、後ろは全くだ。しかも、その全くもって隠していない背中を俺に見せているため、その……あれだ。


尻 が 見 え て い る !



バクバクと五月蝿い心臓を押さえながら、さて、どうしようかと考える。見えていることを教えるとしても、何と言う?あの〜、お尻見えてますよ〜か?それじゃあ、ただの変態だ!あーでもないこーでもないと考えていれば、ベルちゃん?と不思議そうに首を傾げるなまえの姿が映った。屈むようにして俺を見下ろしているため谷間が……、


「さっき尻見えてたぜ」


なんかもう、全てがどうでもいい。マジでごちそうさまでしたって感じだ。
ぽろりと口から出た言葉になまえは二・三回瞬きをしたあと、何てことないと言うように笑った。右手を振りながら、


「ベルちゃんになら見られても構わないよ〜。だって私の可愛い弟だもん」


神様、そろそろ弟マジで辞めたいんですけど、ダメですか?








ベルちゃんお風呂の時間ですよ〜。


【例題2】


そう言って俺の部屋にひょっこり顔を出したなまえの手には、タオルやらシャンプーやらが入った篭がある。お風呂の時間って何だよ、部屋にシャワーがあんじゃんとか思った俺は、それをそのまま口にしてみた。そうしたら恥ずかしそうに俯いて、左の耳朶を触るなまえに何だと首を傾げる。耳朶を触るのは、なまえの恥ずかしがるときの癖だ。おずおずと言い出しにくそうに口を開いたなまえの言葉に、耳を傾けてみる。


「あのね…、さっきホラー映画観たから一人でシャワー浴びれないの。ベルちゃん、一緒にいい?」


これ何てギャルゲー!?壁に頭を打ち付けたい衝動を必死に押さえながら、いやいやいや!と言ってみる。


「確かに姉弟だけど、仮にも男と女なわけだし!そ、それが裸で密室ってっ!
もし間違いがあったらどーすんだよ!なっ!?考え直したがいいって!」


これは最高のチャンスだと囁いてくる悪魔の囁きに耳を塞ぎながら必死に言うが、それに比例するようになまえの顔に陰がさしていく。明らかに落ち込んでいくなまえに、先に折れたのは俺だ。あー!と叫び声をひとつ上げて、仕方がないなと返す。そうすればあっという間に笑顔になるのだから、現金だというか単純だというか。保護欲を掻き立てられる生き物だ。どうせ今回も、俺が弟だから大丈夫だとでも思っているのだろう平和な思考のなまえに溜め息をつきつつ、準備をするために座っていたベッドから立ち上がる。なまえの隣を通り過ぎようとしたとき、不意に手首を掴まれた。俺の方が身長は高いため、爪先で立ちながら耳元に唇を寄せ、小さな声で囁く。


「あのね、勘違いしているみたいだから言っておくけど、ベルちゃんが弟だから一緒に入りたいんじゃないの。ベルちゃんだからなんだよ」


一体どういう意味か訊こうとしたとき、手持ちの篭の中を見て、急に声を上げた。


「あ、着替え忘れちゃった。ごめんね、ちょっと取りに行ってくる!」


そう言ってくるりと踵を返し、扉に駆けていくなまえの背中をただぼーと眺める。さっきからあの言葉ばかりを反芻していた。俺だから?それってつまり、


「ベルちゃん」


不意に聞こえた声に、ハッと意識が戻る。半分以上部屋の外に身体を出していて、顔だけが覗いている状態でなまえが悪戯っぽく笑っていた。真っ赤な唇が妖しく映る。真っ赤な舌が、毒を、吐く。


「Ti amo.」


それだけ言い残すと、完全に向こうに消えて扉を閉めた。バタンッと音がしたのと同時に、崩れ落ちるように座り込む。ああ、神様。俺は今までずっと願っていた"弟からの脱退"を叶えることができるようです。外は相変わらず暑いんだろうが、今度なまえを誘って海に行こうというプランが既に出来上がっていた。





 
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