普段なら着ないような重たいドレスに身を包み、分厚い化粧を施された。足の爪先から頭の天辺まできらびやかに飾られた自分の姿を見て、うんざりとした顔をしてみせる。
一体何がどうなってこうなったのか。自分はただ街を歩いていただけの普通の一般人なのに。このような事態に陥った原因を思い出そうと試みても、全く何も思い付かない。
とうとう頭を抱えてその場に踞ったなまえに、近くにいた銀髪の男が憐れみを含んだ声で話しかけた。


「まあ、元気だせぇ。うちのボスに目ぇつけられたのが不運だったな」
「…冗談じゃない。あたしだってね、これから予定があるんだよ。早くうちに返してよ!」


急に顔を上げて、男を睨み付けるように見上げるなまえにうっと言葉を詰まらせる。
少なからず、この原因は自分にあると考えているのだ。
肺に溜めていた息を吐き出し、視線を合わせるために自身もしゃがみこむ。


「実はザンザス……テメェをここに連れてきたやつは、今34歳だぁ」
「ザンザスね。いいわ、あたしが一発殴るべき馬鹿の名前は覚えた。続けてくれる?」


なまえの言葉に一瞬の躊躇いを見せた後、やめておけと付け足した。やや呆れたような、同情するような声音だ。
それに対して何故だと疑問をぶつける前に、先の続きを話し始めた。


「そいつはまあ、そろそろ結婚しなきゃなんねぇ地位にいて、そろそろ結婚しなきゃなんねぇ歳なわけだぁ。そこでボンゴレのジジィだとかが、大量の女の写真を送ってきたわけだが、」
「全部突き返したわけ?」
「………ああ」


疲れたように息を吐き出し、額を押さえる男に冗談じゃない!と吠える。
そのザンザスとやらが仮にそういう状況であるとしても、それは自分に一切関係のないことだ。なまえがここに連れてこられた理由にはならない。
文句を言ってやろうと息を吸い込んだなまえに、落ち着けと男が肩に手を置いた。
その手を払い除けながら、話だけなら聞いてやらないことはないと、ふんぞり返るように胡座を組む。
ドレスが邪魔だったが、捲りあげれば案外簡単に組むことが出来た。
そんななまえの姿に吐き出しかけた溜め息を飲み込み、代わりに言葉を吐き出す。


「だが、あいつも自分の状況は理解している。嫌でも結婚してガキ作んなきゃいけねぇこともだ。だけど、ジジィが用意した女などと結婚なんざできるわけがねぇ。つうかしたくねぇ。
そこで、街に出て最初に視界に映ったテメェが選ばれたわけだ。おめでとう、ザンザスは意外と上手いらしいぞ。良かったじゃねぇかぁ」
「良いわけないだろ!そんな理由で納得できるか!死ねヤリチンのカス野郎が!そのまま酷使しすぎて再起不能になっちまえ!」
「なっ!?テメェふざけんな!」


ギャーギャーと汚く罵り合いながら騒いでいるうちに、カタンッと物音がした。音のした方を見れば、見知らぬ男がこの部屋で唯一の扉を開いた先にいた。
燃えるような紅い瞳と漆黒の髪が印象的で、長身に見合った長い手足には無駄のない筋肉がついている。
銀髪も整った顔立ちをしていたが、突如として現れた男はその比にならない程のルックスをしていて、なまえも間抜けに口を開いて見入っている。
ザンザスか…と呟いた銀髪の言葉に、ようやく我に返った。
こいつが自分をこんなおかしな目に遭わせた馬鹿で、一発殴ってやろうと思っていたド阿呆で。
握り締められた拳ときつく唇を噛んでいるなまえを見て、銀髪が呆れたように溜め息をついた。
喧嘩を売るのはやめておけと忠告するよりも先に、


「あんたがザンザスかああぁぁぁ!」
「なっ、馬鹿かお前!」


ザンザスに向かって走り出したなまえに、慌てて止めに入ろうと伸ばした手は宙を切っただけだ。
自然とこぼされた舌打ちを背中に、なまえの指先がザンザスの腕をかする。
払われるかと思ったが、その素振りは見られない。
逃がさないとでも言うかのように、しっかりと両腕を掴む。そのままぐいっと鼻先がぶつかるほど顔を近付ければ、甘い吐息が鼻腔をくすぐった。
紅い瞳に至近距離で見られ、すくみそうになる足を必死に地面につける。
顔を近づけたまま、唇に噛み付く勢いでなまえは言う。


「あたしはなまえだよ。あんたがあたしをここに連れてきた、ザンザスってやつだね?」
「だとしたら何だ」
「あんたがどうしてもって言うんなら、婚約者になってやってもいいよ」


そう言ったなまえに、一拍置いた後背後の銀髪からはあ?と間抜けな声が出た。
その声にカァッと顔に血が上る。
掴んでいた腕を放し、一歩後ずさって距離をとる。


「か、勘違いするんじゃないよ!これは別にあんたの為なんかじゃなくて、あたしの為なんだからね!あたしがあんたの婚約者になりたいだけなんだよ」
「どうしたんだぁ、いきなり」


呆けたように問う銀髪に、気紛れだ!とだけ返す。
その顔は可哀想なほど真っ赤になっていて、ようやく合点がいったような顔をする。最終的に惚れた弱味か、と半ばやけくそに呟く。
この適当な決め方で進んだ結婚が順調に進み、子どもも産まれ喧嘩をしながらもずっと傍にいるような関係になることを知る者は、まだいない。





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