サイアク!そう大声で叫んで、近くに転がっていた死体の頭を力任せに蹴る。そうすれば骨が砕ける嫌な音がして、気持ちの悪い血肉がブーツに着いた。それにもう一度サイアク!と叫ぶ。背後から聞こえた馬鹿みたいな笑い声に顔をしかめながら振り返る。加減なんて知らない真っ赤に染まった王子様が、ナイフを扇状に広げていた。何が最悪なんだよ、と解っているのであろうに態と訊いてくるベルに苛つきながらも、口の端を歪ませて答える。


「ベルと一緒に任務しなきゃいけないからだよ。見てよ!ベルが殺りすぎたせいで、買ったばっかりのブーツが汚れたじゃない!」
「それは自業自得じゃん。大体、隅っこで何もせずに棒立ちだった奴に、そんなこと言われたくねぇんだけど」
「あたしだって少しは殺したじゃない!それに、彼女に殺せとか言うなんて彼氏としてサイテーだと思うんだけど!?」
「ンなのさぼるための言い訳じゃん。今更彼女面とかしてんじゃねーし」


その言葉に思考が追い付かなくて、ハッと唇の隙間から空気が漏れた。何それ彼女面?それじゃあ、まるであたしがベルの彼女じゃないみたいじゃない。もういいとだけ言い残して、くるりと背を向ける。
いつもこうだ。どうでもいいようなことで喧嘩ばかりして、ベルの言葉に一々傷付いて。まるで一人相撲だ。きゅっと結んでいた唇を開いて、馬鹿みたいとこぼす。こんな茶番劇、馬鹿みたい。あたしばっかりがベルを好きみたいで、そんなの悔しい。ベルもあたしのことに夢中になって、あたしの一挙一動に喜んだり哀しんだりすればいいんだ。


「あーあ、どうせならスクと組みたかったな。スクなら優しいし強いし、あたしに無意味な殺しなんてさせないもん」


ベルに聞こえるように、態と声を張り上げる。もちろんそんなこと微塵も思ってない。本当はベルと組めて、すっごい嬉しかった。だから新品のブーツをわざわざ履いてきたんだし、どうせ汚れることは解っているのにできるだけのお洒落もした。二人っきりの任務を楽しみにしていた。なのに、いつもと変わらなくてあたしのことなんか眼中にないかのようなベルに、勝手にムカついていただけなんだ。あたしが悪いんだって、勝手に怒ってるだけなんだって解ってる。でも、だからといって我慢なんてできないんだよ。
ヤキモチをやいてくれることを期待して言った言葉に返ってきたのは、どうでもいいという気持ちを含んだ声。


「そんなにスクアーロと組みたいんなら、今度からボスにそう言えば?俺もこれ以上お荷物の面倒なんて見れねーし」


ぴたりと足を止める。何それ、何それ!くるりと振り返れば、あたしとベルの距離はかなり離れていた。それを埋めるように、大股でどんどん歩く。ベルは一歩も動こうとしないから、二人の距離は規則的に縮まるだけだ。ついにベルの元まで辿り着いた。襟元を握り、顔を強制的に近付ける。こうすれば身長差なんて関係ない。興味のなさそうなベルの顔が目鼻の先にある。それがあたしの神経を逆撫でする。


「何でそんなこと言うわけ!?ベルは肝心のとこで鈍感過ぎるんだよ!少しくらいあたしの気持ち解ってよ!あんなの嘘に決まってんじゃん!本当はベルと組めて嬉しかった!張り切りすぎて寝不足だったから、ぼーとしてたっ!ベルのことが好きだから、」


そんなこと言って欲しくなかった。
そう言おうとした言葉は最後まで続かなかった。あたしの唇を塞いでいる物の正体を考えて、それに気付いてパチパチと瞬きをする。久しぶりの口付けはただ当てるだけの味気無いものだったが、それだけで満足だった。ゆっくりと唇を離したベルの悪戯が成功した子どものような笑みを見て、顔に熱が集まるのを実感する。これくらいで今まで怒っていたことがアホらしくなるのだから、あたしという女は意外と安いのかもしれない。そっと耳許に唇を寄せ、何事かを呟いたベルに目を見張る。ああ、ああ、馬鹿みたい。結局あたしはベルに踊らされていただけなんだ。そう理解して、それでもやっぱりあたしはベルを嫌いになることはできない。日常と化していた喧嘩も楽しんでいた節だってあるあたしは、力が抜けたように笑うことしかできなかった。





『素直になった方が可愛いぜ』





 
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